第150話 ろぼキャン! その三
夜の山中湖に五つの焚き火が揺らめいていた。山中湖ロボキャンプ場は湖のほとりの小高い丘の上にある簡素なキャンプ場である。この時期は本来閉鎖されているのだが、特別な計らいで合宿をさせてもらっているのだ。
黒乃、メル子、桃ノ木、FORT蘭丸、フォトンの五人はそれぞれクーラーボックスを漁っていた。
「さあお前ら! 夕食は自分で作らないと食うもん無いぞ!」
「黒ノ木シャチョー! キャンプ飯なんテ作った事ないデスよ!」
「安心しろ! 私もない」
クーラーボックスには一通りの材料が揃っている。牛肉、豚肉、鶏肉、魚介、野菜、調味料、うどんにパスタ。好きな材料で好きなものを作る。
「皆さん、ご飯はそれぞれ炊いてもらいます。まずはご飯の準備からしましょう!」
メル子はクッカーセットの中からメスティンを取り出した。メスティンとは金属製の弁当箱に取ってが付いたような見た目の調理器具でご飯を炊くために使う。
「メスティンにお米一合とお水二百ミリリットルを入れます。このまま三十分お米に水を吸わせます」
一行はメル子に習いメスティンをセッティングした。水はログハウスからウォータージャグをレンタルできる。巨大なポリタンクに付いた蛇口を捻ると新鮮な水が出てくるものだ。
「メスティン使うの初めてだわ。なんかワクワクしちゃうわね」桃ノ木は楽しそうにメスティンに水を注いだ。
「桃ノ木サンは料理するんデスか!?」
「するわよ。昔はよく黒ノ木先輩にお弁当作ってあげたもの」
「ムキー!」メル子は勢いよく米を研いだ。
米はそれぞれ炊くとして、おかずは自分で考えて作らなくてはならない。皆クーラーボックスを覗き込みながらメニューを思案している。
「うひょー! この巨大な牛肉! 私がもらった!」
黒乃は和牛の塊をぐわしと掴んだ。
「……クロ社長ずるい。ボクが使おうと思ってたのに」
「グワハハハハ! 食材は早いもの勝ちじゃい!」
「皆さん! 他の人に一口づつお裾分けできるように二人前作ってくださいね!」
調理の準備を進めていると焚き火がいい具合に
水を吸わせておいた米が入ったメスティンを焚き火にセットした。
黒乃は巨大な肉の塊に金属の串を二本差し込んだ。焚き火台の左右にフレームを取り付け、その上に串を渡らせた。
「シャチョー! ナンですかソレは!?」
「牛肉の丸焼きだよ! これ以上シンプルなキャンプ飯はあるまい!」
肉が焚き火で炙られ肉汁が薪に垂れると熱で蒸発する激しい音がキャンプ場に響いた。
「ウヒョー! こりゃたまらん! でも焼くのに一時間はかかるぞコレ」
メル子が作っているのはペルーの料理『アヒデガジーナ』だ。鶏肉を唐辛子クリームで煮込んだものである。
「クリームはあらかじめ家で作ってきました!」
「……ズルい」
桃ノ木はクッカーの鍋を使い、豚の挽肉を炒めている。
「桃ノ木さんは何を作っているのかな?」
「先輩の大好きな麻婆豆腐です」
「おお、久しぶりに桃ノ木さんの麻婆食べられるのか。こりゃ楽しみだ」
「ムキー!」メル子は必死に鶏肉の灰汁をすくった。
フォトンは浅い鍋にオリーブオイルをなみなみと注いだ。
「フォト子ちゃんは何を作っていますか?」
「……アヒージョ」
ニンニクをオリーブオイルの中にぶちこんだ。エビ、ブロッコリーも同じようにぶち込み、焚き火台の網の上に乗せた。
「……もう準備できた。簡単」
FORT蘭丸は刻んだ野菜をクッカーで炒めていた。
「ボクは焼きうどんを作りマス! 家ではこれくらいしか作りまセン!」
「蘭丸君! うどんとご飯で炭水化物被りをしていますよ!」
「ご飯を炊いているノを忘れてまシタ!」
「え? うどんとご飯って普通じゃないの?」黒乃はきょとんとした目でうどんを見つめた。
皆大騒ぎをしながら調理を進めていく。二十分経つとメスティンが吹きこぼれを起こし始めた。炊き上がりが近い合図だ。お米のいい香りが周囲に広がった。一同はその香りに腹を鳴らした。
吹きこぼれが終わったら火から降ろしメスティンを逆さまにしてタオルに包み十五分間蒸らす。これで完成だ。
「あああ、お米さんいい匂い。たまらん!」
「ご主人様! うまく炊けているといいですね!」
黒乃は焚き火の上の巨大な肉の塊を回転させた。大きい為中まで火を通すのにはまだまだ時間がかかる。
他のメンバー達は料理が完成したようだ。
「さあ、皆さん! お食事を始めましょう!」
「待ってまシタ!」
「……やっと食べられる」
「みんな美味しそうだわ」
それぞれのメスティンの蓋を開けた。湯気が立ち昇り鼻をくすぐった。歯がむずむずするような感覚と共に空腹が最高潮となった。
「シャチョー! 見てくだサイ。完璧に炊けていマス!」
「うひょひょ。お焦げもできてるぞ」
皆米の炊き上がりは問題ないようだ。メスティンは料理器具であり器でもある。箸をメスティンに突っ込みご飯をすくいあげると口に運んだ。
「ほくほくです! 我ながら完璧なご飯です!」
「メスティンって結構簡単なのね」桃ノ木は感心した。
桃ノ木はスプーンでご飯と麻婆豆腐をすくうと黒乃の前に差し出した。
「先輩、あーん」
「あーん、パク。もぐもぐ……うまい! 私好みの辛さとトロみ強めの餡。腕上げたね桃ノ木さん」
「ハァハァ、よければ全部食べてください」
「何をしていますか!」メル子はスプーンですくったアヒデガジーナを黒乃の口に突っ込んだ。
「もぐもぐ。うおっ、唐辛子が結構効いてる! でもクリームがまろやか〜。辛いのに優しい味わいだあ、美味し!」
フォトンは何やら丸いものをオリーブオイルの中に突っ込んでいる。
「フォト子ちゃん、なにそれ!?」
「……カマンベールチーズ」
「丸ごと入れてるの!?」
丸のままのカマンベールチーズがオリーブオイルの中でぐつぐつと煮えている。フォトンはそれをナイフでカットすると黒乃のメスティンの上に乗せた。
「可愛い顔して豪快な料理だなあ。うわ〜でもトロトロでうまそう〜」
黒乃はご飯と一緒にチーズを頬張った。
「アチアチ! なんだこれは!? ニンニクが効いたオリーブオイルでトロトロになったチーズとご飯でまるでドリアを食べているのかと錯覚してしまうぞ!」
皆もチーズを貰おうとフォトンに殺到した。
「蘭丸君の焼きうどんは不思議な感じですね」
「女将サン! 食べてみてくだサイ!」
FORT蘭丸はトングでうどんを掴むとメル子のメスティンに乗せた。メル子はうどんを啜った。
「これは? めんたいマヨうどんですか!」
「さすが女将サン! ソノ通りデス!」
「どれどれ私にも頂戴な」
黒乃もチュルルとうどんを啜った。
「明太子のぷちぷちした食感がうどんのつるりとした肌にまとわりついて楽しい歯応えを出してるな。食感を活かすためにうどん自体はあまり焼いていないんだな」
「コレはボクのマスターが考案したうどんデス!」
それぞれが作った料理を分け合いながら食事を楽しんだ。静かな山中湖の湖面には月が反射していた。十二月の冷えた空気も焚き火を囲む一行の前には恐れをなして逃げてしまったかのようだ。
「ふふふ、そろそろメインディッシュが出来上がる頃だぞ〜」
黒乃は自分の焚き火の上で着実に育っている肉塊を反転させた。肉に温度計を差し込み内部の温度を確認した。
「よし! 焼けた!」
「待ってまシタ!」
「……肉早く」
「先輩、豪快すぎます」
「ご主人様! どうやって食べるのですか!?」
黒乃はナイフを取り出した。肉に刃を当て削ぐようにしてカットをした。
「見てよこの艶かしい断面を!」
しかしその時、焚き火台に取り付けていたフレームが外れ串がずり落ちてしまった。その勢いで巨大な肉塊は焚き火の上を跳ね地面に転がっていった。
「ぎゅわわわわわわ!」
黒乃は慌てて肉塊を追いかけた。肉塊は無常にも坂道を転がり加速を始めた。
「あたしィィィのお肉ちゃあァァァん!」
黒乃は走った。しかし肉塊は一瞬にして元気よく暗闇の中へ消えていってしまった。
「うわああああああぁぁぁぁぁ!」
「ご主人様! 危ないです! そっちは崖ですよ!」
追いかけようとした黒乃を皆で引っ張って止めた。
「お肉ぅううううううううう!」
黒乃はがっくりと膝をついた。この暗闇の中、崖の下を探すのは非常に危険だ。見つかったとしても衛生上食べるのはよろしくない。
黒乃は四つん這いになり号泣した。あまりの不憫さに誰も声をかけられなかった。
「うわあああああ! せっかく一時間かけて焼いたお肉が! みんなに食べてもらおうと頑張って焼いたお肉が! どうしてこうなるのおおおお!」
メル子は地面に膝を付くと黒乃の頭を抱き寄せた。黒乃はメル子の膝の上で泣いた。
「シャチョー、アノまだボクのうどんありますカラ……」
「ベーコンのアヒージョも残ってる……」
「先輩……キャンプで料理をぶちまけるのはよくある事ですので……」
メル子は黒乃の頭を撫でた。しかし中々泣きやまない。冷たい風が一行の肌を舐め回すように絡みついた。
その時、湖の底から湧き上がるかのようなおぞましい声がキャンプ場に響き渡った。
オーホホホホ……オーホホホホ……。
「ぎゃあ! なんですかこの声は!?」
「オーホホホホ! 騒がしいから来てみたら大変な事になってらっしゃいますのねー!」
「オーホホホホ! お肉ならうちにたくさん余ってますのよー!」
「「オーホホホホ!」」
暗闇の中から現れたのは金髪縦ロールのお嬢様たちであった。
「マリーちゃん!? アン子さん!?」
「随分とつつましいキャンプをしてらっしゃいますのねー!」
「あっちはお二人のテントだったのですか!?」
黒乃達から少し離れたところに設営されていたテントから煙が立ち昇っていた。二人も食事中だったようだ。
「キャンプ場まで被せてくるなんてやりすぎですよ!」
「お肉が無いならうちにくればよろしくてよー!」
「わたくし達ビービーキューをやっていますのよー!」
マリーは黒乃の腕を取ると引っ張って立ち上がらせた。黒乃は涙を拭ってマリーを見つめた。
「ビービーキュー食べにいってもいいの?」
「もちろんでございますわよー!」
「ビービーキューはみんなでやるのが楽しいのですわー!」
黒乃の目から再び涙が溢れた。その晩遅くまでビービーキューは続いた。
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