第149話 ろぼキャン! その二

 薄らと雪が積もる山肌が美しい山中湖やまなかこ。富士五湖最大の面積(6.57平方キロメートル)と最高の標高(980メートル)を誇る。夕日が静謐なる湖面に映し出され幻想的な風景を描いている。

 しかしジャージ姿の黒乃一行にはその美しさに見惚れている暇はなかった。


「黒ノ木シャチョー! キャンプ場はココではないんデスか!?」


 メカメカしい見た目のロボットが慌てた様子で周囲を見渡した。湖畔のキャンプ場には大勢のキャンプ客が詰めかけていた。家族連れ、大学生のグループ。明日が大晦日だからか大盛況である。


「ハァハァ、ここは一般客用のキャンプ場だよ。私達がキャンプするのは湖のあっち。あっちの山の中」

「スゴイ山の中ですケド!?」


 一行は再び自転車に乗り山中湖を反時計回りに移動した。山の中に入ると道は狭くなり電動自転車で走るのが難しくなる。人気は無くなり民家も無くなる。


「……なんであっちの賑やかなキャンプ場じゃダメなの」

「あっちはレジャー客向けだから。私達は合宿に来たんだからね! 忘れないで!」


 しばらく山道を進むと山中湖を一望できる崖の上に到着した。ログハウスが一軒ポツンとあるだけの簡素なキャンプ場のようだ。既に先客がいるようでテントが二つ設営されていた。


「ハァハァ、着いた。ここが山中湖ロボキャンプ場」

「ここですか!」メル子ははしゃいだ。

「設備はしょぼいけど静かでいい場所だわ」桃ノ木は自転車を止め大きく深呼吸した。


「ミナサン、オ待チシテ、イマシタ」ログハウスから現れたのは八又はちまた産業浅草工場の職人ロボアイザック・アシモ風太郎であった。

「センセイ!?」FORT蘭丸は度肝を抜かれた。

「オ久シブリデス、FORT蘭丸クン」


 FORT蘭丸は八又産業製のロボットであり、アイザック・アシモ風太郎はメル子とFORT蘭丸の生みの親である。


「チャント、メンテナンスニ、来テクダサイネ。黒乃サン、キャンプ道具一式、届イテマスヨ」


 ログハウスの前には大きなリュックサックとクーラーボックスが人数分用意されていた。予め郵送されていたものだ。


「ハァハァ、先生ありがとう。いいか皆。ここは八又産業が所有しているキャンプ場ね。先生のご好意でこの時期は閉鎖しているところを特別に開けてもらったから。感謝するように!」

「「ありがとうございます!」」

「脅サレテ、無理矢理開ケサセラレマシタ……」


 黒乃達は自転車をログハウスの横に置くとそれぞれリュックサックとクーラーボックスを持ってキャンプサイトへと進んだ。

 それなりの広さを持つサイトでまばらに樹木が並んでる。一行は荷物を下ろすと鞄の中を漁り始めた。


「テント、寝袋、マット、ランタン、ナイフ、焚き火台、クッカー一式。たくさん入っています」

「……全部どうやって使うのかわからない」

「シャチョー! まずは何をすればいいんデスか!?」

「取り敢えず、日が落ちる前にテントを設営する!」

「シャチョー! 設営の仕方がわかりません!」

「私もわからん!」

「女将サン!」

「私も知りません!」

「……ど素人だけでキャンプに来たの」フォトンは呆れた。


 その時木の陰からガッチリとした体格の中年ロボットが現れた。短髪に刈り込まれた濃い口髭、鋭い目つきが只者ではないことを予感させた。


「サバイバルのプロである登山ロボのビカール三太郎だ! 彼の監修の元、安全安心にキャンプを行うから心配するな!」

「安全のために山に登るんじゃない」

「ナニか妙な事を言っていマスが……」

「山言語で喋るから基本言っている事は無視しろ! じゃあビカール三太郎よろしく!」


 ビカール三太郎の指導の元、一行はテントの設営を開始した。五人がそれぞれ自分用のテントを張らなければならない。


「シャチョー! ナンで五人用の大きなテントじゃないんデスか!?」

「自分の事は自分でできるようにするためだ」


 用意されたテントはドーム型と呼ばれるもので設営が簡単にできるように工夫がされている。

 まずインナールームを地面に広げる。これがテントの内側になる。次に折りたたみ式のポールを接続し、インナールームの穴に通す。二本あるので十字に交差するように通す。ポールの先端をエンドピンに差し込む。四隅にあるので全て差し込む事でポールが弓状にしなり、ポールのテンションによってテントが立ち上がる。

 次にフライシートをインナールームに被せる。フライシートは風雨を防ぎ熱が逃げるのを防いでくれるものだ。

 最後にペグを地面に打ち込む。ペグとはテントを地面に固定するための金属製の杭だ。これで固定しないとテントはいとも容易く風で宙を舞ってしまう。


「ハァハァ、結構力いるなこれ」

「ご主人様! 私は設営できました!」

「ボクもできまシタ!」

「……簡単だった」

「先輩、手伝いましょうか?」

「ひとりでできるもん!」


 しかし頑張ったおかげで日が落ちる前にテントの設営は完了した。キャンプチェアをテントの前に並べて全員ぐったりと座り込んでいる。十時間の自転車走行の直後の設営は重労働だ。


「よしよし。なんとかキャンプの形になったな」

「お疲れ様です、ご主人様」

「じゃあ今から地獄のキャンプが始まるわけだけれども、最初に注意事項がある!」

「はい! よく聞いてください!」


 黒乃はチェアから立ち上がり全員を見渡した。


「まず一番重要なのは『安全第一』! これを忘れないこと! 危険な場所へはいかない! 火の用心! 消火用の水は常に確保! ナイフの扱いは充分に配慮すること!」

「「はい!」」

「次に大事なのは『自然を守る』! 無闇に木を切ったりしない! ゴミを捨てるなどもってのほか! 出したゴミは全部家に持って帰ること! このキャンプ場は直火の焚き火は禁止! 必ず焚き火台を使うこと! 焚き火で出た炭は全て所定の炭置き場に捨てること!」

「「はい!」」


 辺りはすっかり暗くなってしまった。ランタンに灯りをつけ周囲を照らすがそれだけでは心許ない。湖の対岸には別のキャンプ場の焚き火の明かりが揺らめいて見える。隣の二組のテントからいい香りが漂ってきた。


「……クロ社長、お腹減った」

「夕飯は女将サンが作ってくれるンでしょうカ!?」

「何をなまっちょろいことを言っている。自分で作るんだよ」

「エェ!?」

「まずは火を起こす!」

「そこからデスか!?」


 それぞれ焚き火台をテントの前に設置した。薪はログハウスに用意されていた。メル子とFORT蘭丸は無造作に薪を焚き火台に乗せた。


「火起こしなんて簡単ですよ」メル子は大きく息を吸い込んだ。

「ちなみにファイアブレスは禁止だからね」


 メル子は息を吸い込んだままピタリと停止した。


「ご主人様!? なぜですか!?」

「文明の利器を使って火を起こしてどうすんの!? それじゃライター使ってるのと変わらないでしょが!」

「……八又産業のロボットはお下品」

「シャチョー! じゃあどうすればいいんですか!」


 そう言われ黒乃が地面に並べたのものは以下の通り。

 一、きりもみ式火起こしセット

 二、弓切り式火起こしセット

 三、火打石セット

 四、メタルマッチ

 五、ファイヤーピストン


「ナンですかコレは!?」

「どれも使ったことないわね」桃ノ木は興味津々のようだ。

「これを使って火を起こしてもらう。ジャンケンで勝った人から好きなものを選ぶ方式だ!」


 ジャンケンの結果は以下の通り。上のものほど難易度が高い。

 黒乃、きりもみ式火起こしセット

 蘭丸、弓切り式火起こしセット

 メル子、火打石セット

 桃ノ木、メタルマッチ

 フォトン、ファイヤーピストン


 フォトンは枯葉や小枝を焚き火台に乗せ、その上に細めの薪を組むようにして並べた。細いシリンダーの中にほぐした麻紐を詰める。そこに金属製の棒の先にゴムが付いたピストンを差し込む。あとはピストンを勢いよく叩くだけだ。空気が圧縮される事で熱が発生し麻紐が発火する。発火した麻紐を薪の下部に押し込むとすぐに火が大きくなった。


「もう点いた」

「フォト子ちゃんすごいです!」


 桃ノ木も同じ方式で薪を組んだ。メタルマッチはストライカーと呼ばれる金属の板でロッドと呼ばれるマグネシウムの棒を擦って使う。するとマグネシウムの粉末が小枝に降りかかる。然る後にロッドをストライカーで勢いよく擦り付ける。すると火花が飛び散り、先に撒いたマグネシウムの粉末に引火するのだ。

 力加減が難しく最初は中々火花が飛ばなかったが、ビカール三太郎に擦り方を指導されるとすぐにできるようになった。程なくして無事火が起きた。


「やったわ」

「桃ノ木サン、お見事デス!」


 メル子は火打石を一生懸命打ちつけていた。ここからは一気に難易度が上がる。

 火打石の場合、小枝に直接引火させることはできない。火口ほくちと呼ばれるものに火花を飛ばし火種ひだねを作るのだ。今回は麻紐をほぐしたものを火口として使う。左手にメノウ石を持ち火口を添える。メノウ石に向けて金属製の火打鎌を打ち付ける。火花が火口に飛び引火するという仕組みだ。


 FORT蘭丸がやっているのは弓切り式の火起こしだ。原理的には板に棒を擦り付け、その摩擦熱で火を起こす。紐を張った弓の紐の部分を棒に絡ませ弓を前後に動かす事により効率よく棒を回転させる事ができる。棒を擦っていると黒い粉末が板に溜まる。これが火種だ。火種を麻紐に移して引火させる。


 黒乃のきりもみ式火起こしは最も原始的な方法だ。原理としては弓切り式と同じだが、棒を素手で擦るように回転させなくてはならないので非常に効率が悪い。素人が初見で成功させるのは至難の業である。


 メル子、FORT蘭丸、黒乃の三人は必死になって火起こしを続けた。幾度も幾度も同じ動作を繰り返した。最初に抜きん出たのはメル子だ。火花が火口に移り小さな炎を灯した。素早く火口に息を吹きかけ火を大きくしようと試みるもあえなく鎮火してしまった。


「ああん、もう! 難しいです!」


 FORT蘭丸も必死に弓を動かしている。板に徐々に黒い粉末が溜まり煙が立ち昇ってきた。


「今デス!」


 黒い粉末に息を吹きかけると赤い点が見えた。火種だ。その粉末をほぐした麻紐の中に慎重に落とした。火種を麻紐で包み息を吹きかけた。煙が勢いよく溢れ出てきた。さらに息を吹きかけると麻紐が勢いよく燃え上がった。慌ててそれを焚き火台の薪の下部に押し込む。するとすぐに炎が大きくなってきた。


「YATTA! ヤリました! 見てくだサイ!」

「……見直した」

「すごいわ」


 FORT蘭丸は燃え上がる炎の前で勝利のダンスを踊った。

 程なくしてメル子も火打石での火起こしに成功した。


「女将サン! やりましたネ!」

「ありがとう!」


 残すは黒乃だけだ。黒乃は掌に棒を挟み必死に回転させている。しかし黒い粉は現れない。疲労が蓄積しているためパワーが足りないのだ。

 黒乃はボロボロと涙を流した。


「うう、火が、火が起きない。うう」


 人間なぜか火が起こせないと泣いてしまうのだ。誰しもできないことはある。現代社会で生活する上で失敗する事などいくらでもある。しかしいちいち泣きはしない。

 人は火が起こせないと泣いてしまうのだ。何故だろうか? それは『本能』だからだ。最も原始的な生きる為の知恵、それが火起こしなのだ。火が起こせないという事は自分に生きる力が無いという事なのだ。


「ご主人様……今日はほら、疲れていますし無理はしない方が」

「そうですよシャチョー! ソレは上級者向けの方法なんですカラ」

「先輩、いつでも私の火を持っていってくださいね」

「……クロ社長、どんまい」


 黒乃は目を拭った。「うう、ひっく。皆ありがとう」立ち上がってストレッチを始めた。

「でもがんばるから。私が頑張るところをみんなに見せたいから。ひっく」


 黒乃は最後の力を振り絞って棒を擦り合わせた。すると一筋の煙が立ち昇ってきた。


「ご主人様! もう少しですよ!」

「シャチョー! 赤い点が見えマス!」


 黒乃は四つん這いになり赤い点に向けて息を吹きかけた。点が大きくなった。麻紐に落とすとゆっくりと煙が溢れ出てきた。そして突如として麻紐が火に包まれた。薪の中に入れると見事大きな炎へと成長した。


「凄いです! おめでとうございます!」

「おめでとうございマス!」

「……めでたい」

「先輩、素敵です」

「おれなら切れるよ」


 黒乃は涙を流しながらいつまでもその炎を見つめていた。

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