第146話 クリスマスです! その二

 今日はクリスマス。黒乃とメル子はスカイツリーの根元にあるショッピングモールへとやってきていた。休日の昼過ぎという事もあり施設内は家族連れやカップルでひしめき合っていた。


「いやー、凄い人だな。町はクリスマス一色だね」

「はい! 独特の雰囲気があります!」


 どの店もクリスマスの飾り付けを行い客を呼び込んでいる。雪を模した綿、大きなベル、紙製の星、ありきたりな飾りでも雰囲気を盛り上げるのには充分だ。

 定番クリスマスソングがひっきりなしにリピートされ、巨大なプレゼントボックスを抱えた子供が早く家に帰ろうとせがんでいる。

 予約で埋まった店になんとか入ろうとするカップル。ケーキの箱を水平に保ちながらベビーカーを押す母親。雪が降りそうだというのにアイスの売り場へ父を引っ張る小学生。

 その中でも長身のお姉さんと金髪メイドロボは誰よりも人目をひいた。黒乃は人ごみで若干青ざめた顔をしているが、メル子は目を輝かせながら歩いていた。


 建物から出ると広場に人が大勢集まっていた。中心にクリスマスツリーがあり、それを取り囲むように座席が設置されている。


「見てください! 大きなツリーがありますよ!」

「ほんとだ。でも十メートル程度でしょ。マリーのパーティーの六十メートルってどんなんやねん」


 黒乃達も座席に座った。広場では朝から催し物が続いているようだ。今はバンドや聖歌隊、ブラスバンドがクリスマスの曲を奏でる時間帯のようだ。二人はしばらくその音色を堪能した。


 陽が傾きかけた頃、二人はボロアパートへの帰路にあった。その手にはそれぞれプレゼントボックスが乗せられている。


「ご主人様! その大きい箱の中身はなんですか!?」

「ぐふふふふ、内緒。メル子のプレゼントは何よ」

「内緒です! あはは!」


 満面の笑みを浮かべたメル子の鼻先に雪がひとひら舞い落ちてきた。二人は空を見上げた。


「おお、天気予報通り雪が降ってきた。さすがの精度だね」

「お天気ロボが予報していますので」


 ホワイトクリスマスを堪能したいところだが、急激に冷え込んできたため二人は足早にボロアパートへ向かった。

 小汚い部屋に入るや否やメル子は可愛い悲鳴をあげた。


「きゃあ!」

「どした?」

「こ、こんなところに絶世の美少女ロボットがいます! 誰ですか!?」


 メル子は押し入れの前に正座させられたロボットを指差した。


「ニコラ・テス乱太郎が置いていった貧乳メル子ボディだね」

「なんだ、この子は私ですか! 美少女すぎてびっくりしました」

「いや美少女なのは否定しないけど、貧乳すぎるよ」


 メル子は荷物を置くと貧乳ボディに走り寄り頬擦りをした。


「どうしてですか、こんなにスタイル抜群で可愛いのに」

「うーむ……いつまでも部屋に置いてはおけないし、次のロボットゴミの日に出すか」

「なんてことを言うのですか!」

「嘘だよ。この件はクリスマス終わったら考えよ」


 二人はクリスマスパーティーの準備を始めた。メル子は料理に取り掛かった。黒乃はツリーを窓際に置き電飾を点灯させ、部屋の電気を消した。灯りはキッチンだけにする事でツリーを際立たせる作戦だ。窓に電飾が反射する事で奥行きが出たような気分になる。


「さあ、ご主人様。どうぞこちらへ」


 料理が完成しメル子は主人を食卓へいざなった。テーブルの上にはローストチキンをはじめ様々な料理が並んでいる。


「うわ〜うまそう〜」


 黒乃が椅子に座るとメル子はノンアルコールのスパークリングワインを開けグラスに注いだ。


「うひょひょひょ。こりゃ豪勢なクリスマスパーティーになったな。じゃあ乾杯しよっか」

「はい!」


 メル子も椅子に座りグラスを持つと二つのグラスを打ちつけた。お互いの目を見てから一口飲む。


「しゅわしゅわして美味しい」

「ワインの感想がそれですか」

「いやーごめんね。ご主人様がお酒飲めないからノンアルコールになっちゃって。メル子は飲んでよかったのに」

「私は十八歳ですのでまだ飲めませんよ」


 新ロボット法ではロボットの飲酒ルールは人間に準拠する。ただし燃料用アルコールは除く。


「さあ次はチキンいこうか」

「どうぞ、足を持ってかぶりついてください」


 黒乃は言われたままローストチキンを素手で掴むと豪快に齧りついた。こんがりと焼けた皮を噛みちぎり、歯が肉を切り裂くと熱い肉汁が溢れ出てきた。


「あちち! けどうま〜。甘辛のタレが日本人向けで安心して食べられる〜」


 黒乃は手に持ったローストチキンをまじまじと見つめた。


「でもチキンなんだね。メル子の事だから本場みたく七面鳥ターキーにするかと思ったのに」

「クリスマスにターキーを食べるという習慣はアメリカで生まれたもので本場の習慣とは違いますよ」

「そうなの?」


 元々ヨーロッパではクリスマスは牛肉や豚肉を食べるのが習いであった。ターキーが食べられるようになったのは、アメリカの先住民が移住者に振る舞ったのが元とされている。それがヨーロッパへ逆輸入されてクリスマスといえばターキーという図式が完成したのだ。


「へー、じゃあ日本でチキンを食べるのはどこから来た風習なの?」

「KFCの影響ですね」

「ケンタしゅごい……」


 料理はまだまだある。ボリビアのピカナ、メキシコのタマレス、ベネズエラのパンデジャモン。黒乃はそれぞれの国に思いを馳せながら料理を堪能した。


 料理を食べ終えたら次はいよいよプレゼント交換会だ。二人はそれぞれ自分が買ったプレゼントの箱をテーブルへ乗せた。黒乃が買ってきた箱は大きく、メル子の箱は薄っぺらい。


「ご主人様! 早く! 早くプレゼントをください!」

「落ち着いて。子供みたいだな。じゃあご主人様のプレゼントからいくか。開けてごらん」

「はい!」


 メル子は綺麗に包装された箱に飛びつくと勢いよく包装紙を引き裂いた。紙片が部屋中に散らばったがお構いなしに箱を開けた。

 箱から出てきたのはフライパンであった。


「これは!? ロボクラフト社の鉄フライパンです!!」


 渋く黒光りする鉄肌と白く輝く柄の取り合わせが美しい。メル子の顔が映るほどピカピカに磨かれたフライパンだ。


「うちにあるのはテフロン加工のフライパンだからね。プロ用のがいいかと思ってね」

「ありがとうございます! 嬉しいです!」


 テフロン加工のフライパンはフッ素樹脂のコーティングが一年程度で剥がれてしまうが、鉄フライパンは手入れをしっかりすれば一生使える耐久性を持っている。熱伝導性、保温性にも優れている。さらに調理により料理に鉄分が加わり栄養の補給ができるという利点もある。


 次は黒乃がメル子のプレゼントボックスを開けた。中から出てきたのは白ティー三枚だった。


「白ティー!?」

「はい! ご主人様といえば白ティーかと! 最近ご主人様はお肌が荒れ気味です。ロボゼ社のオーガニックコットン白ティーならばお肌に優しいかと思いまして」

「おお、着てみていい?」

「もちろんです」


 黒乃はその場で着ていた白ティーを脱ぎ捨てるとオーガニックコットンの白ティーに着替えた。


「肌触りやわらかーい」


 黒乃は恍惚の表情になった。洗濯タグも付いていないのでチクチク感ゼロである。


「ご主人様は晴れて社長になったわけですから。それなりの白ティーを着ていただかないと困ります」

「これは良い白ティーだあ。メル子ありがとう!」


 二人はしばらくの間それぞれのプレゼントを堪能した。


「しかし二人とも実用品ですね」

「確かにそうだな」

「もっと夢のあるプレゼントの方がよろしかったでしょうか」

「ふふ」

「わろてますけど」

「ご主人様にとっての夢のあるプレゼントってのはメイドロボとの暮らしなんだよ。もうそのプレゼントはとっくに貰ってるからいいのさ」

「はあ」


 ふと窓の外をみると白い景色が見えた。二人は窓の縁に座り雪化粧をした浅草の町を眺めた。雪はまだ降り続いており相当積もりそうだ。雪のせいか普段より町は静かだ。車の音も届いてこない。

 メル子は黒乃の胸にコツンと頭を預けた。黒乃はメル子の金髪を幾度も撫でた。


「なんかこの世界に私とメル子の二人しかいないみたいだな」

「私はそれでも構いませんよ。でも……」


 メル子はチラリと部屋の中を見た。


「いや私とメル子とメル子の三人かな」

「うふふ」


 しばらくそうしていると降りしきる雪の間から二つの人影が近づいてくるのが見えた。


「あら、ご主人様。あれは?」

「んん!?」


 それはお嬢様たちだった。二人とも折れた枝を杖代わりにして暗い雪道を歩いている。何故かボロボロになっているようだ。


「ええ? どしたの!?」

「ご主人様! いきましょう!」


 メル子達は慌てて部屋を飛び出しお嬢様を迎えにいった。二人ともずぶ濡れで薄汚れている。メル子はお嬢様たちを部屋にあげるとドレスを脱がし熱いシャワーを浴びせた。

 泣く二人の体を拭い、黒乃のオーガニックコットンの白ティーを着せた。貧乳メル子の横に並んで座らせた。


「いったいどうしたのですか!?」

「今日はパーティーでしょ? 何があったの?」


 二人はシクシクと泣いている。


「パーティーがぶっ潰されたのですわー!」

「パーティーがおじゃんですじゃんわー!」

「ええ!?」


 マリーの話によると浅草演芸ホールでパーティーを始めようとした瞬間、突然会場に巨大ロボジャイアントモンゲッタが現れたという事だった。それを追って現れたマヒナ、ノエノエと戦いになり、浅草演芸ホールは木っ端微塵になってしまったのだった。


「六十メートルのクリスマスツリーは遥か彼方に投げ飛ばされましたわー!」

「三百万円のプレゼントも踏み潰されましたわー!」


 二人は抱き合って声を出して泣いた。黒乃とメル子はあんぐりと口を開けて同情するよりほかなかった。

 メル子はプルプルと震えるマリーの肩に手をおいた。


「マリーちゃん。今からクリスマスパーティーをしましょう?」

「ぐすん、今からですの?」


 メル子はテーブルに向けて手を広げた。


「本来クリスマスのお料理は三日分まとめて作るものなのです。まだまだお料理はあります。ケーキもありますよ!」

「……よろしいのですの?」

「もちろんです! さあ!」


 メル子は二人の腕を引っ張り立たせると椅子に座らせた。


「メル子、いいの? クリスマスは二人きりで楽しみたいって言ってたのに」

「何を言っていますか。おもてなしこそメイドロボの役目です。今夜はみんなで楽しんでください!」


 お嬢様たちは涙を拭ってフォークとナイフを握りしめた。


「嬉しいですのー!」

「ありがたいですのー!」


 こうしてしっとりと迎えたクリスマスはいつものように大騒ぎのクリスマスに変わってしまったのだった。

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