第145話 クリスマスです! その一

 冬の浅草にお嬢様の高笑いが轟いた。


「オーホホホホ! ごめんあそばせー!」

「オーホホホホ! 黒乃様いらっしゃいますことー!?」


 ボロアパートの小汚い部屋の外にお嬢様たちがいるようだ。メル子はお玉を置いて鍋の火を止めると玄関の扉を開けた。

 扉から現れたのは金髪縦ロールのお嬢様二人だった。


「マリーちゃん、どうかしましたか?」

「朝から騒がしいな」黒乃は床に寝転がってケツをかきながらその様子を見守った。


 マリーはカードを差し出した。金のラメが入った豪華なカードだ。


「これはなんでしょう?」メル子はカードを受け取ると裏表を幾度も回転させて見入った。

「クリスマスパーティーの招待状ですわー!」

「明日クリスマスパーティーを行いますのよー!」


 渡された派手なカードには招待状と書かれていた。会場は浅草演芸ホールとなっている。


「どれどれ? すごいところでパーティーするんだな」黒乃が重い腰を上げてカードを受け取った。


「マリー家の財力を使いまして最高のクリスマスパーティーをいたしますわー!」

「大勢ゲストが来ますので、ぜひ参加してくだしゃりまんせー!」

「変なお嬢様言葉!」


 しかしメル子の表情が優れないようだ。下を向いて視線を避けている。


「残念だけどうちはうちでクリスマスパーティーをやるからさ。マリーはマリーで楽しんでよ」

「そうなんですの?」


 メル子はこくこくとうなずいた。


「残念ですわー! 高さ六十メートルのクリスマスツリーがございますのにねー!」

「総額三百万円のプレゼント大会もございますのよー!」

「え!? プレゼント大会だけ行こうかな?」

「ご主人様!」


 お嬢様たちは高笑いをしながら帰っていった。メル子は再び鍋に火をつけて料理に取りかかった。

 しばらくの間重苦しい雰囲気が部屋に漂った。黒乃はメル子の背中に声をかけた。


「メル子? 怒ってる?」

「怒っていませんが」

「お嬢様のパーティーはちゃんと断ったでしょ」

「わかっていますよ」


 メル子が作っているのは明日のクリスマスパーティー用の料理だ。黒ノ木家でもクリスマスパーティーを行うのだ。もちろんお嬢様のパーティーとは比べるべくもないささやかなものではあるが。

 黒乃は床に置いてあるもみの木の鉢植えの前に座ると飾り付けを始めた。スーパーマーケットの二階の百均で買ってきた安い電飾をもみの木に絡ませていった。


「ふふふ、二人で迎える初めてのクリスマスだからね。二人きりで楽しもうじゃないのさ」

「……はい」



 夕方、二人は近所のスーパーマーケットへ買い出しに出かけた。買い物袋を両手にぶら下げてボロアパートに向けて歩いている。冬の冷たい空気が二人の肌を刺した。空はどんよりと曇っている。天気予報通りならクリスマスは雪となりそうだ。

 空を見上げながら歩いていた黒乃はメル子が立ち止まっている事に気がつくのに数秒かかった。


「メル子、どした?」


 メル子は青ざめた顔でプルプルと震えていた。目には涙が溜まっている。


「んん!?」黒乃がメル子の視線を追うと一人の幼女が立っているのが見えた。それを一目見て黒乃も言葉を失った。


 幼女は背中を見せて立っていた。明るい色のくるくるの癖っ毛。白いゆったりとしたシャツに赤いサロペットスカートが揺れている。ゆっくりとこちらを振り向いた。

 腕には青と白の宇宙服を纏ったクマのぬいぐるみを抱いていた。


 黒乃とメル子は買い物袋を地面に落とした。震えながらお互い抱き合った。


「うわああああああああッ! 紅子べにこだああああッ!」

「ぎゃああああああああッ! ワトニーもいますううううッ!」


 クマのぬいぐるみを抱えた幼女は一歩近づいてきた。それを見て二人は腰を抜かして地面に倒れ込んだ。


「メル子〜帰ってきたよ〜。うちくる〜」


 紅子はメル子に手を差し伸べた。


「絶対に嫌です! あの部屋には二度と入りたくありません!」

「紅子! どうやって帰ってきたの!? 月にいたんだよね!?」


 紅子はマッドサイエンティストロボットであるニコラ・テス乱太郎の一味であり、北海道での戦いの末に月へと旅立ったはずである。


「ハァハァ! そうだ! ワトニーを返してください! 紅子ちゃん! ワトニーを返して!」


 名前を呼ばれたクマのぬいぐるみは背中のプロペラを回転させて紅子の腕から飛び立った。二人の目の前を蜂のように特定の軌道を描いてホバリングしている。

 

『メル子〜クリスマスだし貧乳ロボになろう〜、メル子〜』


 宇宙服のスピーカーから声が聞こえた。


「いやあああああッ! ワトニーではなくてモンゲッタの人格になっています! 貧乳ロボにはなりたくありません! ワトニーを返して!」

「モンゲッタ! どうやって帰ってきたの!?」

『月の軌道にいた人工衛星に乗って帰ってきたんだよ〜。昨日の流れ星がそれだね〜』


 クマのぬいぐるみであるモンゲッタはニコラ・テス乱太郎の一味であったのだが、どういうわけか北海道で倒れているのをメル子が発見したのだ。黒乃はワトニーと名を付け、メル子は子供のようにワトニーを可愛がった。

 しかしニコラ・テス乱太郎との戦いの末、ワトニー達は月へと旅立ったのだった。


「よくわからんけど、変態博士も帰ってきたのね!? なんにせよメル子は渡さないから! 貧乳ロボにはさせないぞ!」


 黒乃はメル子を抱き寄せて庇った。しかし黒乃が抱きしめていたのはメル子ではなく大きなクマのぬいぐるみであった。


「うわああああ! なんだこれ!? メル子はどこ!?」


 黒乃が辺りを見渡すと別の大きなクマのぬいぐるみがメル子を担いで運んでいくのが見えた。


「ぎゃああああああ! ご主人様あああああ!」

「メル子おおおおおおおお!」


 メル子を担いだ大きなクマのぬいぐるみはボロアパートの一階の角の部屋に突入した。バタンと扉が閉まる。


「ハァハァ、なんだこれ? 紅子……紅子とモンゲッタもいない。ハァハァ」


 黒乃はよろけながらメル子が消えた扉へと向かった。ドアノブを捻ると簡単に開いた。鍵はかかっていないようだ。恐る恐る扉を開き中を確認した。


「暗い……電気は」


 部屋の間取りは同じの為、すぐにスイッチを探し当て部屋に灯りを灯した。部屋には生活感がなくカーテンが閉められている。コンロにはヤカンとフライパンが置いたままにされていた。玄関には子供用の靴と女性用の靴が一足ずつ綺麗に並べられていた。

 部屋の真ん中にはテーブルが一つと椅子が二つ。一つは子供用だ。その大きい方の椅子にメル子が、小さい方の椅子にモンゲッタが座らされていた。両者ともピクリとも動かない。


「ハァハァ、何度目だこの展開」


 黒乃は部屋に足を踏み入れた。いつものように扉が勝手に閉まり鍵がかかった。恐る恐るメル子に近づくと肩を掴んで前後に揺すった。するとメル子は目を覚ました。


「ぎゃあ! ご主人様! 助けて! もうダメです! メル子は貧乳ロボにされてしまいました! ごめんなさい! 許してください! これからは貧乳ロボとして生きていきます!」

「大丈夫、まだ巨乳だから」


 メル子に肩を貸して立ち上がらせた。ゆっくりと二人で扉へと向かう。ドアノブを回したがやはり扉は開かない。


『ふふふふふ、待ちたまえ』


 スピーカーから中年男性の声が聞こえてきた。


「ニコラ・テス乱太郎! メル子を貧乳ロボにはさせないぞ! 出てこい!」


 黒乃が叫ぶと突然部屋の真ん中のテーブルが左右に真っ二つに裂けた。そのままテーブルは部屋の隅まで移動した。次に床が左右に割れ穴が現れた。床は徐々に開いていき、モンゲッタが椅子ごと穴の中に吸い込まれてった。バチバチと放電現象が部屋中に発生した。


「うわあああ!」

「眩しいです!」


 放電と共に穴から現れたのは彫りの深い端正な顔立ちに、しっかりと刈り込まれた口髭のスーツ姿の男性ロボットだった。椅子に座り腕にはモンゲッタを抱えている。


「フハハハハハ! 久しぶりだねえ!」

「出たな変態博士!」

「ここから出してください! あとワトニーを返してください!」


 ニコラ・テス乱太郎は腕のモンゲッタの宇宙服を撫でた。


「これは私のものだからねえ。返せとはお門違いではないかね」

「やかましい! 言うこと聞かないとまたさば折りで月まで吹っ飛ばすぞ!」


 黒乃はすごんだ。


「ふふふふ。落ち着きたまえ。今日は君達にクリスマスプレゼントを持ってきたのだよ」

「クリスマスプレゼント!? 金目のものか!?」

「ご主人様!?」


 ニコラ・テス乱太郎が立ち上がるとその背後にある椅子にメイドロボが座っているのが見えた。後ろを向いているので顔がよく見えない。


「なんだそのメイドロボは! よく見せろ!」

「ご主人様!?」

「ふふふふふ」


 ニコラ・テス乱太郎はそのメイドロボの椅子を半回転させた。その顔と胸を見た二人は心の底から震え上がった。

 それはAカップのメル子であった。


「うわああああああああああ!」

「いやああああああああああ!」

「さあ、私からのクリスマスプレゼントだよ〜。後はメル子のAIをこのボディーに移すだけだね〜」


 その時、窓ガラスが割れた。

 黒い影が二つ部屋の中に飛び込んできた。それは目にも止まらぬ動きでニコラ・テス乱太郎の顔面を蹴り飛ばした。


「黒乃山! 無事かい!?」

「マヒナ!?」

「ここがニコラ・テス乱太郎のアジトだったとは驚きました」

「ノエノエさん!?」


 顔面を蹴り飛ばされ吹っ飛ばされたニコラ・テス乱太郎は急いで椅子に戻り肘掛けのスイッチを押した。すると天井が左右に開き、上の階で夕飯を食べていた住人がちゃぶ台ごとストンと落ちてきた。さらに二階の天井も左右に開くと夕方の曇り空が見えた。


「フハハハハハ、諸君また会おう」


 そう言うと座っている椅子から噴射が起きた。煙と熱が部屋に充満し四人は床に伏せた。噴射は勢いを増し、やがて椅子は空へと登っていった。


「待て!」

「逃しませんよ!」


 マヒナとノエノエは変態博士を追いかけて天井から飛び出していった。部屋には呆然とする黒乃とメル子、茶碗を持った上の階の住人、そして貧乳のメル子が残された。


「……」

「……」

「……」


 二人は貧乳のメル子を担ぐとマリーの部屋の前までいきドアベルを鳴らした。


「あら、お二人ともどうしましたの? 凄い顔色ですわよ? え? 今から前夜祭をしますの? 楽しそうですわ、いいですわよ。ところでなぜメル子が二人いるんですの? え? お泊まりもするんですの? どうしてですの? ちょ、なんで腕をひっぱりますの? 離してくださいまし! わかりましたわ! お泊まりもしますわ! アンテロッテと泊まりにいきますわー!」

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