第144話 お仕事の風景です! その二

 浅草寺から数本外れた静かな路地に佇む古民家。その一室で人間とロボットが朝から忙しなく働いていた。


「黒ノ木先輩、全てのタスクのステータスが確認待ちになりました」


 桃ノ木桃智もものきももちはモニター越しに黒乃に声をかけた。


「お、やったね。これで受け持ちのイベントの作成は概ね終了か」

FORT蘭丸ふぉーとらんまる君が開発環境を整えてくれたから作業がスムーズでしたね」

「FORT蘭丸!」

「ハイィ!?」

「でかしたぞ」

「それほどでモ」


 見た目メカメカしいロボットは頭の発光素子を点滅させながら頭をかいた。


 ゲームスタジオ・クロノスは他社開発ゲームのイベント制作の業務を請け負っている。メインシナリオは作成済みだったのだがサブシナリオが手付かずの状態だったため、複数の会社に分割して制作を発注したのだ。

 クロノスに割り振られたイベントはほぼ作成が完了。発注元のチェックを経てフィックスとなる。


「じゃあ発注元にまた割り振り増やしてもらうように掛け合うから」

「お願いします」

「FORT蘭丸の方はどうよ。ラグい原因わかった?」


 黒乃は左向かいにいるFORT蘭丸に声をかけた。FORT蘭丸は打つたびにキーが下品に光るキーボードを叩きながらコードを表示した。


「ココです! ココでマップ上に点在しているイベントのデータベースの参照が二重に入っていたノデ処理が幾何級数的に膨らんでいたんデス!」

「ふんふん。どうやって解決したの」

「予め必要な分だけをリストアップしておいて各イベントに紐付けヲして高速化しまシタ。これで無駄な参照がなくナリます!」

「なんかわからんけどでかした!」

「ありがとうございマス!」


 FORT蘭丸は調子に乗ってエンターキーをバチーンと叩いた。


「うるせぇ!」

「ごめんなサイ!」

「じゃあそれを報告してコア部分の最適化ができるようにソースコードを貰うから。貰ったらまた直しておいて」

「ハイ!」

「コードをパクるなよ」

「パクりまセン!」


「……クロ社長」


 左隣にいる小さなロボットが小さな声でつぶやいた。少女のように見えるが大人ロボットである。腰まである長い青髪によりクールな雰囲気を漂わせている。影山かげやまフォトン。新入社員のお絵描きロボである。


「どしたの、フォト子ちゃん」

「……3Dモデル作れた」

「おお、どれどれ」


 黒乃がモニターを覗き込むと学生服を着た可愛い女子ロボットが立っていた。


「いいねいいね、コンセプト通りだね」


 ゲームのイベント制作だけではなく、3Dモデルの制作も請け負っていたのだ。ロボット学校のモブ生徒である。


「男子ロボのモデルも作った」

「おお、どれどれ」


 黒乃がモニターを覗き込むと片方の目玉が飛び出した不気味なロボット男子生徒が立っていた。


「キモいな」

「……キモ可愛いがコンセプトだから」

「可愛い要素がないね」

「目が飛び出してるところが可愛い」

「そこがキモい要素なんだよなあ」

 

 残念ながら男子ロボットはリテイクになった。


 しばらく作業をすると事務所にいい香りが漂ってきた。


「あら、いい匂い」

「黒ノ木シャチョー! 今日のお昼はナンですか!?」

「メル子に聞いてこい」


 そう言われてFORT蘭丸とフォトンは台所へ殺到した。ゲームスタジオ・クロノスではランチが無料である。メル子が仲見世通りの出店をやっている時はそちらで無料券が使える。今日は出店がお休みのためメル子が事務所にやってきてランチを作っているのだ。古民家を事務所にしているため、台所完備である。


「女将サン! 今日のランチはなんデスか!?」


 二人が台所に突撃するとメル子がエプロンのリボンをフリフリさせながら何かを煮込んでいた。


「蘭丸君、フォト子ちゃん。今日はブラジルのムケッカですよ」

「ムケッカ!?」

「……聞いたことない」


 ムケッカとはブラジルの海鮮シチューである。魚、エビ、トマト、ニンニク、コリアンダーを水を入れずにじっくりと煮込む。今日の魚はカジキだ。


「早く食べたいデス!」

「バナナ入ってる……」

「まだお昼には早いですよ。さあお仕事に戻ってください」


 FORT蘭丸は大人しく作業場に戻ったが、フォトンは台所をうろちょろと動き回って鍋の中をしきりに覗き込んでいる。


「どうしました、フォト子ちゃん。戻らないとご主人様に怒られますよ」

「少し食べたい」

「ダメですよ。我慢してください」


 フォトンはメル子のエプロンを引っ張った。


「ぎゃあ! 危ないですよ!」

「食べたい」


 メル子はフォトンの腰に腕を回すと無理矢理持ち上げて作業場まで連れ戻った。


「メル子ちゃん離して〜」ジタバタともがきながら強制的に椅子に着席させられた。青いロングヘアが赤色に変わっている。


「こらフォト子ちゃん。ちゃんと働かないとお昼抜きだよ」


 黒乃に脅されようやくフォトンはモニターに向かい始めた。



 黒乃達は必死になって作業をしてようやくお昼の時間になった。メル子が声をかけると全員で台所に移動する。既に食卓には鍋と食器が並んでいた。


「いやー腹減った〜」

「待ってまシタ!」

「あら、ムケッカね」

「桃ノ木さん、知っていますか!」

「名前だけね」


 全員が席に着くとメル子は茶碗にご飯を盛った。黒乃とFORT蘭丸は白米、桃ノ木とフォトンはパンを選んだ。


「女性陣はパンが好きですねえ!」

「ご主人様も女なんだけど」

「これは失礼しました!」


 準備が整うと皆で一斉にムケッカをかっこみはじめた。


「あ〜、美味い。トロトロのソースにしっかりと魚の旨さが出ている。バナナの甘さとトマトの酸味で魚料理らしからぬゴージャスさがある一品だあ」


 FORT蘭丸はムケッカを白米にかけてガツガツと胃に流し込んでいる。


「美味い……美味いデス! 女将サンの料理は最高デス!」

「女将さんと呼ぶのはやめてください。蘭丸君は家では料理をしないのですか?」

「ボクもマスターも料理しまセン!」


 FORT蘭丸は一瞬で茶碗を空にするとおかわりを要求した。


「私からすると料理しないロボットって方が信じられないよ」

「シャチョーのロボットの基準はメイドロボですカラね」

「フォト子ちゃん、どうです? 美味しいですか?」


 フォトンもムケッカにパンを浸して食べていた。カリカリに焼いた固めのパンはムケッカのソースを吸い込む事で程よい歯触りに変わる。


「美味しい……いつも和食だから嬉しい」

「フォト子ちゃんは和食を作るのですか?」

「……ボクも料理できない」

「じゃあ作るのは影山陰子かげやまいんこ先生かしら?」

「うん」


 影山陰子はフォトンのマスターであり、高名な書道家である。元々フォトンは陰子の道場でお絵描きロボの修行を積んでいたのだが、陰子の一声で外に出ることになったのだ。


「……先生の和食は美味しいけどずっと和食はつらい」

「贅沢ですネェ!」

「黒ノ木先輩、ほっぺにご飯粒が付いていますよ」


 桃ノ木はご飯粒を指で取ると自分の口に運んだ。


「あ、こりゃ失敬。メル子、ご飯おかわり」

「何を職場でイチャイチャしていますか!」


 メル子は山盛りの茶碗をテーブルに叩きつけた。



 お昼が終わるとお昼寝タイムだ。フルタイム(六時間、週四)勤務をする場合、最低九十分の休憩を設ける事が義務付けられている。

 二階建ての古民家なので二階の部屋で仮眠を取ることができる。


 黒乃と桃ノ木とフォトンは布団を並べて寝始めた。FORT蘭丸は睡眠中なぜか頭の発光素子がビカビカと明滅して非常に眩しいので隣の部屋で一人で寝ている。



 仮眠を取り気分がスッキリしたら午後の業務である。

 桃ノ木は書類を提出するため上野駅前にある台東区役所に向かった。その後取引先の会社で打ち合わせがあるのでそのまま直帰する。

 FORT蘭丸は引き続きコードの最適化作業を行う。フォトンは3Dモデルの作成だ。

 黒乃はそんな二人を眺めながら今後の事を考えていた。いつまでも業務を受注するばかりではなく自社タイトルを開発しなくてはならない。それを実現するには資金が必要だ。今は業務を請け負って資金を稼ぐしかない。

 しかし企画は今のうちから練っておかなくてはならない。


「黒ノ木シャチョー! 夕方に流れ星が見れるそうですヨ!」

「なに乙女チックな事いっとんねん」

「イエ、月の軌道から外れた人工衛星が何故か地球マデ飛んできて落下するそうデス」

「ああ、しばらく前にニュースになってたな。今日落ちてくるのか」

「……見たい」



 夕方、業務を終えた一同は帰宅せずに古民家の二階に集まっていた。窓を開け空を見上げている。


「ご主人様! 流れ星なんてロマンチックですね!」

「そう? 死の流星のイメージしかないけど」

「流れ星を見ながラ願い事を三回唱えると叶うんデスよ!」

「ロボットのセリフかそれ〜?」


 しばらく夕焼けの空を眺めていると次第に陽が落ち空が暗くなってきた。星空がうっすらと見えるようになってきた頃にようやく流れ星が現れた。シャワーのように光の筋が降り注ぐ。


「おお、おお、おお、結構たくさん降ってくるんだな」

「家内安全! 一攫千金! 不老不死!」メル子は必死になって唱えた。

「お願い事が大それ過ぎている……」


「週休四日法案可決! 週休四日法案可決! 週休四日法案可決!」FORT蘭丸も必死になって唱えた。

「どんだけ働きたくないんじゃ……」


「……す」フォトンもぼそぼそとつぶやいた。

「それじゃ流れ星さんも聞き取れないと思うよ」



 事務所を閉め黒乃とメル子はボロアパートに向けて歩き出した。環境の為に照明の明るさに制限をかけられた浅草の夜道は暗い。その分、星空がよく見える。


「いやー、いいもん見れたね。月も綺麗だ」

「そうですね。ご主人様は流れ星にお願い事はしなかったのですか?」

「したよ〜?」


 メル子はしばらく待ってから黒乃の顔を見た。


「教えてくださいよ」

「もちろんメル子とずっと一緒にいられるようにだよ」

「もう」


 メル子は黒乃にピタリとくっついて腕を絡ませた。


「ずっといますからご心配なく」

「フラグ立てた?」

「何を言っていますか」


 そんな二人の様子をお空の星は確かに見ていたのだ。

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