第137話 チャーリー死す その三

「ドうも、FORT蘭丸ふぉーとらんまるデス。前回のバグを解説しマす。


auto bodies=std::vector<std::string>{"チャーリー", "ミニメル子", "ビッグメル子"};

auto ais=bodies;

auto middle=std::find(ais.begin(), ais.end(), "ビッグメル子");

std::rotate(ais.begin(), middle, ais.end());

dra8::install(ais.cbegin(), ais.cend(), bodies.begin());


 問題は以下の行デス。


auto middle=std::find(ais.begin(), ais.end(), "ビッグメル子");


 正しくは


auto middle=std::find(ais.begin(), ais.end(), "ミニメル子");


となりマス。上側の状態でrotate関数を呼ぶとais配列は


{ビッグメル子, チャーリー, ミニメル子}


となりマス。bodies配列は


{チャーリー, ミニメル子, ビッグメル子}


なのデinstall関数により、チャーリーにビッグメル子の中身(メル子AI)が、ミニメル子にチャーリーの中身(空)が、ビッグメル子にミニメル子の中身(チャーリーAI)がインストールされテしまいます。

 正しいais配列は


{ミニメル子, ビッグメル子, チャーリー}


ですノで、これをbodies配列にインストールすルと、チャーリーにミニメル子の中身(チャーリーAI)がミニメル子にビッグメル子の中身(メル子AI)が、ビッグメル子にチャーリーの中身(空)が正常に入る事ニなります。

 ほんの三文字の書き間違えが致命的な結果をもたらシます。皆さん、テストを充分に行ってカラ実行するようにシましょう。以上、FORT蘭丸でシタ」



 浅草の町を黒乃とロボット猫が走っていた。グレーのロボット猫は猫らしいしなやかな動きで地面を駆ける。一方黒乃はよたよたと息を切らして進んでいた。


「ニャニャ! ニャー!(ご主人様! 急いでください!)」

「いや、そう言われても。ハァハァ、猫には追いつけないよ。ハァハァ」


 黒乃達はビッグメル子を追いかけていた。メンテナンスの手違いでチャーリーのAIがビッグメル子のボディにインストールされてしまったのだ。なぜかチャーリーは工場から逃げ出してどこかに消えてしまった。

 チャーリーのボディに入っているメル子は自分のボディの匂いを頼りに追跡をしているのだ。


 すると道端で泣いている小学生に出くわした。


「あれ? 近所のクソガキ共じゃん。お前らどうした? うんこでも踏んだの?」

「あー! メル子のご主人だ!」

「うえええん!」

「お前のメイドロボにどら焼き取られたんだよー!」

「ええ!?」


 話を聞くと突然メル子がやってきて歩きながら食べていたどら焼きを強奪して逃げていったらしい。


「ニャニャー!(チャーリーです!)」

「うええええん!」

「悪かった! ごめんよ。ほら、メル子の出店の無料券やるから。これでかんべんして」

「十枚よこせー!」


 黒乃達は泣く小学生を宥めすかして追跡を再開した。浅草寺の方角へと向かっているようだ。

 人気のない路地に入ると猫メル子は慎重に石畳の匂いを嗅いだ。チャーリーに近づいているようだ。

 猫メル子がたどり着いたのはルベールの紅茶店『みどるずぶら』だ。すぐ隣が黒乃の事務所である。


「ルベールさん! どうかしましたか!?」


 店の入り口前にヴィクトリア朝のメイド服を纏った品のあるメイドロボが立っていた。


「黒乃様……」


 ルベールは青ざめた表情で黒乃を見つめた。


「今、メル子さんが突然店に入ってきて、すぐに出て行きました……」


 チャーリーは客に提供したアップルパイを強奪して浅草寺方面へ逃げたようだ。


「黒ノ木先輩……」

「桃ノ木さん!?」


 その客というのは黒乃の後輩桃ノ木桃智もものきももちであった。窓際のテーブルで軽食を楽しんでいたところ、突然メル子にアップルパイを盗まれたらしい。


「ニャニャー!(私の体でやりたい放題です!)」

「二人とも申し訳ない! この埋め合わせは必ずするから!」

「ハァハァ、体で支払ってください」


 黒乃と猫メル子は浅草寺へ向けて走りだした。

 観光客で溢れる仲見世通りにやってくるとメル子の匂いが紛れてしまった。猫メル子の鼻では追跡ができない。しかしすぐに居場所が判明した。


「メル子さんー! 何をしますのー!」


 仲見世通りの中程にあるアンテロッテのフランス料理店『アン・ココット』で騒ぎが起きている。


「いた! あそこだ!」

「ニャー!(また何かを強奪しています!)」


 チャーリーとアンテロッテは皿を引っ張りあっていた。皿には鴨のコンフィが乗っている。


「離してくださいましー! これはお客様のお皿ですのよー!」


 しかし鬼の形相で皿を引っ張るチャーリーに根負けしてアンテロッテは皿を手放してしまった。


「アン子、大丈夫!?」

「なんなんですのー!?」


 そしてチャーリーは再び駆け出した。人混みを縫うようにして走り去ってしまった。

 黒乃はそれを必死になって追いかけた。どうやらチャーリーは隅田公園を目指しているようだ。


「ぶひゅーぶひゅー! もう限界だポョ」

「ニャニャーニャ!(ご主人様! もう目の前ですよ!)」


 チャーリーは隅田公園に駆け込んだ。黒乃達も続いて公園に入る。チャーリーは広場の真ん中にどさりと何かを置いた。強奪してきた食べ物であった。


「こらチャーリー。ようやく追いついたぞ」


 黒乃は力尽きてその場にへたり込んでしまった。


「ニャー!(チャーリー! 一体何をしているのですか!?)」


 チャーリーはしゃがみ込んでじっと何かを待っている。しばらくすると茂みから一匹の生猫が現れた。白の毛並みにお上品なグレーのアクセントが美しいメス猫だ。


「あれは!? ダンチェッカー教授だ!」


 ダンチェッカーはチャーリーの足元に来ると食べ物を物色し始めた。どら焼きをつつき、匂いを嗅いでいる。


「そうか! チャーリーはダンチェッカーに餌を分ける為に食べ物を強奪してたのか!」


 しかしその時、茂みからゴツい黒猫が姿を現した。体が大きく歴戦の戦士を連想させるオス生猫だ。


「ハント博士だ! そりゃそうなるわな!」

「ニャー!(チャーリーどうします!? ハント博士ですよ!)」


 チャーリーは立ち上がった。両手の拳を握り締め顎の前に構える。つま先立ちになりトントンとリズム良くステップをする。


「チャーリーはやる気だ! そうか! メル子のボディならハント博士に勝てると踏んだのか!」

「ニャー!(チャーリー! やっておしまいなさい!)」


 ハント博士も立ち上がった。拳を構える。どうやらボクシングで受けてたつようだ。左の拳を下げてゆらゆらと左右に揺らす。

 二人の視線が交錯し火花が散った。先に動いたのはチャーリーだった。リーチの長さを活かしてローキックを繰り出す!


「あー! ボクシングと見せかけてのローキックだ! これは避けられない!」

「ニャー!(卑怯です!)」


 しかしハント博士は伸ばしたチャーリーの足を踏み台にして跳ね上がった。拳を頭上に掲げてアッパーをチャーリーの下顎に炸裂させた。

 その衝撃は凄まじくチャーリーの体は宙に浮いて吹っ飛んだ。美しい弧を描いて舞うチャーリーを黒乃とメル子は目を見開いて眺めた。


「チャーーーーリーーーーー!」

「ニャーーーーリーーーーー!」


 チャーリーの体は地面に叩きつけられてKOとなった。

 勝負を終えたハント博士とダンチェッカー教授は餌を咥えて仲良く茂みへと消えていった。



 ——夜の浅草工場。

 メル子は椅子から立ち上がった。


「痛たたたた! 顎が痛いです!」

「ハント博士に殴られたからねぇ」

「でも自分の体はしっくりきます!」


 今日は色々あり過ぎた為、ビッグボディのメンテナンスは最優先の特急で行われた。

 チャーリーのAIは元通りチャーリーのボディに入り、ミニメル子は再び工場に保管された。ところがチャーリーは椅子の上から動かない。


「おい、チャーリー。気を落とすなよ。いつか勝てる日が来るさ」


 黒乃が頭を撫でようとしたがまたもや尻尾ではたかれてしまった。


「こいつほんとに懐かないな」


 メル子はチャーリーを持ち上げて抱きしめた。そのまま三人は浅草工場を後にした。

 夜の浅草の町を並んで歩いた。チャーリーはメル子の腕の中で眠ってしまったようだ。


「ご主人様……」

「ん? なんだい?」

「実は私の電子頭脳のキャッシュにチャーリーのメモリが残っておりまして」

「ほうほう」

「チャーリーの心が少し見えてしまったのです」


 メル子はチャーリーの背中を撫でた。ゴロゴロと唸り声を出すチャーリー。


「チャーリーがご主人様に懐かないのは、ご主人様の事をライバルだと思っているからのようです」

「ライバル?」

「チャーリーはずっと一人ですから。ずっとパートナーが欲しかったみたいです」

「なるほどねえ……」


 黒乃はメル子の腕の中で眠るチャーリーの顔を覗き込んだ。


「私はメル子を手に入れるためにとんでもない努力をしたんだから、お前も諦めるなよチャーリー」


 黒乃はチャーリーの頭を撫でようとした。しかし勢いよくメル子の腕から飛び上がってアスファルトに着地した。


「ニャー」

「なんだよ。寝たふりかい」


 チャーリーは二人にお尻を見せながら暗闇に消えていった。

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