第136話 チャーリー死す その二
「さあ、でかけようか」
「はい!」
黒乃とメル子は小汚い部屋を出ると朝日を浴びながら扉に鍵をかけた。黒乃の腕には動かないグレーの塊、メル子の腕には小さなメル子が抱かれている。
二人はこれから浅草工場へと向かうのだ。メンテナンスの不手際でチャーリーのAIがミニメル子のボディにインストールされてしまった。そのためチャーリーのボディは現在空だ。
「ん? なにあのバスは」
黒乃がボロアパートの下に目を向けると小型のバスが駐車場に停まっていた。バスの側面には剣をモチーフにしたロゴが貼り付けられている。
「クサカリ・インダストリアルのバスみたいですね」
「なんだろう」
するとバスの扉が開きお嬢様が現れた。
「オーホホホホ! ごきげんよう! 気持ちのいい朝ですわねー!」
「オーホホホホ! 気分スッキリリフレッシュでありんすわえー!」
「「オーホホホホ!」」
金髪縦ロールのお嬢様たちがバスの前で高笑いを炸裂させた。
「おー、二人ともおはよう。朝から元気だね。バスでどこかに行ってきたの?」
「違いますわよ」
「このバスはクサカリ・インダストリアルのメンテナンスバスですのよ」
メンテナンスバスとはロボットの検査、整備を行う為の移動式工場のようなものだ。クーラーボックスサイズのメンテナンスキットよりも高度な整備を行う事ができる。
「へ〜、便利だなあ。これでアン子の検査をやってたのか」
「さようでございますわ」
「この辺にはクサカリ・インダストリアルの工場はありませんから、バスで来てくれると便利ですね」メル子は感心した。
するとマリーはメル子が抱いているものに気がついた。メル子に走り寄りまじまじとそれを見つめた。
「これなんですの?」
「ミニメル子だよ。メル子の代替ボディ」
ミニメル子はキョトンとした表情でマリーを見つめている。
「めちゃかわですわー! 抱いてもよろしくてー!?」
黒乃は冷や汗を垂らした。
「やめとき。ロボチョップ食らうよ」
しかしマリーはお構いなしにミニメル子を奪い取った。思いきり抱きしめて頬擦りをした。
「もちもちで可愛いですわー!」
「お嬢様ー! わたくしにも抱かせてくださいましなー!」
しかしチャーリーは意外にもなすがままにされている。
「この野郎〜、美少女相手だとロボチョップしないのかよ〜」
——
赤い壁の巨大な工場へと黒乃とメル子はやってきた。入り口ではひっきりなしにロボットが出入りをしている。
工場へ入ると受付の前で職人ロボのアイザック・アシモ風太郎が待っていた。
「コノ度ハ、ゴ迷惑ヲ、オカケシマシタ」
「ホントだよ!」
工場の中は多数のロボットで溢れていた。どうやら先日のソラリス事件の影響と、年末年始の休業前の駆け込みメンテナンスが重なって大混雑しているようだ。
黒乃達は今回はお詫びという事で混雑が避けられるVIPメンテナンスルームへと通された。
「いや〜、この部屋くつろげるね」
黒乃は革張りのソファに寝そべり足を投げ出した。白を基調とした部屋に豪華な家具が据え付けられている。壁には高級そうな絵画が所狭しと掛けられている。整備を行う場所とは思えない造りだ。普段は上位モデルのロボットのメンテナンスをしているらしい。
「マンゴーラッシーヲ、ドウゾ」
「はっはっは。計らえ」
ビッグメル子とミニメル子とチャーリーはシルクのような肌触りの椅子に座った。椅子の背もたれからプラグを伸ばし、首の後ろにあるコネクタに差し込む。
「デハ、AIノインストールヲ、行イマス」
ミニメル子に入っているチャーリーのAIをチャーリーのボディに、ビッグメル子に入っているメル子のAIをミニメル子のボディに移す。空になったビッグメル子のボディは一晩かけて整備をする。
「時間ガ勿体無イノデ、AIノ『ローテーションインストール』ヲ、行イマス」
「なんかわからんけどやってくれたまえよ」
黒乃はマンゴーラッシーのグラスから伸びているストローを咥えて音を立てて啜った。有機素材から作ったバイオマスプラスチック製なので環境に優しい。
アイザック・アシモ風太郎は三人の前のテーブルに着くとコンソールにコードを打ち込んだ。
>auto bodies=std::vector<std::string>{"チャーリー", "ミニメル子", "ビッグメル子"};
auto ais=bodies;
auto middle=std::find(ais.begin(), ais.end(), "ビッグメル子");
std::rotate(ais.begin(), middle, ais.end());
dra8::install(ais.cbegin(), ais.cend(), bodies.begin());
>.........success.
「インストール、完了シマシタ」
「早いね。マンゴーラッシーおかわり」
注)このコードにはバグがあります。読者のみんなはわかるかな!? わかったら教えてね!
黒乃は立ち上がりミニメル子を抱き上げた。
「じゃあメル子、帰ろうか。先生、ビッグボディのメンテナンスよろしくお願いします」
「オ任セクダサイ」
しかし様子がおかしい。ミニメル子がピクリとも動かない。ミニボディにはメル子のAIが入っているはずである。
「あれ? おーい、メル子。どした?」
黒乃はミニボディをユサユサと揺らした。何も反応がない。
するとビッグボディがすっくと立ち上がった。キョロキョロと首を忙しなく動かしている。
「あれ? ビッグボディは空だよね。なんで動くの?」
するとビッグボディは凄い速さで走り出し、部屋の外に出て行ってしまった。黒乃とアイザック・アシモ風太郎は口を開けてそれを見送った。
「ニャー! ニャー! ニャニャー!」
グレーの塊が何かを喚いている。動こうとして椅子から転げ落ちてしまった。
「おいおい、チャーリー大丈夫かい」
黒乃はチャーリーの頭を撫でようとしゃがみ込んで手を伸ばしたがチャーリーにはたかれてしまった。
「いて。相変わらず懐かないやつだな」
「ニャニャニャ! ニャーニャ!」
「黒乃サン、大変デス」
コンソールを眺めていたアイザック・アシモ風太郎が何かに気がついたようだ。顔を青くしてまぶたが激しく開閉している。
「ん? どうしました?」
「コードニ、バグガ、アリマシタ」
「ええ!?」
どうやらビッグメル子のボディにチャーリーのAIが、チャーリーのボディにメル子のAIがインストールされてしまったようだ。ミニメル子のボディは空だ。
「資源ゴミとして世の中の役に立たせてやろうか!!!」
「勘弁シテ、クダサイ。ソレヨリモ、ビッグボディヲ、追イカケナイト」
「ハァハァ、そうだ! どこいった!?」
黒乃は慌ててミニメル子を抱えたまま走りだした。
「ニャニャー! ニャニャニャ!」ロボット猫は黒乃のジーンズに爪を立ててしがみついた。
「あ、そうか。ミニメル子を持っていってもしょうがないのか。もうややこしい!」
黒乃はミニメル子を椅子に置き、チャーリーのボディに入ったメル子を抱えて部屋の外へ飛び出した。廊下を見渡すが既に姿は見えない。
工場の入り口に走り受付ロボに聞いてみると、青い和風メイド服のメイドロボが工場から走って出ていったと証言をした。
工場の外に出てみるがやはりビッグメル子の姿は見えない。
「あかーん! どこいった!?」
「ニャニャニャーニャ! ニャーニャニャ!」
「なになに? ビッグボディの匂いを辿っていける? 私についてきてください? さすがロボット猫!」
猫メル子は爪で黒乃の手を引っ掻いた。
「いてえ! 待ってろよメル子。絶対ご主人様がメル子の体を取り戻してやるからな!」
メル子追跡作戦が幕を開けた。
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