第129話 お仕事の風景です!

「ア、ども、FORT蘭丸ふぉーとらんまるデス。よろシくお願いシます」


 見た目メカメカしいロボットが頭を下げた。ウィーンというモーター音が事務所に鳴り響く。黒乃とメル子と桃ノ木は手を叩いて歓迎した。

 ここは浅草寺から数本外れた路地にある黒乃の事務所だ。古民家の一室にテーブルを四つ並べただけの質素な仕事場であるが、室内の手入れは完璧になされている。


「じゃあここがFORT蘭丸の席だから」


 促されて座ったのは黒乃の対角線上、桃ノ木の隣の席である。


「桃ノ木サン、お久しぶりデス」

「お久しぶり。今度は逃げないでね」

「逃げマせん!」


 FORT蘭丸はダラダラと汗をかきながらモニターのスイッチを入れた。


「黒ノ木シャチョー! ボクは何をすればいいんデスか!?」


 黒乃はFORT蘭丸のデスクまで来ると机にケツを乗せてモニタを覗き込んだ。


「そりゃあお前はプログラミングロボなんだからプログラムしてもらうよ」

「ハァ」

「取り敢えず面倒臭い作業は全部自動化しておいて。後はイベントの最適化ね。このゲーム頻繁に処理落ちするんだよ。最適化が全然できてない」

「なるホど」

「イベントの最適化がうまくいったらコア部分の最適化も任せてもらえるようにクライアントに掛け合うから。そしたら三人月分は追加で貰えるはず。頼んだぞ!」

「お任せくだサイ、黒ノ木シャチョー!」


 FORT蘭丸は嬉々としてキーボードを叩き始めた。頭部に埋め込まれた発光素子がそれに合わせてリズミカルに明滅を繰り返す。


「紅茶をどうぞ」


 メル子が台所から紅茶をトレイに乗せて現れた。古民家なので当然台所も便所も風呂もある。二階にいけば仮眠も取れる。


「さあ、蘭丸君も飲んでくださいね」

「ありガとうございマス! 女将サン!」


 メル子はプルプルと震えた。「女将さんと呼ぶのはやめてください……」


 黒乃は渋いブルーのカップを受け取ると紅茶を冷ましながら飲み込んだ。


「ふー、やっぱりメル子が淹れた紅茶はうまい」

「当然ですよ。カップはここの棚に入っていたものを使わせてもらっています」


 黒乃達は紅茶を飲みながら作業に集中した。


「FORT蘭丸!」

「なんデしょう!」

「イベントをコミットしたら自動でテストが走るようにできる?」

「できマス!」

「FORT蘭丸君」

「桃ノ木サン、なんデしょう!」

「クライアントからの要望がスプレッドシートで来るんだけど、管理が面倒臭いからプロジェクト管理システムに自動でタスク登録するようにできない?」

「できマス!」

「FORT蘭丸!」

「なんデしょう!」

「間違えてDeprecated非推奨なノードを使ってずっと作業してた! このノードだけ一括して置き換えて欲しいんだけど!」

「やっておきマス!」


 次々と襲いかかってくる要望を右へ左へと処理をしていくFORT蘭丸。その様子を感心した表情でメル子は眺めていた。


「蘭丸君、いきなり大活躍ですね」

「イエイエ、この程度は序の口デス。前の会社はとても酷い扱いでしタので……」


 FORT蘭丸の頭部の発光素子が一斉に消灯した。どうやら思い出したくない過去のようだ。

 黒乃はモニターを見ながら語りだした。


「プログラマーってなんでもできる人みたいにみんなに勘違いされがちだよね。言えばやってくれるみたいな。何でも知ってるみたいな。出来て当たり前、取り敢えず任せておこう、みたいなね」

「ウウ……」


 FORT蘭丸は震える手でティーカップを持ち一気に飲み干した。


「実際はわからない事だらけなんだよね。でもそれを言うとプログラマーとしての沽券こけんに関わるから言えないんだよ。ついつい出来るって言ってしまうんだな。だからプログラマーは他の職種よりも残業が多いんだ。出来ない事を無くす為に陰で勉強しているんだ」

「ほえ〜、大変なのですね」

「ゲーム制作ってのはプログラマーが要だからね。彼らがいないと何一つ形にならないから。どうしても頼りにされちゃうよね」

「シャチョー……」


 しばらく作業を眺めたメル子は立ち上がって台所に引っ込んだ。メル子はメル子で事務所を調理場として利用しているのだ。広い台所の方が出店で出す大量の食材を調理するのに適している。

 美味しそうな香りが作業場に漂い、三人はたまらずお腹を鳴らした。


「ではご主人様。出店の営業に行ってまいります」

「おう! 頑張ってね」

「女将サン! お気をつけテ!」


 メル子はプルプルと震えながら事務所を後にした。



 お昼を過ぎると三人は仲見世通りにやってきた。メル子の南米料理店『メル・コモ・エスタス』でランチをするためだ。


「黒ノ木シャチョー! 従業員は女将サンの店の料理が無料ってほんとデスか!?」

「もちろんだよ。でも早めに来ないと売り切れるからね」

「嬉しいデス!」


 店はいつもの通り行列ができている。向かいのアンテロッテのフランス料理店『アン・ココット』も同様だ。三人は列の最後尾に並んで順番を待った。


「蘭丸君! 食べに来てくれたのですね!」

「みんなでキました!」


 本日のメニューはメキシコの料理『コチニータ・ピビル』だ。豚肉に唐辛子などのスパイスを擦り込みバナナの皮で包んで蒸し焼きにする。それにチキンライスが添えられる。


「本格的な南米料理は初めてデス!」

「たんとお食べよ」


 FORT蘭丸は豚肉をスプーンですくって口に運んだ。


「スプーンで切れる程柔ラかく蒸してありマス! スパイスで辛いのかと思ったらとてもマイルドで豊かな香りデス! これはくせになりマスね!」

「黒ノ木先輩、あーん」


 桃ノ木はスプーンを黒乃の目の前に差し出した。


「いや、自分のがあるからいいよ」と言いつつ出されたスプーンをパクリと頬張った。

「んまい」


 メル子が出店の中からズカズカと飛び出してきた。


「店の前で何をやっていますか!」


 FORT蘭丸は店の前で大騒ぎをしているメル子達を見ながらコチニータ・ピビルを完食した。空になった皿を無言でじっと見つめた。


「どした? 一皿じゃ足りなかったかい?」

「いえ、充分デス。賑やかだなと思いマして」

「そりゃ仲見世通りだからね」


 FORT蘭丸は空を見上げた。頭の発光素子がランダムに明滅する。


「ボク、前の会社でランチの思い出なんてありまセンでした」

「ボッチだったの?」

「はい、ボッチでした。ボッチでもランチくらいは食べるじゃないですか。でもその記憶メモリがないんデス」


 これまで彼にとってランチとは燃料を精製する役割しか無かった。キーボードを叩きながら接種する食料の事をとてもランチとは呼べないであろう。


「仕事の仲間達と食べるランチがこんナに美味しいなンて知りませんデした」


 黒乃もスプーンで料理を口に運びながら昔を思い出した。


「そう言えば私もメル子が来る前はそんなんだったな」


 そのメル子は忙しそうに出店で料理を振る舞っている。


「メル子がうちにきて人生ガラリと変わったなあ〜」


 スプーンを勢いよく動かし料理を全て胃に収めた。



 午後も引き続きイベント制作の業務を行なった。人員が増えたことにより作業効率が飛躍的に上昇した為、クライアントに掛け合い担当するイベントの割り振りを増やしてもらった。


 夕方業務を終了し、桃ノ木とFORT蘭丸は帰宅した。事務所には報告書を書く黒乃と調理器具の後片付けをするメル子だけが残った。

 それも終わると二人は椅子に座ってしばらく無言の時間を過ごした。夕陽が完全に消え去った頃黒乃がポツリと言葉を漏らした。


「まさかこんな事になるなんてなあ」


 メル子はオフィスチェアを回転させて窓の方を向いている黒乃の背中に語りかけた。


「こんな事ってなんですか?」

「いやー、今の状況だよ。自分の事務所を持って働くなんてさ」

「私も思いもしませんでしたよ」


 黒乃は椅子を回しメル子の方を向くと股の間から椅子を手で叩いた。


「ちょっとこっちおいで」

「なんです? 事務所ですよ?」


 メル子は特に抵抗せずに黒乃の股の間に座った。メル子の肩の上から両腕を回して絡めた。


「メル子がうちにきて人生がガラッと変わったよ」

「そうなのですか?」

「毎日色んな事が起きるよ」

「確かに、起きますね」

「なんでだろうね?」

「何故でしょうか?」


 再び沈黙が訪れた。


「……でもご主人様」

「なんだい」

「私が来てご主人様は人生が変わったのかもしれませんが」

「うん」

「私はご主人様のところに来た時にようやく人生が始まったんです」

「そうだね」

「だから毎日何かがあるのが私の人生なんです」


 黒乃はメル子の体を強く抱きしめた。


「これからもずっと毎日何かがあるよ。安心してご主人様に付いてきなさい」

「はい……」


 黒乃は地面を蹴って椅子をくるくると回転させた。

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