第128話 ロボット狩りにいきます!

「メル子、今から狩りハントに行くよ」


 突然背後から謎の言葉をかけられ、朝食の片付けをしていたメル子は持っていた皿を落としそうになった。意識を取り戻し皿洗いを再開する。


「今、なんと?」

「ハンティングに行く」


 メル子は皿を置くと急にモジモジし始めた。


「それって可愛い女の子を捕まえるハンティングですか? 私結構純愛タイプですのでそういうのやった事ないですよ。できますかねぇ〜」


 頬を赤らめて体をクネクネさせているメル子を無視して話を続けた。


「実はご主人様がずっと探していたロボットが奥多摩おくたまの山奥で発見されたんだよ」

「奥多摩!?」

「だからそのロボットを狩りハントにいく」


 メル子は何を言うべきか全く言葉が出てこず視線を四方に走らせた。


「ちょっと言っている意味がわからないのですが……」

「機密事項だからここで詳しくは話せない。山に入るからしっかりと準備して!」



 ——浅草警察署。

 署の敷地内には路線バスが数台並んでおり、その周囲をロボマッポ達が忙しなく走り回っていた。

 黒乃とメル子はそのバスの一つに乗り込んでいた。黒乃は白ティーの上から山岳用のジャケットを着込んでいる。メル子は赤ジャージにリュックサックだ。中にはメル子特製のお弁当が入っている。


黒乃山くろのやま、準備はいいかい?」


 黒乃に声をかけたのは褐色の美女マヒナだ。黒いスポブラの上からベストを羽織っている。引き締まった筋肉が美しい陰影を作り、その肉体が見せかけではない事を見る者に語りかける。


「マヒナ様、ロボマッポの準備も整ったようです」


 バスに乗り込んできたのは褐色のメイドロボのノエノエだ。ピンクのナース服をベースにしたメイド服から垣間見える筋肉がその美しさを際立たせている。

 黒乃はノエノエを舐め回すように眺めた。


「マヒナ、ノエ子。私達も準備は完璧だよ!」

「さすが黒乃山。頼もしいね」

「いや! 私は一つも準備ができていませんよ! どういう状況ですかこれは!?」


 その時バスが動き出した。黒乃達のバスを先頭にして警察署を出発する。バスの座席にはずらりとロボマッポ達が首を揃えている。


「では、今回の作戦を改めて説明する!」運転席の横にいるマヒナがマイクを持って全車両に向けて話し始めた。

「かねてからの調査により、奥多摩の山地に一つの集落を発見した。地図には載っていない。もちろん非合法の集落でそれを作ったのは……」


 ロボマッポ達の顔が引き締まる。メル子はごくりと喉を鳴らした。


「一体どんな犯罪組織なのでしょうか……?」

「その集落を作ったのは社会からドロップアウトした社会不適合ロボ達だ!」


 メル子は半目でマヒナを見つめた。一体これはなんなのだろう?


「彼らはマスターの元から逃げ出し独自のコミュニティを作っている。生まれながらにして与えられた役割を放棄し、なんら社会に貢献しない駄ロボに成り果てている! とんでもないクズだ!」

「酷い言われようです。まあ事実だからしょうがないですけど」


 マヒナはさらに捲し立てた。


「新ロボット法によりマスターから離反したロボットは強制的に回収する事が認められている。我々は彼らを捕まえ、更生そして社会へと復帰させなくてはならない! ロボマッポ諸君! 容赦はするな! 彼らに社会の厳しさを教えてやれ! 鉄拳制裁! 粉骨砕身! 竜頭蛇尾!」

「強そうな四文字熟語を並べただけ!」

「安月給でこき使われている我らの怨み、ここで晴らさでおくべきか!」

「私怨!」


「「うおー!」」ロボマッポ達の士気は十分のようだ。

 メル子は黒乃を振り返った。


「ご主人様!? 結局どうして私達はこの作戦に参加するのですか!?」

「その集落に私が探しているロボットがいるんだよ。彼を捕まえなくてはならない」

「だから何で!?」



 ——東京都西多摩郡奥多摩町。

 東京都屈指の山岳地帯である。その山道を路線バスが走っていた。目的の集落を挟撃するために他のバスは別のルートから進行している。


「なるほど。警戒されないように路線バスで来たのですね。モグモグ」

「メル子、煙が立ち昇っているのが見えるだろう。あそこが集落っぽいね。モグモグ」


 二人はメル子特製弁当を食べながら窓の外を眺めた。程なくするとバスが停止してロボマッポ達が速やかにバスを降りた。黒乃達も続いてバスを降りる。


「黒乃山。マヒナ様は作戦の指揮を取ります。あなた達は私に付いてきてください。絶対に離れないように」

「ぶひーぶひー! 絶対離れないにょ!」黒乃はノエノエのお尻を見ながら言った。


 ロボマッポ達はいくつかの隊に分かれて山を進んでいく。ノエノエ隊は集落の上方へと移動した。


「ここからなら社会不適合ロボ達の集落全体が見えます。背を低くして見つからないように」

「もきゅーもきゅー! 疲れたホィ……」

「ご主人様しっかりしてください!」


 一行は木の陰に隠れてスコープで集落の様子を観察した。


「かなりの数がいますね。みんなで畑を耕しています。自給自足の生活でしょうか」

「時々ナノマシンの補給やパーツを買いに町まで下りてくるのです。そこをとっ捕まえて締め上げて情報を吐かせました」

「可哀想に……」メル子は心底同情した。


 すると黒乃が声をあげた。


「あ、いたいた! あのロボットだ!」黒乃はスコープを必死になって覗き込んでいる。

「スコープでマーキングしたから! 見てみて!」


 マーキング情報はネットワーク経由で共有している為、それぞれのスコープで参照する事が可能だ。


「なるほど。黒乃山のターゲットはあのロボットなのですね。データベースによると名前は『FORT蘭丸ふぉーとらんまる』ですか」

「一心不乱に畑仕事をしていますね。なにか幸せそうな顔をしていますが」


 見た目いかにもロボという感じのメカメカしいロボットがくわを振って畑を耕している。額には汗が光り、首に巻いたタオルでそれを拭っている。

 

 その時ロボマッポ達が動き出した。全方位から集落を包囲していたのだ。一斉に包囲を狭めて襲いかかる。

 社会不適合ロボ達は襲撃に気が付き逃げ惑った。パニックになっているようだ。ロボマッポが発射した捕獲電磁ネットに次々と絡め取られていく。

 一部の社会不適合ロボが武器を持ってロボマッポに襲いかかった。しかしロボマッポに敵うはずがなく次々と御用になっていく。

 突然地響きが聞こえてきた。大きな倉庫のシャッターが開くとそこから全長十メートルの巨大なロボットが現れた。


「あれは!?」

「重機ロボのジョークラッ車太郎です。建設現場で働くのが嫌になり耕運機にジョブチェンジしようとしたものの、マスターである現場監督の反対に遭い家出してこの集落に辿り着きました」

「切実!」


 ジョークラッ車太郎は巨大な腕を振り回してロボマッポを吹っ飛ばした。電磁ネットで対抗するものの巨大過ぎて効果がないようだ。


「うわうわ! やばいよアレ。どうすんの!?」

「ご心配なく」


 するとロボマッポ達の中から一つの影が飛び出した。身軽な動作でジョークラッ車太郎の頭に飛び乗った。


「マヒナだ! すげえ!」


 マヒナはジョークラッ車太郎の頭を踏み台にして宙に飛び上がった。両手を揃えて天に向けて掲げた。手のひらから高圧の空気が噴出し真下に向けて加速した。


「マヒナ様の必殺技『レヴァ・ラニ・ザ・ハワイアン』が炸裂しました!」

「クソダサネーミングです!」


 上空から高速で頭を踏みつけられた重機ロボはたまらず地面に転がった。


「かっけえ! さすがサイボーグ!」


 マヒナは体の一部を機械に置き換えたサイボーグなのである。続けてマヒナは重機ロボの巨大な顔面に拳をめり込ませた。ジョークラッ車太郎は急に大人しくなり顔を赤くしてモジモジとし始めた。


「うう、オイラ現場に戻って重機として働くよ……」

「壊れたロボットは殴って直すにかぎる」


 

 その頃、FORT蘭丸ふぉーとらんまるは走っていた。突然の襲撃にパニックになりながらも、持ち前の計算能力を活かして逃走ルートを割り出して集落から離れる事に成功したのだ。

 彼は捕まりたくなかった。元の仕事には戻りたくないのだ。死の行軍はもうまっぴらごめんだ。人間らしい暮らしがしたい。ロボットにも人権があるのだ。

 だから彼は畑を耕した。自然はいい。自然は計算の及ばない所がある。それがいい。理論なんてまっぴらだ。イチかゼロかで割り切れない世界で生きたいのだ。

 この森を抜ければ追っ手を撒ける。そう思った次の瞬間FORT蘭丸は地面に転がっていた。


「ふふふ、逃しませんよ」


 ノエノエがFORT蘭丸を地面に押さえつけていた。


「どうしテこの道がわかっタの!?」


 黒乃がFORT蘭丸の前に立ち塞がる。「お前の行動パターンは丸わかりなのさ」

「黒ノ木サン!?」


 FORT蘭丸は黒乃を見てガタガタと震えだした。


「許しテ……許しテ……」

「いいか、よく聞けFORT蘭丸。お前の会社が夜逃げをしたのが発端で私は会社をクビになったんだぞ(82話、88話参照)」

「ご主人様、それは遠因が過ぎるかと思いますが……」


 黒乃はしゃがみ込んでFORT蘭丸に顔を近づけた。


「FORT蘭丸、じゃあ許してやる」

「ほんトですか!?」

「その代わりうちで働け」

「エエ!?」

「畑耕してないでプログラミングロボに戻れ!」

「イヤー!」

「マヒナの顔面パンチで強制的に更生させられるか、それともうちでプログラマーやるか選べ!」

「黒ノ木サンのところにイきますー!」

「黒ノ木社長と呼べ!」

「黒ノ木シャチョー!」


 メル子は一連のやり取りをプルプルと震えながら見ていた。「可哀想に……」


 黒乃はFORT蘭丸の口の中にメル子特製弁当を突っ込んだ。


「うまいか!?」

「美味しいデス」


 FORT蘭丸はポロポロと涙を流しながら弁当を貪り食った。

 こうして黒ノ木事務所に新たなメンバーが加わったのであった。

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