第126話 帰郷します! その六

 冬の昼、白ティー四姉妹と金髪メイドロボは新大阪のホームにいた。ホームに吹き込む寒風が五人の心と体を冷やす。


「メル子〜、寂しいよ〜」


 鏡乃みらのはポロリと涙をこぼしながらメル子を抱き寄せた。メル子は背中をぽんぽんと叩いて慰めた。


「またすぐに遊びに来ますから。それよりも朱華しゅかちゃんを大事にしてあげてください」

「うん……」


 黄乃きのは袋をメル子に差し出した。


「これ母ちゃんが作った恵方巻きえほうまき。新幹線の中で食べてね」

「ありがとうございます!」


 二人はしっかりと抱き合った。


「これ父ちゃんから。ナノワイパー。メガネ拭く用だけど何にでも使えるから。お掃除が捗るよ」


 紫乃しのは折り畳まれた布切れをメル子に手渡した。定期的にロボローションを垂らすだけで自動的に補修をしてくれる布だ。


「嬉しいです! 使わせてもらいます!」


 二人はねっとりと抱き合った。

 

「それじゃ行くよ。三人とも元気でね」


 黒乃は三人と順番にハグをして最後尾のロボット車に乗り込んだ。するとすぐに扉が閉まる。入り口の窓から手を振って三人が遠ざかっていくのを見続けた。

 新幹線が駅のホームから離れると二人は座席に向かった。ロボット車の中は比較的すいており、しんと静まりかえっている。指定の二列シートに座ると安堵のため息が漏れた。


「あとは帰るだけだね」

「はい、お疲れ様でした」

「いや〜、みんな元気で良かったよ。久々の実家はいいもんだね」

「妹さん達に会えて私も楽しかったですよ。本当にいい子達です。すぐにおっぱいを触る以外は」


 メル子は貰った恵方巻きの袋を座席の背面テーブルに乗せた。


「丁度お昼ですし恵方巻きを食べましょうか」

「いいね。食べよう食べよう」


 メル子は通路を通りかかった車内販売ロボに声をかけた。


「あ〜キミィ。ロボ緑茶を二つくれたまえ。ビニールのポリ茶瓶は成分が溶け出して健康に悪いからよしてくれたまえよ。陶器製の汽車土瓶を頼むよ」

「なんでそんなに偉そうなの……」


 メル子は土瓶を受け取ると湯呑みにお茶を注いだ。土瓶の蓋が湯呑みになっているのだ。

 袋を開けごんぶとの恵方巻きを取り出した。


「すごい太いですね。具が盛りだくさんです」

「おお、これぞ母ちゃんの恵方巻き。子供の頃はしょっちゅう食べてたよ」


 テーブルに恵方巻きを置き、お茶の用意もできた。さあ食べるぞというその瞬間、幽鬼の如き謎の声が車両に響き渡った。


 オーホホホホ……オーホホホホ……。


「ぎゃあ! なんですかこの声は!?」


 メル子は周囲を見渡して声の主を探った。すると目の前の座席がゆっくりと回転を始めた。背面テーブルの恵方巻きが遠ざかり、代わりに現れたのは二人の少女であった。

 金髪碧眼縦ロール、シャルルペローの童話に出てきそうなドレスを纏った少女マリーと金髪碧眼縦ロール、シャルルペローのドレス風のメイド服を纏ったメイドロボアンテロッテだ。


「オーホホホホ! お久しぶりですわー!」

「オーホホホホ! 出番が無さすぎてギャラが出なくて困っておりましたわー!」

「「オーホホホホ!」」


 お嬢様たちは目の前で高笑いを炸裂させた。黒乃達はそれを呆然と眺めた。


「いや〜、まさか新幹線まで被せてくるとはなあ……」

「お二人とも! こんなところで何をしていますか!」


 マリーはにんまりと笑うと手に持っているものを見せた。それは串に刺さったたこ焼きであった。


「大阪観光をしていたのですわー!」

「大阪は美味しいものがいっぱいあったでしかしからになんでやねんですわー!」

「「オーホホホホ!」」

「大阪弁がおかしいんだよなあ……」


 マリーとアンテロッテはお互い手に持っているたこ焼きをお互いの口元に持っていき頬張った。それを見た黒乃とメル子はじゅるりとよだれを垂らした。


「あら? 楽しい新幹線なのに何も召し上がらないのですわね」

「お嬢様。黒乃様は現在無職なのでそこは触れないでおいてあげるのが優しさというものですわ」

「こらこら。なんでやねん!」


 マリーとアンテロッテは顔を見合わせた。


「本場のツッコミが出ましたわー!」

「なんでやねんって言う人初めて見ましたわー!」

「やかましいわ!」


 お嬢様たちはゲラゲラと笑った。


「わたくし達だけで楽しむのは可哀想なのでお裾分けして差し上げますわ」

「いや、マリー達が座席を回転させたから私らの恵方巻きが向こうにいっちゃったんだよ。返せ!」


 マリーとアンテロッテは串にたこ焼きを刺すと黒乃達の顔に向けて手を伸ばした。二人はそれをパクリと咥えた。


「モグモグ、美味しいです!」

「モグモグ、うまい。これは新世界ロボロボのたこ焼きだな」

「よくお分かりですのねー!」


 するとアンテロッテはガサゴソと包みを解いて何かを取り出した。ホカホカのお好み焼きである。


「お好み焼きもございますのよー!」

「めし上がりゃんせー!」

「車内で匂いが強いもの広げるなあ! ロボット車がお好み焼き臭くなるだろ!」

「ごめんあさーせー!」

「「オーホホホホ!」」


 しかし黒乃とメル子はしっかりとお好み焼きも食べた。


「マリーちゃん達は大阪のどこに行ってきたのですか?」メル子がお好み焼きでハムスターのように頬を膨らませながら聞いた。

「新世界ですのよ」


 新世界とは大阪市浪速区なにわくの繁華街のことだ。通天閣つうてんかくを起点にジャンジャン横丁へと続く道に飲食店がひしめき合っている。


「あんなところ中学生がうろつく場所じゃないでしょ」

「通りを歩いているだけでお店の人がいろんなものくれましたわー!」

「美少女は得だねえ」


 その時メル子が不敵に笑った。


「ふふふふふ」

「どしたメル子?」

「お二人とも大阪グルメを堪能されたようですが、私から言わせてもらいますと所詮は『観光』ですね……」

「どしたどした(笑)」


 マリーとアンテロッテはきょとんとした。


「観光に行ったのだから当然ですわよ?」

「たこ焼きもお好み焼きも串カツも最高でしたわよ?」

「ふふふふふ」

「ワロてるけど」


 メル子は腕を組んでふんぞり返った。精一杯背筋を伸ばし二人を見下そうとした。


「かすうどん……」

「え? なんですの?」

「かすうどんを食べたのかどうか聞いているのですよ!!!」

「うるさいですわ! 車内ですのよ」

「かすうどんって何ですの? カス人間が食べるうどんの事ですの?」


 メル子は口に手をあててケラケラと笑った。


「ご存じないのですか! かすうどんを! それで大阪観光とはちゃんちゃらおかしいですね!」

「何を言っているのか全くわかりませんの」

「クズ人間うどんがどうされましたの?」


 メル子は目を見開き、もの凄い勢いで捲し立てた。


「カスうどんとは南大阪で生まれた郷土料理の事ですよ! 牛の大腸をこんがりと蒸し焼きにしたものを刻んでうどんにまぶした料理です! そんなこともご存じないのですか!」

「メル子、牛の小腸ね。小腸を炒って作るのね」

「牛の小腸を炒ってこんがり揚げたものを刻んでうどんにまぶした料理ですよ! そんなこともご存じないのですか!」

「言い間違えてますの」

「うろ覚えですの」


 メル子は肩でハァハァと息をしている。黒乃は肩に手を乗せて落ち着かせた。


「まあまあ。こっちも恵方巻きをご馳走してあげようよ。母ちゃん特製のだからさ」

「ハァハァ、そうですね。マリーちゃん! 座席の背面テーブルに恵方巻きがあります! 取ってください」

「わかりましたの」


 すると何故か黒乃達の座席が回転を始めた。


「違います! 私達が回転をしてどうするのですか! 戻してください!」


 黒乃達の座席が180度回転し後ろを向いた。すると目の前には二人のお嬢様がいた。


「あれ? どうなってるのこれ。なんで後ろにもマリーとアン子がいるの?」


 後ろの座席に座っていたお嬢様たちは高らかに笑い声をあげた。


「オーホホホホ! お久しぶりですわね。マリーの姉のアニーですわー!」

「オーホホホホ! アニーお嬢様のメイドロボのマリエットですわー!」

「「オーホホホホ!」」


 すると黒乃は座席を更に180度回転させ前を向いた。するとやっぱりお嬢様が二人いた。


「オーホホホホ! お帰りなさいませー!」

「オーホホホホ! あまり回ると新幹線に酔ってしまいますわよー!」

「「オーホホホホ!」」


 黒乃とメル子はぐったりとした。既にお嬢様に酔い始めている。


「なんなのですかこれは! なんでお嬢様に挟まれているのですか!?」

「指定席なのになんでうちらを挟むように座ってるのよ」

「細かいことはどうでもいいのですわー!」

「早く恵方巻きをくだしゃんせー!」

 

 メル子はテーブルから恵方巻きを取ると四人のお嬢様の口に突っ込んだ。


「遠慮なくお召し上がりください!」


 黒乃とメル子も恵方巻きを頬張った。一行は無言で恵方巻きを食べ続けた。恵方巻きを咥えた三組のご主人様とメイドロボを乗せた新幹線は東京へ向けてひた走った。


 それでは彼女達の進む道が恵方であることを祈って帰郷編の幕を閉じることにしよう。

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