第124話 帰郷します! その五

 お昼過ぎ、メル子は黒ノ木邸の居間でソワソワとしながら緑茶を飲んでいた。父黒太郎くろたろうと母黒子くろこは今日も休日にも関わらず朝から工場へ出向いている。

 隣の和室では長女黒乃くろの、次女黄乃きの、サード紫乃しのがコタツに入り寛いでいる。


「ご主人様! まだですか!?」


 メル子はしきりに窓から外の様子を窺っていた。


「もうちょいでしょ。落ち着いて待ちなよ」


 四女鏡乃みらのは今、友達を迎えに行っているのだ。メル子はその帰りを今か今かと待ち構えている。


「それにしても遅いですよ! 鏡乃ちゃんに何かあったのかもしれません! 尼崎あまがさきは治安が悪いですから!」

「こらこら、なんちゅうこと言うの」


 すると丁度鏡乃が門を開けて帰ってきた。メル子はそれを見ると凄い速さで玄関に走り、勢いよく扉を開けた。


「お帰りなさいなさいませ、鏡乃お嬢様」


 メル子は畏まると両手を前に揃え丁寧にお辞儀をした。他の姉妹達も玄関に集まってきた。


「メル子、ただいま〜」鏡乃は口角をあげて笑った。白い歯と丸メガネに光が反射をする。

「えーと、鏡乃ちゃん。お友達はどうしました?」


 すると門の影から少女がひょいと顔を出した。メイドロボと四姉妹の視線が一気にその少女へと集中した。その視線を浴びると再び門の影に隠れてしまった。


「も〜、シューちゃん。出てきて」鏡乃が腕を引っ張るとおずおずと少女が影から現れた。

「この子が鏡乃のお友達の朱華しゅかちゃん」

「あの、ども。ウチがミラちゃんのお友達の朱華です……」


 少女は訛りのある言葉で挨拶をすると鏡乃の背後に隠れた。背はメル子よりも低く、鏡乃の背中にすっぽりと姿が収まってしまっている。髪の毛は赤みがかったショートボブで顔の輪郭は丸みが強い。潤んだ目と厚めの唇により中学生にしては大人びた印象を見るものに与える。

 白いショートパンツにダボダボのピンクのパーカーを羽織っている。


「初めまして。私が黒ノ木家のメイドロボのメル子です」再びメル子は丁寧にお辞儀をした。

「私が姉の黒乃ね」

「私も姉の黄乃です」

「私も姉の紫乃だよ〜」


 姉妹達は朱華に群がった。「ちっちゃくて可愛いな〜」三人の巨人に囲まれて朱華は怯えて鏡乃の白ティーを握りしめていた。

「あれ? 待ってください」

「ん? どしたメル子?」


 メル子はキョロキョロと辺りを見渡した。


「今日来られるお友達というのはお一人だけですか?」


 それを聞いて黒ノ木四姉妹はきょとんとした表情を浮かべた。「どゆこと?」


「あ、いえ。何か話ではたくさんのお友達に私をお披露目するみたいなイメージでしたので……」

「たくさんのお友達?」

「お友達って複数いるものなん?」

「一人が普通じゃなかと?」


 四姉妹がざわざわとし始めた。


「あ、いえ! なんでもないです! 忘れてください! お一人でも立派なお友達です!」メル子は慌てて取り繕った。

「さあ、家にお上りくださいませ! どうぞどうぞ!」


 鏡乃は朱華の手をとって玄関を潜った。居間のソファに並んで座った。

 するとそこにメル子がトレイにティーセットを乗せて現れた。優雅な動作で紅茶を淹れ始める。


「ねえねえ、シューちゃん。どう? うちのメイドロボ凄いでしょ?」


 朱華はメル子をポケーっと眺めた。どうやらメイドロボを見るのはこれが初めてらしい。


「すごい美人さんでびっくりした。こんなメイドロボがいるなんてミラちゃんすごか」

「どうぞお召し上がりください」


 メル子は紅茶とチョコレートケーキを二人の前に並べた。鏡乃は紅茶を一口飲み、フォークをケーキに突き刺すと丸ごと持ち上げて豪快に齧り付いた。朱華もそれに倣う。


「ミラちゃん、このケーキうまかー」

「これね、メル子が今朝作った新鮮な採れたてケーキだよ」

「すごかー!」


 鏡乃が自分のフォークに刺さったケーキを朱華の口の前に運ぶと朱華は嬉しそうに齧り付いた。朱華もお返しに自分のケーキを鏡乃に食べさせる。

 黒乃達はその様子を和室のコタツから見守った。


「ふふふ、なんか新婚夫婦みたいだな」

「うちの父ちゃんと母ちゃんみたい」


 その言葉に朱華は顔を真っ赤にした。メル子は朱華をじっと見つめた。

 朱華が取り繕おうとカップを持ち紅茶を口に含んだ。しかしその拍子にフォークに刺さっていたケーキがポロリと床に落ちてしまった。それに慌てた彼女は紅茶が入ったカップを手から滑らせ、ピンクのパーカーにざばりとひっかけてしまった。


「キャア!」

「シューちゃん!」


 鏡乃は慌ててカップとフォークを取り上げると朱華のパーカーを捲り上げた。


「火傷するから脱いで!」


 グイグイとパーカーを引っ張って脱がせようとする。メル子も加わってなんとかパーカーを脱がせた。その間に黄乃がタオルを持ってきた。紫乃は雑巾で床を拭き始めた。


「シューちゃん大丈夫!?」

「……」


 朱華は青ざめて突っ立っている。幸いそれ程熱い紅茶ではなかった為火傷の心配はなさそうだ。メル子はタオルで朱華の体を拭った。


「床汚しちゃってごめんなさい……」


 朱華はポツリと言った。メル子は朱華を優しく抱きしめた。


「いいのですよ。こういう時こそメイドの出番ですから。お任せください」

 

 一通り床の掃除が終わるとメル子は風呂場に濡れたパーカーとインナーを持っていった。紅茶のシミを落とさなくてはならない。

 鏡乃は自分の部屋から白ティーを持ってきて朱華に着せた。サイズが違うためダボダボになってしまった。袖から手が出てこない。


「鏡乃とお揃いだ〜」

「ミラちゃんの匂いがする……」


 そうこうしているうちに昼食だ。今日はメル子の手作りランチでおもてなしである。居間のテーブルにずらりと並べられた料理を見て朱華の目が輝いた。


「うわぁ、すごかー! ウチ、メキシコ料理初めてなんよ。メル子さんすごかー」


 本日のメニューはコーンスープの『ポソレ』、薄焼きパンの『トルティーヤ』、アボカドをメインにしたサルサの『ワカモレ』、トマトと唐辛子の『サルサ・メヒカーナ』、豚肉を蒸した『バルバコア』だ。

 バルバコアをトルティーヤで包みサルサをかけていただく。


 一同はメル子の手作り料理を堪能した。ピリ辛な味付けでぐんぐんと胃に入っていく。


「朱華ちゃん。鏡乃は学校ではどんな感じかな?」黒乃はトルティーヤを口一杯に頬張りながら聞いた。

「クロちゃん変なこと聞かないで!」


 朱華は顔を赤くしながら答えた。


「ミラちゃんは、あの、学校ではクールでかっこいいです」

「ブー!」紫乃が吹き出した。「鏡乃がクール!? どこが!?」

「クラスの子達はミラちゃん背が高くてかっこいいって。みんな言ってます」

「クラスでダントツで背が高いから!」


 鏡乃はふんぞり返って威張った。


「私もクラスで一番背が高かったよ」黒乃は威張った。

「私もクラスで一番背が高いです」黄乃も威張った。

「私もクラスで一番背が高いぞ」紫乃も威張った。

「背が高い以外いいところはないのですか!」



 ランチも終わりいよいよ今回の帰郷の目的であるお嫁さんイベントの時間がやってきた。


「シューちゃん」

「なに? ミラちゃん」

「実は鏡乃ね、結婚します」

「だれとね?」

「メル子と結婚します!」

「ミラちゃん、人間とロボットは結婚でけへんって言ったやん。忘れたの?」

「できなくてもします!」


 すると朱華の顔が曇った。


「待てい!」黒乃が割って入った。「私もメル子と結婚する!」

「私もメル子さんと結婚します!」黄乃も続いた。

「私もメル子と結婚するぞ!」紫乃も続いた。

「やはりやるのですね!? このイベント!」


 四姉妹は横一列に並ぶと右手を前に差し出した。メル子が四本の手の一つを選んで握る事で婚約成立となる!


「「さあ!」」


 ドドーン。部屋に謎の緊張感が漂い始めた。メル子は四人の前を歩き出した。右へ左へよく吟味をして相手を選ばなくてならない。朱華は呆気に取られてその様子をメル子の背後から見守った。

 メル子が足を止めた。


「決めました!」


 ドドーン。メル子は振り返ると朱華を抱き寄せた。


「私は朱華ちゃんのお嫁さんになります!」


 四姉妹は目を見開いて口を大きく開けて二人を見つめた。ぷるぷると震え汗がダラダラと流れ落ちる。


「どどどどどどどど、どうして!?」黒乃が叫んだ。「どうしてご主人様を選ばないの!?」

「メル子さん! なぜ私ではないのですか!?」

「メル子〜なんで〜」


 鏡乃はプルプルと震えている。


「何故ですと!? 理由は簡単ですよ!」

「ええ!?」

「黒ノ木四姉妹は全員私のおっぱいを好き勝手揉みました! 揉みしだきました! やりたい放題! セクハラの権化! おっぱい大権現だいごんげん!」

「おっぱい大権現!?」

「それに対して朱華ちゃんは一度も私のおっぱいを揉んでいません! 品行方正! 清廉潔白! 風林火山! 揉まざること山の如し!」


 メル子は朱華を抱きしめたまま歩き出した。部屋から出て行こうとする。


「あの……メル子? どちらへ?」

「このまま新婚旅行へ行きます! 私達幸せな家庭を築きます! さようなら!」


 姉妹達は何が起きているのか理解できずに微動だにせずそれを見送った。

 しかし鏡乃だけが動いた。


「だめー!」


 鏡乃はメル子と朱華の間に割って入った。二人を引き離すと朱華を抱き寄せた。


「シューちゃんは鏡乃がお嫁さんにするからー!」

「ミラちゃん!?」

「「!?」」


 鏡乃は平らな胸に朱華の頭を押し付けた。


「シューちゃんは〜鏡乃の最初のお友達だから。お嫁さんにするって決めてたんだもん〜。メル子にもあげないよ!」


 朱華の目からポロリと涙がこぼれ落ちた。鏡乃の白ティーがその雫で濡れた。


「ミラちゃん……」

「じゃあなんでメル子をお嫁さんにしようとしたの!?」


『人のものというのは必要以上に良く見えてしまうものなのだよ』


 突然部屋に謎の声が響き渡った。


『逆に自分のものの良さは忘れてしまいがちやねんな』

「この声は!?」

「どこなの!?」


 すると和室の押し入れがドカッと開き、中から一組の中年の男女が出てきた。


「全て見させてもらったよ」

「父ちゃん!?」

「鏡乃、朱華ちゃん。末長く幸せにな」

「母ちゃん!?」


 父黒太郎と母黒子であった。


「押し入れで何してたの!?」

「ふふふ、娘達の大事なイベントを見逃してたまるかね。鏡乃おめでとう」

「ずっと見てたで鏡乃。アンタイケメンやな! おめでとうな!」


 鏡乃は目を潤ませて両親を見つめた。

 

「父ちゃん母ちゃんありがとう」


 鏡乃と朱華は手を繋いで歩き始めた。黒乃はプルプルと震えながらそれを目で追った。


「あの……鏡乃? どちらへ?」

「新婚旅行に行ってきます。探さないでください」


 二人は手を繋いだまま黒ノ木邸を後にした。拍手で見送る両親。棒のように立ち尽くす白ティー三姉妹。満足そうにうなずく金髪メイドロボ。


 こうしてお嫁さんイベントは幕を閉じたのであった。

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