第123話 帰郷します! その四
兵庫県尼崎市。その工業地帯の住宅地に住む黒ノ木家。メル子は和室のコタツで寛いでいた。窓から外を見ると正面の工場の煙突に夕日が吸い込まれていくのが見えた。
メル子の膝には四女
「昨日の今日だから疲れたみたいですね。よく寝ています」
「鏡乃だけずるい。私も膝枕する」
そう言うとサード
「ぎゃあ! どこから出てきますか!」
「こら、しーちゃん戻りなさい」
次女
「きーネエやめて〜」紫乃は足をバタバタと動かして抵抗した。
その時玄関の扉が開き人が入ってくる音が聞こえた。その音を聞くや否や、メル子は弾かれたように立ち上がった。その拍子に鏡乃の頭がゴツンと床に落ちた。
「お、父ちゃんと母ちゃん帰ってきたね」
「痛い〜なにするの〜」
廊下を歩き居間に入ってきたのは二人の中年の男女だ。
「父ちゃん、母ちゃん久しぶり〜」黒乃は両親と順番にハグをした。
「黒乃〜、また大きくなったか〜?」
「クロちゃん、ご飯食べすぎてない?」
他の姉妹もわらわらと集まってきた。
「父ちゃん母ちゃんお疲れ様」
「おかえりおかえり」
「お土産は〜?」
メル子がおずおずと進み出てきた。すると男性がメル子に気が付き向き直った。
「君がメル子さんだね」
「はい! 黒乃様のメイドロボのメル子です!」
メル子はメイド服の裾を両手でつまみ膝をちょいと曲げて渾身のカーテシーを炸裂させた。
「可愛い!」「可愛い!」「可愛い!」
すらりと背が高い丸メガネの男性は片手を胸に、片手を横に伸ばしてボウ・アンド・スクレープを炸裂させた。長めの黒髪は後ろに綺麗に撫でつけられ、口髭はしっかりと刈り込まれ整えられている。もちろん白ティーだ。
「どうも。黒乃の父の
「父ちゃんかっこいい!」
「父ちゃんイケメン!」
「父ちゃんお土産!」
「どこかのお貴族様なのですか!?」
するとすらりと背が高い女性がメル子に突進して勢いよく抱きしめた。
「父ちゃん見てやこれ! クロちゃんがこんなめんこい子を連れてきたよ! めんこいわ〜ほんまめんこい。クロちゃんでかしたやん!」
白ティー丸メガネ黒髪おさげの女性はメル子の頭をこれでもかと激しく撫で回した。
「うちが黒乃の母の
「母ちゃん触りすぎ!」
「母ちゃんセクハラ!」
「母ちゃんお土産は?」
「大阪のおばちゃんっぽいです!」
しこたま頭を撫で回されたメル子はふらふらと床に座り込んだ。黒子は腕まくりをしてキッチンへと引っ込んでいった。夕食の準備をするようだ。
黒太郎は居間の棚からワイングラスを取り出すとソファに座りミネラルウォーターを注いだ。グラスをくゆらせ一口含む。手にはクルミが二個収まっておりコロコロと転がしている。
「折角遠いところまで来たんだ。ゆっくりしていきなさい」
「はい! そういたします!」
「そうだ、鏡乃」
「なあに父ちゃん」
黒太郎は黒い四角い箱を鏡乃に差し出した。
「お土産だよ。開けてごらん」
「なになに!?」
鏡乃は大喜びで箱を開けた。すると中から出てきたのは丸メガネであった。
「わあ! これ最新モデルの『Kuronoki Eeagle Eye』だ! 貰っていいの!?」
「ハハハ、黄乃に叩き割られたって聞いてね」
「割ってません!」黄乃はすかさず抗議をした。
「父ちゃんありがとう!」鏡乃は黒太郎に抱きついた。
「鏡乃だけずるい〜」紫乃は不平を伝えた。
黒太郎はメル子に向けてグラスを傾けた。「メル子さんも丸メガネはいかがかな?」
「いえ! 結構です! ズーム機能を搭載していますので!」
「ハハハ、一本取られたね」
黄乃は母の料理の手伝いにキッチンに向かった。鏡乃は黒太郎にまとわりついている。紫乃はコタツの中でデバイスを使ってゲームをしているようだ。黒乃はコタツで仰向けになって寝始めた。
する事がなくなってしまったメル子は戸惑った。ボロアパートの小汚い部屋にいる時は自分が全てを取り仕切っていた。掃除をして洗濯をして炊事をする。メイドロボとして当然の務めだ。しかし今自分は客として黒ノ木家にお邪魔をしている。出しゃばって手伝うのは無礼だろうか。
すると黒乃が目を閉じたまま口を開いた。「メル子。暇なら夕飯の準備手伝っときー」
メル子は目を輝かせて返事をした。「はい!」
日もすっかり落ち尼崎の工場からも灯りが消えた頃、黒ノ木家では
「やだもー、メルちゃんが手伝ってくれるからオバチャンほんま助かったで。さすがメイドロボやわ〜」
「いえいえ、そんな事は」
本日のメニューは白飯、味噌汁、ほうれん草のおひたし、てっさ(フグの刺身)、串カツ、コロッケ鍋である。居間にテーブルを設置してずらりと料理が並べられた。
「ウヒョー! ご馳走だ!」紫乃はよだれを垂らしながら料理を見渡した。
「串カツは私が作りましたよ!」メル子はソースが入った缶を机に置いた。
全員がテーブルに着き、飲み物が行き渡ったタイミングで黒太郎が宴の開始を告げた。
「丸メガネとメル子さんに乾杯」
「「乾杯!」」
四姉妹はガツガツと料理を貪り始めた。
「久しぶりの母ちゃんの料理、最高〜」
「クロちゃん、アンタもうちょい実家に帰ってきーな」
「いやー仕事が忙しくてね」
「母ちゃん、クロちゃんね、今無職なんだって」
「黒乃、どういう事かね」
「黒ネエ無職なの〜?」
「無職じゃなくてフリーランスと言ってちょうだい」
「クロちゃん、アンタフリーざんすになったざんす?」
「きーネエ、コロッケ鍋とって〜」
「私の揚げた串カツもどうぞ!」
「父ちゃん、鏡乃ね、メル子と結婚する事にしたから」
「鏡乃、どういう事かね」
「てっさも食べてーな。毒が入ってるかもしれへんけどな。ぷぷぷ」
「あ、いただきます」
「しーちゃん! なんでほうれん草食べないの!」
「苦いから」
「メル子ォオ!」
「わあ! 何ですか!?」
「今ソースを二度漬けしたでしょおおおお!」
「いえ、三度目ですけど」
「メル子くん、どういう事かね」
「メル子ォオ!」
「何ですか!?」
「しっかり食べなよおおお!」
「食べていますよ!」
大騒ぎのうちに宴は終了した。
緑茶を飲みながらしばらく落ち着いていると風呂が沸いた。誰がメル子と一緒に入るか揉めたが、結局ジャンケンで紫乃が勝利をもぎ取った。
「ぐほほ、パラダイスじゃ〜」
風呂から上がると今度は二階の部屋でゲーム大会が始まった。大いに盛り上がり鏡乃は朝までゲームをすると言い張ったが日付が回る前に寝てしまった。黒乃が鏡乃を抱き上げてベッドに寝かせた。
二階には部屋が二つあり、片方は黒乃と黄乃の部屋、片方は紫乃と鏡乃の部屋だ。黒乃は家を出た為、黄乃は一人で部屋を使っている。折角だから今日は一つの部屋でみんなで寝ようという事になった。ベッドは二つしかないので二組に分かれて寝るしかない。
再びジャンケンで誰がメル子と寝るのかを決定した。
「それじゃあ、みんなお休み」
「お休みなさい」
「お休み〜」
「お休みなさいませ」
黒乃が電気を消すと部屋の反対側のベッドからすぐに寝息が聞こえてきた。
黒乃は隣に寝ているメル子を見た。
「今日はホームシックにならないかな?」
「なるわけがないですよ。いくつだと思っていますか」
メル子は天井を見上げた。静寂が耳を刺す。
「これがご主人様の家族なのですね」
「うん」
「お父様はとてもダンディでした。ご主人様に似ています」
「でしょ」
「お母様は世話好きなオカンって感じでした。大阪っぽいです」
「大阪生まれだからね」
メル子も体を横に傾けて黒乃を見た。暗闇の中で目が合う。
「皆さん大好きになりました」
「みんなもメル子の事が大好きだよ。もう家族だからね」
「はい」
二人は身を寄せ合って眠りについた。メル子は小さい頃の夢を見た。幼い四姉妹と幼いメル子が庭で遊んでいる夢だ。
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