第122話 帰郷します! その三

 兵庫県尼崎あまがさき市。大阪市に隣接するベッドタウンであり、工場が林立する工業都市でもある。

 南側は大阪湾に面しており市全体を通して海抜が低い。尼崎市の最高峰はなんと標高十三メートル。坂が無い町としても有名だ。

 そんな町を黒乃とメル子と鏡乃みらのは歩いていた。


「うわ〜懐かしい。何年かぶりの我が故郷よ」


 市街地を外れ工場地帯を進んでいく。白い煙が立ち上る煙突。行き交う大型トラック。洗濯物が大量に干されたままの小汚い家屋。どれもメル子の目には馴染みがないものばかりだ。


「ご主人様! 何か、怖いです! ここは世紀末ですか!?」

「怖い? 不思議な事いうメイドロボちゃんだな。温かみのある町じゃないか」

「メル子〜怖いなら手を握っててあげようか?」


 鏡乃が腰を屈めてメル子の顔を覗き込んだ。メル子は顔を横に振って否定をした。


「何を言っていますか! 怖くなんてないですよ! 誰がそんな事を言いましたか。でも鏡乃ちゃんが迷子になるといけないのでお姉さんが手を握っていてあげますよ!」


 鏡乃の手を握ると足を早めて歩き出した。反対の手に持ったスーツケースが地面を転がる音は工場の騒音で掻き消された。


 程なくすると住宅が密集した一角に辿り着いた。なんの変哲もない古めの二階建て家屋。それなりの大きさ。それなりの広さの庭。


「ここがご主人様の実家……」


 メル子は門の前に立ちそれを見上げた。子供の頃の黒乃に思いを馳せた。白ティー丸メガネ黒髪おさげの少女。どのような子だったのだろうか。

 その時扉がバタンと開き、中から白ティー丸メガネ黒髪おさげの少女が飛び出てきた。


「みーちゃん!」


 黒ノ木四姉妹次女の黄乃きのだ。勢いよく鏡乃を抱きしめた。


「きーちゃん……」鏡乃は平らな胸に抱かれながら震えた。

「きーちゃん、ごめんね。丸メガネ叩き割らないで」

「換えはいくらでもあるから」


 遅れて白ティー丸メガネ黒髪おさげの少女が扉からのっそりと出てきた。


「お〜、黒ネエおかえり。メル子久しぶり〜」


 黒ノ木四姉妹サードの紫乃しのだ。紫乃は鏡乃の頭を軽く撫でるとメル子に向き直った。


「メル子〜。約束通り来てくれたんだね」

「紫乃ちゃん! お久しぶりです!」


 こうして黒ノ木四姉妹が実家に勢ぞろいした。

 長女黒乃くろの。白ティー丸メガネ黒髪おさげ。無職。

 次女黄乃きの。白ティー丸メガネ黒髪おさげ。高校生。

 サード紫乃しの。白ティー丸メガネ黒髪おさげ。高校生。

 四女鏡乃みらの。白ティー丸メガネ黒髪おさげ。中学生。

 黒乃を筆頭に全員背が高くスタイルがいい。もちろん全員貧乳もたざるものだ。ずらりと並ぶと壮観である。


「さあ! メル子さん。我が家へようこそ。入って入って」次女黄乃に背中を押されて玄関に入った。

「お邪魔します。今おっぱいを触りましたね?」


 メル子は玄関に入ると不思議な感覚に襲われた。初めてなのに懐かしさを感じる。


「なんでしょう。ボロアパートの小汚い部屋と同じ匂いがします」

「さあさあ、早く」サード紫乃が靴を脱いだメル子の腕を掴んで引っ張り上げる。

「待ってください、靴を揃えないと。やっぱりおっぱいを触っていますよね!?」


 玄関を上がるとすぐ目の前には階段。奥へ伸びている廊下の突き当たりにはキッチンが見える。その手前の部屋は居間と和室だ。二つの部屋は引戸によって仕切られているが今は開けられている。

 メル子は居間のソファに座った。黒乃、紫乃、鏡乃はテーブルを挟んで床に座った。


「お部屋綺麗にしていますね」メル子は部屋を見渡した。和室の方に目を向けるとコタツが据えられている。


「きーネエが綺麗好きだから」紫乃がテーブルの上の煎餅せんべいを齧りながら言った。

「私がしーちゃんとみーちゃんの分も掃除してるんですからね」


 黄乃がお盆に湯呑みを乗せてやってきた。メル子に日本茶を振る舞った。


「あれ〜? 今日休みなのに父ちゃんと母ちゃんいないの?」黒乃はお茶を飲みながら聞いた。

「工場にいるよ、黒ネエ。年末も近いから休みなしだよ」ふぅとため息をついて黄乃も床に座った。


「ご両親は工場で働いているのですか。お休みの日に大変ですね」

「うん。働いているというか工場を経営しているんだな」

「え!? なんの工場なのですか?」


 黒乃は自分の丸メガネを外すとメル子に手渡した。


「この丸メガネがどうしたのですか?」

「フレームのところよく見てみて」


 フレームのつるの内側を見るとロゴが刻印されていた。


「なんです? 『クロノキメガネ』? え!? もしかしてメガネを作っている工場ですか!?」

「せいかーい!」鏡乃が大喜びで人差し指を天井に突き出した。

「ぐふふ、うちの工場で作った丸メガネは日本の丸メガネ市場のシェア九十パーセントを占有しているのだ」紫乃が自慢げに語った。


 メル子はあんぐりと口を開けて目の前の四つの丸メガネを順に見渡した。


「丸メガネ市場という言葉を初めて聞きました……」

「年末は丸メガネの書き入れ時だからね」

「丸メガネにも旬があるのですね……」


 メル子は四姉妹からクロノキメガネの凄さをたっぷり一時間は聞かされた。時計を見るといつの間にか正午を回っている。


「きーちゃん、お腹減ったよ〜」鏡乃がお腹をさすって黄乃に訴えた。

「朝うどん二杯も食べたのにな〜。さすが育ち盛り」


 黄乃は言われて立ち上がった。「じゃあタコパしますか」

「タコスパーティですか!?」

「たこ焼きパーティね」

「さすが関西のおうちです!」


 黄乃はキッチンへ引っ込むと材料の準備を始めた。紫乃はキッチンからたこ焼きプレートを引っ張り出すと和室のコタツの上に乗せた。


「メル子、こっちおいで」紫乃に招かれてメル子はコタツへ入った。

「コタツは初めてです。温かいです」


 メル子の左手に黒乃、右手に紫乃、メル子と同じ辺に鏡乃が座った。

 しばらくすると黄乃が大量の素材を持って現れた。ボールの中にはトロトロの生地、皿にはタコやネギなどの具材が並べられている。


「タコパ楽しそうです!」

「むふふふ、私が焼いてあげるから待っててね」紫乃がたこ焼きプレートに生地を流し込んだ。


 黄乃もコタツに入ると今回の本題を切り出した。「んで、みーちゃん」

「なに? きーちゃん」

「どうして家出なんてしたの?」


 和室に緊張が走った。鏡乃は青ざめて顔を伏せた。話は事前に黒乃から伝えられてはいる。


「メル子を迎えに行ったんだよ」

「どうして?」

「鏡乃のお嫁さんにする為に……」


 黄乃は息を漏らすと腕を組んではっきりと言った。


「メル子さんは黒ネエのメイドロボでしょ。お嫁さんにはならないよ」

「だって〜」

「だってなんです?」


 黒乃とメル子と紫乃はその様子を冷や汗を流しながら見守った。


「友達にメイドロボと結婚するって言っちゃったんだもん」

「だもんじゃないでしょ」

「今日連れてくるって言っちゃったんだもん!」


 黒乃は慌てて間に入った。


「まあまあ。結婚するかどうかはともかく、連れてくるくらいはいいかなって思ったんだよ」

「そうですよ! 私もご主人様の実家に来たかったですし」


 ジューという生地が焼ける音と匂いが五人の鼻をくすぐった。紫乃はすかさず二本のピックを使いたこ焼きをひっくり返し始めた。


「それでメル子を友達に合わせてさ。メル子がどっちを旦那にするか決めてもらおうっていうね、そういうイベントだよ。折角帰って来たんだから楽しくいこうよ」


 黄乃は腕を解いて机に手のひらを乗せた。


「わかりました。そういう事なら私もそれに乗りましょう」

「乗るとは?」

「私もメル子さんの旦那候補になります!」黄乃は机を両手でバシンと叩いた。

「ええ!?」メル子は度肝を抜かれた。


 ピックを目まぐるしく動かしながら紫乃も続いた。


「ずるい! きーネエがやるなら私もやる〜。メル子をお嫁さんにするぞ〜」

「ええ!?」


 こうして黒ノ木四姉妹によるお嫁さん争奪戦が幕を開けたのだった。


「なんでそうなるの〜? メル子は鏡乃のものなのに〜」

「なんですか、この展開は!?」メル子は呆気に取られて口をぱくぱくと動かした。


 鏡乃の話では友達は明日黒ノ木邸にやってくるらしい。それまでにメル子の点数を稼がなくてはならない。先手を打ったのは紫乃だ。


「メル子焼けたよ〜。私のお嫁さんになると毎日美味しいたこ焼きが食べられるよ〜」


 ピックを素早くたこ焼きに突き刺し皿に盛った。それをメル子に差し出した。


「美味しそうです! お店で売っているたこ焼きみたいです!」

「相変わらず紫乃は焼くのうまいな」黒乃も満足げに皿を受け取った。

「あれ? でもソースも鰹節も乗っていませんが。本場はこうなのですか?」

「メル子。最初はプレーンで食べてみ」


 言われるままに丸々としたたこ焼きを串で刺して頬張る。


「ホフホフ! あちゅい! 美味しいです! フワッとしていてトロッとしていて、お出汁の味をしっかりと感じます!」


 黒乃もたこ焼きを頬張った。「やっぱ紫乃の焼きは尼崎一だな」

「私のお出汁も、でしょ?」黄乃が付け加えた。


「それにしてもソースもマヨも無しなのに味がしっかりしていますね。生地が違うのでしょうか」

「そう。そこが大阪風と東京風の違いだね」


 大阪の生地は出汁を多めに入れているのでシャバシャバとしている。その分出汁が効いた味の濃い仕上がりになるのだ。店によってはソースもマヨもかけない『塩たこ焼き』があるくらいなのだ。

 焼きにも大阪と東京では差がある。東京では油を多めに使い『焼く』というより『揚げる』ようにして火を通す。そのため生地の表面はカリッとした食感になる。

 逆に大阪では柔らかく焼き上げる。フワッとした生地を噛むと中からトロッとした生地が溢れてくる状態がベストである。生地が柔らかい状態で提供されるので時間が経つと形が崩れやすい。大阪のたこ焼きは焼きたてをその場で楽しむものなのだ。


 メル子達がたこ焼きを楽しんでいるその間にも紫乃はひたすら焼き続けていた。


「ふうふう、焼けた。紫乃特製のびっくりたこ焼き」

「びっくりたこ焼き? なんですかそれは?」


 ピックでスタタタタとたこ焼きを突き刺すとメル子の皿に盛った。


「それは〜食べてのお楽しみだ〜」

「メル子、食べさせてあげるよ」隣の鏡乃が串に刺してメル子の口の前に差し出した。メル子はそれをパクリと頬張った。


「モグモグ、これはチーズが入っていますね? ん? トマトも入っています。イタリアンたこ焼きですか! 美味しいです!」


 黒乃も串に刺したたこ焼きを差し出した。「こっちはどうかな」

「モグモグ、これは? イカです! いやエビもタコも入っています! 海鮮たこ焼きですね!」


 黄乃もコタツの反対側から串を差し出した。「メル子さん、これも食べてみてね」

「モグモグ、酸味がありますね……ブー!」


 メル子は頬張ったたこ焼きを勢いよく吹き出した。そのたこ焼きは向かいにいる黄乃の口にスポッと収まった。


「ぐええええ! 辛いです! なんですかこれは! ぐええええ!」

「辛い! しーちゃんなにこれ!?」


 メル子と黄乃は悶絶した。


「ぷぷぷ。ハバネロたこ焼き。大当たり」

「なんでおもてなしで罰ゲームを受けないといけないのですか!」


 地獄のたこ焼きパーティは大いに盛り上がった。

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