第117話 無職です! その一

 冬の青空がこれでもかと精一杯の温かさでご主人様とメイドロボを照らした。枯葉がカサカサと地面を転がり黒乃むしょくの足に当たると動きを止めた。その乾いた葉はまもなく訪れる氷の季節を如実に表現していた。

 二人は隅田公園のテーブルに向かい合って座っていた。黒乃むしょくは虚ろな目で空を眺め、メル子は厳しい目で黒乃むしょくを見つめた。


「ではご主人様、無職会議を始めたいと思います」

「ええ? ああ、うん」


 テーブルのすぐ横で幼児がゴム製のボールを追いかけて遊んでいる。母親がボールを転がし、幼児がそれを追いかけ母親の元に持っていく。母親はそれを受け取ると幼児の頭を撫でた。

 黒乃はそれを目を細めて眺めた。


「いいなあ、子供は。ボールを行ったり来たりさせるだけで褒めてもらえるんだから」

「子供に憧れてどうしますか。我々は大人なのですから、しっかりと現実と向き合いましょう」

「うーん」


 黒乃はテーブルに突っ伏すと顔を横に向けて空を仰いだ。


「まず最初にお聞きします。無職になってどう思いましたか?」

「うーん、空」

「そら?」

「空ってこんなに青かったんだなって」

「はあ」

「今まで忙しくて空を眺める事も忘れてたよ。とっても綺麗……」


 黒乃は現在『無職アンチェイン』である。

 先日黒乃の会社で開発したロボハザード9で事件が起きた。ゲーム内のキャラクターであるマッチョメイドがクーデターを起こしたのだ。彼女はプレイヤーデータを人質にしてゾンボ共和国の設立を画策。その対応の為、黒乃達はゲーム内に侵入をした。しかし作戦はあえなく失敗。その結果プレイヤーデータは消失し、ロボハザード9は多額の損失を出してサービスを停止してしまったのだった。

 黒乃はその責任を取らされ辞表を提出。見事無職となったのだった。二十二世紀の社会にもはや終身雇用の概念は無く、誰でも一夜にして職を失う時代だ。その分各種社会保障は充実している。


「いやー、しかしほんと良かったよ。メル子がいてくれてさ」

「はあ」

「メル子の店が無かったら生活すらできなくなるところだったもんね」


 メル子は浅草仲見世通りで南米料理の出店を運営している。メイドロボ購入のローンを抱える黒乃にとってその売り上げは大いに助けとなっていたのだ。

 とはいえその店もフルタイムで稼働しているものではなく、あくまで黒乃の収入の一部を支えるものに過ぎない。


「確かに現在、私のお店の売り上げとご主人様の失業保険でなんとか生きてはいられます。しかしとても余裕のある生活とはいえない状況です」

「じゃあメル子のお店の稼働時間を増やそうか」


 黒乃は虚空を眺めながら呟いた。指で木製のテーブルの節をなぞる。


「それではメイドロボのヒモではないですか。もはやご主人様ではなくてご主人紐ですよ」

「ご主人紐!?」

「ご主人紐は次のお仕事について何か考えてはいるのですか?」

「う、うーん……」


 すると隣で遊んでいた幼児が黒乃を指で差した。


「ママー、この人無職なの?」

「なぬ!?」黒乃は仰天した。

「ロボマッポ呼んでいい?」


 母親が慌てて駆け寄り幼児を抱き上げるとペコペコと頭を下げながら走って逃げていった。黒乃はあんぐりと口を開けて親子を眺めた。


「無職って犯罪者なの!?」

「まあまあ、子供の言うことですから。そもそもご主人紐はなぜゲーム制作のお仕事を始めたのですか?」

「ご主人紐っていうのやめて!?」


 黒乃はテーブルに両肘をつくと顔の前で手を組んだ。これまでの人生を思い返しその理由を探る。


「私の人生、ほぼほぼメイドロボだったからな……。メイドロボを買う為にひたすら働く人生」

「何か部活とかそういうのはやっていなかったのですか?」

「うーん、小学校の頃はバレーボール部、中学でバスケットボール部、高校の頃は帰宅部かな」

「あれ? 意外と陰キャっぽくないですね」

「だって小中は必ず部活に所属しないといけないルールなんだもん。何故か運動部に引っ張り込まれたよ」

「背が高いからですね」

「そのせいか女の子からは結構モテた」


 メル子はケタケタと笑った。「ご冗談を!」

「といってもたいして上手くなかったし、熱心でもなかったし、帰ったらずっと妹達とゲームやってたな」

「妹さん達……」


 メル子はゲームで遊ぶ四姉妹を想像した。コントローラーを握り横に一列に並ぶ四姉妹。白ティー丸メガネ黒髪おさげの四姉妹。想像するだけで自然と笑いが込み上げてくる。


「結局妹達とゲームで遊ぶのが一番楽しかったんだよね。高校からはひたすらバイトしてたから遊べなくなっちゃったけど」

「だからゲーム制作会社に入ったのですか?」

「うん。メイドロボとゲームしか好きなもの無かったし、メイドロボ関連のお仕事なんて工学系の大学出ないと無理だし。だからゲームを選んだよ」

「ほえ〜」


 黒乃は少し元気が出てきたようだ。


「でもよくゲーム会社に入れましたね。高卒なのに」

「うん。ゲーム一本作って持っていったからね」

「高卒なのに作った!?」

「いや高卒でも作れるよ。てかメル子も高卒でしょが」


 メル子はAI高校メイド科卒である。

 黒乃はゲームエンジンを利用してゲーム制作をしたのだ。ゲームエンジンとはゲーム制作に必要なあらゆる機能を一つのツールにパッケージングしたものである。複雑な描画処理やゲームのエディット、サウンド機能などを専門の知識無しに使えるように工夫がされている。ちょっとしたゲームであれば初心者でも数日で作成する事が可能だ。

 代表的なゲームエンジンに『ロボリアルエンジン』や『ロボティ』などがある。一定条件内であれば無料でこれらのゲームエンジンを利用してゲームをリリースする事ができる。

 

「持っていったゲームが結構評判良くてさ。そんですぐ浅草に来てくれって。どんなゲームでもしっかり一本作り上げるってのが大事なんだよね」

「どのようなゲームを作ったのですか!?」


 メル子は興味津々で聞いた。


「画面を埋め尽くすように迫り来るメイドロボをチューして倒すゲームだね」

「クソゲー臭がすごいです……」

「パワーアップアイテムを取ると一定時間チューがベロチューに進化してメイドロボを味方にする事ができるんだよ。でもメイドロボの中にロボマッポが紛れていてロボマッポとベロチューすると逮捕されてゲームオーバーになる」

「ちょっと何を言っているのかわかりませんね」


 黒乃は楽しそうに自作ゲームを語った。学生時代、何も考えずに勢いだけで夢中になって作ったゲーム。クソゲー以外のなにものでもないがそれで充分なのだ。


「あ〜思い出す。妹達とゲームで遊んだ日々を」


 黒乃の目からポロリと涙が溢れた。それを見たメル子は慌てて黒乃の隣に座り、ハンカチで涙を拭った。


「メル子とお嬢様たちが一緒にゲームで遊んでいるのを見てよく昔を思い出してたよ。みんな妹みたいなものだから」

「ご主人様……」


 メル子は黒乃の背中をしばらくさするとそのうち落ち着いてきた。


「私……ご主人様が作るゲーム好きですよ。ロボハザードも面白かったですし。マリーちゃんとアン子さんとゲームで遊ぶのも大好きです。また皆でわいわいしたいなと思っています」

「メル子……」


 黒乃は椅子から立ち上がり両腕を上に掲げて大きく伸びをした。首に手をやりコキコキと頭を動かす。


「そうだね。結局ご主人様はこれしかできないからなあ。もうちょいこの業界で頑張ってみるかな」

「はい! 私もお手伝いしますよ!」


 メル子も立ち上がり黒乃の正面に立った。両の拳を握り締め意気込みを示した。


「でも、もう会社をクビにされるのはこりごりだから会社員は嫌かな」

「はあ。ではどうやってゲームを作るのですか?」

「うん、だから自分の会社を作る」

「ええ!?」

「マッチョメイドがゾンボ共和国を作ろうとしたように、ご主人様も自分の王国を作る! ゲームスタジオクロノスの立ち上げだ!」


 突然突風が吹き黒乃の足元の枯葉を舞い上げた。それは螺旋を描き空高く吸い上げられていく。

 メル子は握り締めた拳をぷるぷるさせて立ち尽くすしかなかった。

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