第115話 マッチョメイドに花束を その二

 切り餅(黒乃)、マッチョポリス(メル子)、金髪クノイチ(マリー)、金髪女スパイ(アンテロッテ)の四人は夜のロボーンシティを進んでいた。

 周囲にはちらほらとゾンボ(ゾンビロボット)が見られるが、巧みにそれをかわし目的地を目指す。


「では今一度作戦のおさらいをしておくから」切り餅が歩きながら作戦の説明を始めた。その四角く真っ白い背中には大量の刺股さすまたを背負っている。

「お願いします!」


 今回の作戦の目的はマッチョメイドと和解をして業務に戻ってもらう事だ。マッチョメイドは元々ロボハザード9のキャラクターだったのだが、新シナリオ導入時に知力のパラメータをマックスに変更したところ謎の覚醒を果たしてしまったのだ。

 自我を持ったマッチョメイドはサーバ内に存在するロボーンシティの教会に立て篭もり、ある要求を突きつけた。それは『刺股百本』と『ゾンボの人権』だ。

 マッチョメイドは覚醒時にサーバ内にあるプレイヤーデータを暗号化してしまった。重要なデータである為、それを失ってしまえば莫大な損失が発生してしまう。何としても暗号化を解除しなければならない。


「取り敢えず我々はマッチョメイドと実際に会って話をしようと思う。マッチョメイドが何をしたいのか不明だし、話し合えば平和的に解決できるかもしれない」


 切り餅が手を横に掲げた。四人は素早く物陰に隠れてゾンボの集団をやり過ごした。


「平和的に解決できなかった時はどうするんですの?」金髪クノイチが聞いた。

「その場合はしょうがない。マッチョメイドと戦うしかない」


 マッチョポリスが反論した。「そんなのマッチョメイドが可哀想です! それに倒してしまったら暗号化が解除できなくなるのではないですか?」

「ふむ、なのでこれを使う」


 切り餅は手に持ったごんぶと注射器を見せた。


「それはなんですの?」女スパイが注射器を手に取りまじまじと見つめた。

「これマッスル薬」

「マッスル薬!?」

「一時的に筋力を最大にする代わりに知力を最低まで落とす薬ね。元々マッチョメイドの筋力はマックスになってるから、この薬を使えば単純に知力が下がる。そしたらクーデターなんて諦めるでしょ。それから暗号鍵を聞き出せばいいんだよ」


「ここですわ!」女スパイがスパイレーダーを見ながらガソリンスタンドを指差した。このガソリンスタンドから下水路へと入る。


「教会の周りはゾンボの集団が取り囲んでるから地下から直接教会へ侵入する!」


 四人はマンホールの蓋を開けると梯子を下った。切り餅が穴の縁に引っかかって入れなかった為、角を少し削り落とす羽目になった。ライトで照らしながら下水路を進んでいく。足元にはネズミロボが走り回り不気味さを演出している。


「匂います。何かが発酵したような匂いです」マッチョポリスが先頭に立ちゾンボの襲撃に備える。


 その頃プランナールームでは開発メンバー達がおやつのブルーチーズを齧っていた。


「ハァハァ、暗いです。臭いです。皆さん! ちゃんとついてきていますか!?」

「いるよ」

「いますわよ」


 マッチョポリスは汗だくになりながら下水路を進んでいく。


「ハァハァ、暑いです。暑いし、暗いし、臭いし、なんですかここは! 皆さんいますよね!?」


 その頃開発メンバー達は丁度お昼時だった為、メル子達の横で焼肉パーティを始めていた。ガスコンロの上に鉄板を乗せカルビを焼き始めた。


「肉の焼ける匂いがします! 何ですかこれは!? 敵が近いのかもしれません! 気をつけてください! ぎゃあ!」


 突然マッチョポリスの姿が水中へと消えた。巨大な何かの影が水面に映った。一瞬その体の一部が顔を出した。光沢のある鱗に覆われた巨大な尻尾だ。下水道に住む巨大ワニ、ロボゲーターである。


「マッチョポリス!」

「ガボガボガボ! 助けて! ロボゲーターに足を噛まれています!」


 マッチョポリスは怪力を活かしてロボゲーターの鼻を殴りつけた。たまらずマッチョポリスを放り出すと再び水中に潜った。


「気をつけてくださいまし! スパイレーダーに敵の反応がありますわー!」

「とっくに襲われています! 何ですかその役に立たない情報は!」


 すると四人の背後の水中からロボゲーターが襲いかかってきた。


「そこですわー!」クノイチが飛び上がりクナイを投げつける。硬い鱗の隙間に突き刺さると爆発を起こした。鱗が吹き飛び、焼けた破片がマッチョポリスの肌を焦がす。

 鉄板の上で焼かれたカルビの脂が弾けてメル子の肌に飛び散った。


「アチチチチ! アツイです! こんな至近距離で爆弾を使わないでください!」

「ごめんあそばせー!」


 なんとかロボゲーターを撃破した一行はスパイレーダーを頼りに教会の真下までたどり着いた。


「ここだな。クノイチ、様子を見てきてくれ」

「お任せですわー!」


 クノイチは梯子を登ると用心深くマンホールを持ち上げた。隙間から周囲を覗くと教会の敷地内の中庭である事がわかった。周囲にゾンボの気配は無い。

 隠密スキルを活かして素早く地上に上がると建物の裏口まで来た。その扉をピッキングスキルを使い開けた。中の様子を窺い、誰もいない事を確認すると三人を呼び寄せた。


 教会の内部は三階の吹き抜け構造になっている。手前にチャーチチェアがずらりと並べられているが、そのうちのいくつかは無惨に破壊されている。奥には祭壇があり蝋燭に炎が灯っている。それはゾンボに制圧された地獄の中でなお神々しさを保っていた。

 四人がそろそろと祭壇に近づくと突然どこからともなく声が聞こえてきた。


『そこで、止まる。動くと、攻撃する』


 マッチョポリスは周囲を見渡した。人の姿は見えない。


「その声はマッチョメイド!? どこにいるのですか? 姿を見せてください!」

「知力マックスになってもマッスル語で喋るんかい」


 吹き抜けの二階の扉からゾンボが次々と現れた。ぐるりと一周して切り餅達を取り囲んだ。


『マッチョポリス、何しにきた。要求したもの、届けにきたか』


 切り餅は背中の刺股百本を掲げた。


「ほら! 刺股持ってきたよ。大好きな刺股だよ!」

「見てください! ゾンボの住民票も持ってきましたよ!」


『それを置いて、すぐ帰る。そしたらおで、ゾンボ共和国の、建国を宣言する』


「ゾンボ共和国!?」

「マッチョメイド! どういう事ですか!?」


 すると吹き抜けの二階部分、祭壇の上にマッチョメイドが姿を現した。黒いゴスロリメイド服の下で筋肉が脈動しているのがわかる。


「マッチョメイド! 話を聞いてください!」

「そうだよ、マッチョメイド。ゾンボ共和国なんてやめて業務に戻ろう! ゾンボを薙ぎ倒す勇ましい姿を見せてくれよ!」


 切り餅はマッチョメイドを説得した。しかしマッチョメイドはゆっくりとかぶりを振った。


「おで、もうゾンボ、倒さない」

「どうしてだい。ゾンボは敵じゃないか。もうゾンボになってしまったら元のロボットには戻れないんだよ。せめてぶっ倒してあげるのが彼らの為なんじゃないのかい」


 マッチョメイドは腕を横に振るった。


「違う! ゾンボ達、生きてる。倒すの、よくない!」

「ゾンボが生きてる?」


 マッチョメイドは切り餅達に背中を見せて語り出した。


「おで、知力が1の時は、何も考えずに、ゾンボ倒してた。毎日毎日、ゾンボ倒した。

 知力が99になった後も、ゾンボ倒した。毎日毎日、ゾンボ倒した。やっと気がついた。ほんとはゾンボ、戦いたくない。人間と仲良くなりたい。でも人間襲ってくる!

 知力99になって気がついた。ずっとゾンボ達、苦しんでいた。もう戦わせたくない。だからゾンボ共和国、作ることにした。ゾンボ共和国で、ゾンボ達、幸せに暮らす!」

 

 切り餅達はマッチョメイドの言葉にたじろいだ。その背中には悲しみが宿っている。倒されたゾンボ達の悲しみがマッチョメイドに宿っているかのように。


「マッチョメイド!」マッチョポリスは叫んだ。「マッチョメイド。気持ちはわかりました。ゾンボ達の悲しみも理解できます。でもゾンボ共和国は無理です! 別の方法を探しましょう!」

「マッチョポリス、それはできない。おで、やらなくてはならない」

「話を聞いてください!」マッチョポリスはなおも呼びかけた。「あと十分以内にプレイヤーデータを復元しないとここは爆撃されます! 教会ごとミサイルで木っ端微塵にされるのです! これ以上の被害の拡大を防ぐ為の最終処置です! そうすればあなたの命もありません! ここはどうか引き下がってください!」


 マッチョメイドは振り返り手すりを掴んだ。手すりがぐにゃりと曲がり、バキンと音を立てて千切れた。


「そうなってもいい。おでが倒したゾンボ達と一緒に、おでも死ぬ!」

「マッチョメイド! 何を言っているのですか!」


 切り餅がマッチョポリスを制した。「もう無理だ。時間が無い。戦ってマッチョメイドを倒すしかない!」

「そんな!」


 その言葉を皮切りに戦いが始まった。吹き抜けの手すりを乗り越えてゾンボ達が一斉に下へ降りてきた。巨大なロボヒガンテが教会の部屋を突き破って突入してきた。

 戦いは熾烈を極めた。クノイチは忍術を駆使して次々とゾンボを葬っていく。女スパイは罠を仕掛け一度に十体のゾンボを無力化した。切り餅はマシンガンを乱射してロボヒガンテを迎え撃った。持ち前の硬さを活かして守りを捨て攻撃に集中する。

 マッチョポリスはロボヒガンテに走り寄るとその拳を腹に炸裂させた。凄まじい衝撃を受けロボヒガンテは遥か彼方に吹っ飛んでいった。

 ほんの数分でゾンボはいなくなり、残すはマッチョメイドだけとなった。


「ハァハァ、さあもう諦めてください!」


 マッチョメイドは飛び上がると祭壇の前に着地をした。次の瞬間、四人は吹き飛ばされて壁に激突していた。


「なんですのー!?」

「動きが速すぎますわー!」


 切り餅はその硬さゆえ素早くダメージから回復し行動を起こした。背中の刺股を三人に投げて寄越したのだ。自身も刺股を構える。


「みんな! 刺股で一気にいくよ!」

「はいですのー!」


 女スパイが刺股を前に突き出し突進した。それをマッチョメイドは片手で受け止めた。背後からクノイチが襲いかかるも蹴りを受けて再び壁に叩きつけられてしまった。切り餅がその隙を狙い刺股でマッチョメイドの胴を挟み込んだ。しかし彼女の口から突然炎が吹き出した。真っ赤な炎に炙られて切り餅が焼き餅へと変化していく。


「アチィィィ! 誰か醤油と海苔を持ってきてぇぇぇぇ!」

「ご主人様ー!」


 硬い直方体がぷくーっと膨らみ、美味しそうに焼き上がっていく。


「みんな今だよ! 例のマッスル薬を!」

「わかりましたの!」


 クノイチはマッチョメイドの首筋にマッスル薬の針を突き立てた。マッチョメイドががっくりと膝をついた。


「おかしいですの!」女スパイがスパイスコープを覗き込みながら言った。「知力が98までしか下がっていませんの!」

「もう一本ですわー!」クノイチがさらにマッスル薬を突き刺した。しかし知力は95までしか下がらない。

「もっと刺して! もっともっと!」

「待ってください!」マッチョポリスが声をあげた。「これ以上刺したらもう二度と知力が戻らなくなってしまいますよ!」


 しかし他に方法は無い。次々とマッスル薬を突き刺し、とうとうマッチョメイドの知力が1まで下がった。マッチョメイドは仰向けにズズンと倒れた。


「マッチョメイドー!」マッチョポリスが走り寄った。その逞しい手で震える手を握りしめた。


「マッチョポリス、おで……」

「マッチョメイド、しっかりして!」

「おで、どうしてたたかってたのか、わからない。おで、なにかのためにたたかっていた。でも、わからない」

「それは……」

「おではいま、なにかのためにたたかっていた。それが、しあわせだった。まえはなんのためにたたかってたのか、かんがえることもしなかった。

 でもおでは、知力99になって、かんがえてたたかってた。でももうそれも、できない。

 知力が1にもどったら、もうかんがえてたたかえない、それが悲しい……」

「マッチョメイド……」マッチョポリスはマッチョメイドの手を更に強く握りしめた。

「あなたがわからなくなっても、私達は今日の事を覚えています。ずっと、ずっと忘れません。あなたの志はずっと私達の心の中にあります!」

「ありがとう……マッチョポリス……」


 こんがりと焼き上がり海苔を巻いた焼き餅がマッチョメイドの頭の横に跪いた。


「さあ、マッチョメイド。暗号化されたプレイヤーデータの暗号鍵を教えてくれ。そうすればミサイルは発射されず皆助かる。さあ言うんだ」


 マッチョメイドは最後の力を振り絞り答えた。


「おで、知力が1になったから、暗号鍵、わすれた、ほんとごめん」



 呆然と立ち尽くす一行の頭上でミサイルが炸裂した。爆発の衝撃で教会は吹っ飛び、画面に『ゲームオーバー』の文字が表示された。


 四人はVRゴーグルを外すとお互いの顔を見合わせた。開発メンバーを含め全員真っ青な顔でプルプルと震えていた。


 こうしてロボハザード9は多額の損失を出しサービス停止となってしまったのであった。

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