第114話 マッチョメイドに花束を その一

「ただいま」

「お帰りなさいませ、ご主人様」


 青ざめた顔で黒乃が仕事から帰宅した。荷物を床に置くとドカっと椅子に腰掛けた。背もたれに体重を預け大きく息を吐き出した。


「どうかされましたか?」

「ああ、うん。ちょっとね」


 メル子は紅茶を淹れると黒乃に差し出した。それを口に含み、もう一度大きく息を吐き出すとようやく切り出した。


「この前、メル子に手伝ってもらったロボハザードの新シナリオ発売したでしょ」

「はい。売り上げは結構良かったみたいですね」

「そうそう。賛否が激しかったんだけど話題にはなったからね。それで問題が起きてね」


 元々ロボハザード9にはマッチョメイドというメル子が作成したキャラクターがいた。新シナリオではそのマッチョメイドの設定を大幅に変更した為批判が起きたのだ。しかしその革新的な設定と内容が話題となり賛否が入り乱れる状態となった。


「そのマッチョメイドに何か問題が起きたのですか?」

「うん」


 黒乃は青い顔で窓の外を眺めながら言った。


「マッチョメイドがクーデターを起こした」

「ゲームの話ですよね!?」



 ——東京スカイツリー横のオフィス。

 翌日黒乃とメル子は朝一で出社した。プランナールームに開発主要メンバーが集まっている。プランナールームには固定のデスクは無く、皆それぞれが椅子を持ってモニターの前に集まった。部屋の壁には本がずらりと並び、多数のおもちゃで室内が彩られているが今日の空気はどんよりと重い。


「では皆さん。マッチョメイド対策会議を始めます」黒乃が立ち上がり挨拶をした。

「まず前提の知識として88話と89話をご覧ください」

「ご主人様……メタ発言はやめたほうが……」

「じゃあ説明頼む」


「現状を説明致します」プランナーが資料を皆に配った。

「資料にあります通り、マッチョメイドは現在ロボーンシティ内の教会に立て篭もっています」

 資料にはロボーンシティの地図と教会の場所が記されている。


「マッチョメイドの要求は?」シナリオライターの一人が聞いた。

刺股さすまたを百本とゾンボ(ゾンビロボット)の人権です」

「これゲームの話ですよね!?」


 ロボハザードはオンライン専用のゲームである為、ゲームの本体はネットワークのサーバ上にある。それぞれのゲームプレイヤーはこのサーバに接続して遊ぶことになる。そのサーバ上のマッチョメイドに異変が起きてしまったのだ。


 黒乃が補足をした。「元々マッチョメイドは知力が最低値だったんだけど、この前の新シナリオで知力をマックスに設定したらなんか覚醒しちゃったみたいね」

「じゃあサーバリセットをすればいいんじゃないの?」チーフプログラマーが提案を出した。

 プランナーが答える。「ところがマッチョメイドは脅威の知力99を活かしてサーバ上のプレイヤーデータを暗号化してしまいました。もしサーバをリセットすればそれらのデータは復元する事ができずに失われてしまいます。そのような事になれば裁判沙汰ですよ」


「結構な大事になっていますね……」メル子はあんぐりと口を開けて会議を見守った。


「でもおかしくないですか?」デザイナーが口を挟んだ。

「ゲームのAIって新ロボット法で容量が制限されているんですよね? これ自我を持っていませんか? そんな高性能なAIじゃないはずなのに」

「原因については調査中です。しかし一点サーバに不自然なアクセスログがありまして」

「不自然なアクセス?」

「はい、地球上からのアクセスではなく月からのアクセスがあったのです。これが何らかの影響を与えているのかは不明です」

「別に月でロボハザード遊んでる人もいるでしょ」

「いやー、ラグが酷くて無理じゃあないかな」


 黒乃は一旦話を打ち切った。「原因については調査を継続させるとして、目下やらなくてはならないのはマッチョメイドの要求に対する対処です」

「刺股だっけ? なんで百本も必要なの?」

「ゾンボの人権って何よ。ゲーム制作者にも人権よこせっての」

「新シナリオで刺股無くされたの怒ってるんじゃないの?」

「教会にミサイル打ち込みましょうよ。それが手っ取り早いでしょ」


 黒乃はパンパンと手を叩いて注目を集めた。「穏便に! あくまで穏便に事を運びたいのです! マッチョメイドには納得してもらって、それで元の業務に戻ってもらいたいのです」

「じゃあどうするの?」プログラマーが聞いた。

「ロボーンシティに忍び込みます。サーバを直接弄るとマッチョメイドにバレるので、普通のプレイヤーを装って忍び込むのです!」

「潜入作戦か!」


 黒乃は丸メガネを指でクイクイ動かした。光がレンズに反射をする。


「作戦は少数精鋭で行います。大規模な部隊を投入するとマッチョメイドに気が付かれるでしょう」

「誰が行くんです?」


 黒乃はニヤリと笑った。


「既にロボハザードの達人をお呼びしています。先生方、お入りください!」


 黒乃は部屋の入り口に向けて手を伸ばした。するとどこからともなく恐ろしい声が響いてきた。


 オーホホホホ……オーホホホホ……。


「ぎゃあ! 何ですかこの声は!?」


 バタンと扉が開き部屋に入り込んできたのは金髪縦ロールのお嬢様だった。


「オーホホホホ! お呼びくださり光栄ですわー!」


 その隣の扉がバタンと開き入り込んできたのは金髪縦ロールのメイドロボだった。


「オーホホホホ! ロボハザードはお任せですわー!」

「「オーホホホホ!」」

「なぜ別々の扉から入ってくるのですか。そこは被せてください」

「先生方、ようこそいらっしゃいました」黒乃は丁重に出迎えた。


 メル子は部屋を見渡した。「このお二人だけでいくのですか?」

「もちろん作戦を立案した私もいくよ。それとメル子もね」

「私もですか!? なぜ私が!?」

「だってマッチョメイドと話が通じそうだし」


 こうして潜入メンバーが決定した。四人は横に一列になって座り、VRゴーグルを装着した。四人の前にはモニターが設置されており、ゴーグルを着用していない者はそちらで状況を把握できる。


「結局いつもの四人ではないですか」

「じゃあいくよ!」

「はいですわー!」

「準備はよろしくてよー!」

「スタート!」


『ロボォオ ハザァードォ ナイィーン!』

「ぎゃあ!」


 ゲームが始まるとメル子は筋骨隆々のマッチョポリスになっていた。夜のロボーンシティのはずれにいるようだ。


「私はまたマッチョポリスですか」

「わたくしは金髪のクノイチですのよー!」

「わたくしは金髪の女スパイですわー!」


 お嬢様たちはそれぞれセクシーな衣装に身を包んだ女キャラになっていた。

 マッチョポリスは筋力を活かした格闘技、クノイチは隠密、女スパイはスパイグッズを使いこなして戦う。


「ご主人様はなんですか、そのキャラは……」


 黒乃は真っ白い四角い体で現れた。手足がその直方体から伸びており頭は無い。


「これね。新キャラの『切り餅』。防御力がめちゃ高い」

「そんなんで戦えますの?」


 三人はあんぐりとした顔で巨大な切り餅を見つめた。


「よし! 準備は整った! マッチョメイドが要求している刺股百本は私が背負う!」

「ゾンボの住民票は私が持ちました!」

「ロボーンシティの平和はわたくしが守りますわー!」

「さすがお嬢様ですわー!」


 四人はそれぞれ決めポーズを決めた!

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