第113話 聞き取り調査です!

「ただいま〜」

「お帰りなさいませ、ご主人様」


 夕方、黒乃が仕事から戻るとテーブルの上に茶封筒が一枚置かれていた。


「ん? 何これ?」

台東区たいとうくのロボ区役所からみたいですね」

「え!? なんか税金でも滞納してたっけ!?」

「この時期ですと恐らく聞き取り調査の書類かと」

「聞き取り調査!?」


 黒乃は封を切り封筒を逆さにすると一枚の紙切れがヒラヒラとテーブルに落ちた。その紙には確かに『定期聞き取り調査証』と書かれていた。


「なななななな、何を聞き取りするの!?」

「マスターとして相応しいかですね。ご主人様がメイドロボを購入する時も調査があったはずですよ」

「ああ、ああ、あったあった。ロボ区役所行ったわ」


 新ロボット法によりロボットを購入する際には役所による身辺調査、及び聞き取り調査が行われる事が定められている。聞き取り調査は購入後も定期的に行われる。


「なるほどなるほど。何かやらかしたかと思ってびっくりしたわ」

「何もやらかしていないのですから、堂々と行けばいいのですよ」

「そうだよね。やらかしてないんだからなんも問題はないわこれ!」


 黒乃は調査証に印字されているコードをデバイスでスキャンすると日時を予約した。


「よし、いっちょいったるか!」

「はい!」



 ——聞き取り調査当日の昼。

 黒乃とメル子は上野にいた。ボロアパートからは歩いてほんの二十分の距離である。


「台東ロボ区役所って上野駅のすぐ前にあるのですね」

「そうそう、まあ一回しか来た事ないんだけど」


 二人は建物を見上げた。地上十階、地下一階の地味な様式のそれなりに大きい役所だ。入り口にはひっきりなしに人々が出入りしている。

 受付で調査証を見せるとすぐに八階の部屋に案内された。


「えーと、ここか。801号室」

「私は802号室ですね」

「え!? 別々に聞き取りするの!?」

「まあ、普通はそうでしょう」


 黒乃はおろおろとした。


「メル子〜、一人で大丈夫〜?」

「子供ではないのですから平気ですよ。ご主人様こそちゃんとしてくださいよ」

「うん」


 二人はそれぞれの部屋に入った。


 ——801号室。


 部屋に入ると男性のお役人ロボが二人テーブルに着いていた。二人とも黒縁メガネに地味な色のスーツでかっちり身を固めている。その背後には大きな窓があり上野の町を見下ろす事ができる。部屋は清潔で明るいが、テーブルと椅子しかないため謎の緊張感を感じる。


「黒ノ木黒乃さんですね。お座りください」

「あ、はい」


 お役人ロボに促され黒乃は椅子に座った。


「では、聞き取り調査を始めます。リラックスしていただいて構いませんので。あ、水どうぞ」

「はあ、よろしくお願いします」


 ——802号室。


 メル子の前には女性のお役人ロボが二人座っていた。黒縁メガネに地味な色のスーツでかっちりと身を固めている。


「黒ノ木メル子さんですね。では聞き取り調査を始めたいと思います。マンゴーラッシーをどうぞ」

「はあ、いただきます」


 ——801号室。


「では早速ですが、え〜、黒ノ木メル子さん。彼女の働き具合はいかかでしょうか。メイドロボとしての役目は充分にこなしているでしょうか」

「はい! もちろんですよ! バリバリ働いています!」

「なるほど。ではこちらの資料を見てもらいたいのですが。こちらメンテナンスの報告書ですね」


 お役人ロボは紙をずらりと黒乃の前に並べた。


「どうもメンテナンスの回数が異常に多いのが気になっておりまして。検査結果もちょくちょく異常値を示しております。これはどういった理由でしょうか」

「ええと、あの、富士山登ったり運動会とか相撲大会とか巨大ロボと戦ったりとか……」

「富士山? なぜロボットが富士山に登る必要があるのですか?」


 お役人ロボのメガネがキラリと光った。


 ——802号室。


「ええ、マスターである黒ノ木黒乃さん。彼のですね、マスターとしての振る舞いについてお聞きしたいと思います」

「あ、ご主人様は一応女性です」

「失礼しました。チョコキャラメルをどうぞ。ええ、彼女のメル子さんに対する態度、扱い。何か気になる点はございますか? 例えばセクハラですとか、パワハラですとか、ロボハラといった類いですね」

「いえ、別にありません。おっぱいを触ってきたりとか、ベロチューを要求してきたりはありますけど」

「ベロチュー!?」


 お役人ロボのメガネがキラリと光った。


 ——801号室。


「いやだから、部屋でロケットランチャーをぶっ放したのは事実ですけど。あれは寝起きドッキリですので」

「ではこちらの資料をご覧ください。これはリブートの報告書です。かなり頻繁にリブートされていますよね?」

「いや〜穴の奥に停止スイッチがあるの知らなくて」

「穴の奥!? 聞くところによると新千歳空港で『Get Wild』を熱唱していたそうではないですか。なぜそんな奇行を?」

「うちのメル子は『Get Wild』を歌わないと再起動しない仕様なんですよ。仕方がないんです」


 ——802号室。


「で? 実際舌は入れたんですか?」

「いえ、舌は入れていませんよ」

「ではおっぱいはどのように揉まれたのですか? 右乳ですか? 左乳ですか?」

「主に左乳を攻めてきますね」

「左ですか!?」

「左ですね」

「その時メル子さんはどう思われましたか!?」

「まったくエロい事するなあって」


 ——801号室。


「ロボット大運動会で優勝されていますね?」

「はい、二人でがんばりました」

「しかし競技ポイントはゼロでしたよね。それで何故優勝できたのでしょうか。何か不正があったのではないでしょうか」

「いや、おっぱいポイントを稼いだから……」

「おっぱいポイント!?」

「百合ポイントも結構もらったような」

「百合ポイント!? どんな運動会ですか!?」

「いや私に言われても。なんとかって作者に聞いてくださいよ」


 ——802号室。


「それで? 一緒の布団で寝たんですか?」

「まあ、お互い風邪で寒いから仕方がなかったのですよ。なんで両脇に来るのですか?」

「どうでしたか。マスターの匂いは? 臭くありませんでしたか?」

「別に臭くはないですよ。毎日お風呂に入っていますし、白ティーも毎日洗濯していますから。あ、足は少し臭いです」

「ほうほう、足クサ……と。書いておいて」


 ——801号室。


「ロボチューブもやっておられますね?」

「ああ、はい。時々配信してますね」

「それについて苦情が上がってきているのをご存知ですか?」

「なんでロボ区役所に配信の苦情が来るの!?」

「読みますね。メル蔵めるぞーの出番をもっと増やせ。なんで紙袋被っとんねんコラ。マリ助まりすけ可愛いよぐへへ」

「苦情なのそれ!?」

「確かに一部納得できる苦情もあるのですよ。私もメル蔵の出番が少ないとは常々思っていました」

「視聴者かい」


 ——802号室。


「それで爆乳機能を搭載する事になったのですか?」

「はい。浅草工場で勝手に実装されてしまいました。私としてはDカップもあれば充分なのですが」

「それで何カップまでいけるのですか?」

「え?」

「何カップまで大きくできるのかと聞いています!」

「取り敢えずKカップまでは確認しました。それ以上は測っていません」

「やってみてください」

「え?」

「業務上必要な事なので今やってみてください!」

「いやですよ!」


 ——801号室。


「それでジャイアントモンゲッタと戦う事になったと」

「そうなんですよ」

「困るんですよね。巨大ロボに乗る時は役所に事前に申請してくれないと」

「いやでもあの時は緊急事態だったから仕方がなかったんですよ。役所に届けてたら許可が下りるの一ヶ月後ですよね?」

「戦いのスケジュールを一ヶ月前から調整しておくべきでしょう!」

「無茶言うな!」


 ——802号室。


「ぐすん、それでワトニーは月へ……」

「そうなんです……」

「さぞ悔しかった事でしょう。うっうっ」

「はい……」

「私の胸でお泣きなさい」

「いえ、結構です」


 ——801号室。


「それで危うく社会不適合ロボにジョブチェンジ寸前だったと」

「そうなんですよ。あの時は焦りました」

「それはマスターに甲斐性がないのが原因では?」

「え!?」

「マスターとしてもっと大きな部屋に移るべきでしょう。メイドロボにやり甲斐を与えるのも大事な事ですよ」

「でも、メル子のローンもありますしそう簡単には……」

「そんなんで男として恥ずかしくはないのですか!」

「女だっつーの!」


 ——802号室。


「本当にこのマスターで大丈夫なのでしょうか? 正直な所不安が残ります。メル子さんがこの先何年も、何十年も仕えるのに相応しい相手を斡旋する事もできますが」

「私は……ご主人様を変えるつもりはありません。ずっとご主人様のメイドロボでいると約束をしましたので。それが私の生き甲斐です。マンゴーラッシーのおかわりをください」



 二人は同時に聞き取り室を出た。げっそりとした青い顔でお互いを見つめ合う。


「メル子……」

「ご主人様……」


 二人は強く抱き合った。


「ごめんよ、ご主人様が不甲斐なくて。メル子に大変な思いばかりさせてるね」

「そんな事はありません。ご主人様に仕えるのが私の生きる意味です。大変なのも……楽しいです」


 後日届いた聞き取り調査の結果通知にはこう書かれていた。

『末長くお幸せに』

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