第107話 北海道です! その八

 バババババババ!

 ヘリコプターのローターの回転音が北海道の空を切り裂いた。一行がヘリに乗り込むとノエノエは扉を閉めた。黒乃は座席にゴロリと転がった。冷たい空気とけたたましい機械の音が和らぎ、大きく息を吐き出した。


「ふぅ〜、怖かった〜」


 黒乃はワイヤーでヘリに引っ張り上げられている間生きた心地がしなかった。隣を見るとメル子が座席に真っ青な顔で横たわっている。メル子はぎゃあぎゃあと騒ぎながらヘリへ引き上げられていたのだ。そのメル子の上に小熊ロボのワトニーが乗っかっている。


「どうしてこんな目に遭わないといけないのでしょう……」メル子はぐったりとしながら言った。

「わたくしは楽しかったですわー!」

「高い所はスリルがありますわー!」

「「オーホホホホ!」」


 お嬢様たちはヘリをアトラクションか何かだと勘違いしているようだ。

 全員が座席に着きシートベルトを締めるとヘリは加速を始めた。


「マヒナ、このヘリコはどこへ向かってるの?」

旭岳あさひだけさ」


 北海道最高峰、旭岳。標高二千メートルを超える火山である。


「何故そんな所に行くのですか?」メル子がワトニーの頭を撫でながら聞いた。ワトニーはチャイルドシートに固定されてモゾモゾと苦しそうに動いている。

「トーマス・エジ宗次郎博士に会いにいくのさ」

「トーマス・エジ宗次郎!?」黒乃は驚いて叫んだ。

「知っているのかい?」


 トーマス・エジ宗次郎博士とは富士山山頂の研究所で一度会っている。部屋に侵入してきたゴキブリロボによりメル子とアンテロッテのご主人様設定が書き換わってしまった事があったのだ。それを直す事ができるのは唯一博士のみ。黒乃達は決死の覚悟で富士山に登り博士に会いに行ったのだ。その結果見事正常に戻す事ができた。つまり博士はメル子の恩人だ。


「前にメル子を助けてもらった事があって……」

「そうか、ならば話は早い。博士の話を聞いてもらいたい」


 黒乃はメル子と顔を見合わせると頷いた。


「それはいいんだけど、マヒナとノエノエは博士とどういう関係なの?」

「まあ仕事関連さ。私もノエノエも博士にエンハンス(強化)してもらったのさ」

「なるほど、だから二人ともあんなに強いのか……え!?」

「マヒナさんも強化ってどういう事ですか?」


 黒乃もメル子も驚きを隠せない。ノエノエはメイドロボなので機能を強化する事はもちろん可能だ。しかし人間はどうであろうか。


「ひょっとしてマヒナもロボットなの!?」


 マヒナはニヤリと笑った。褐色の肌と真っ白な歯の対比が美しい。


「いいや、人間だよ。まだね」

「まだとは!?」

「まあサイボーグってやつだね」


 体の一部または大部分を機械に置き換えた生物をCyborgサイボーグCyberneticサイバネティック Organismオーガニズム)という。生物をベースにせず一から機械で作られた人型のロボットの事はアンドロイド(女性ロボットはガイノイド)と呼ぶ。メル子はガイノイドに相当する。

 マヒナが肘を曲げて拳を上に向けると関節部からプシューと空気が噴出し肘から先が高速で回転を始めた。


「うわっ、すげえ!」

「でも人体の改造は新ロボット法で禁止されているはずです!」

「だから博士を頼ったんだよ」

「何の為にそこまで? どんなお仕事なのですか?」


 マヒナは再びニヤリと笑った。ノエノエも口に手を当てて笑い声を隠す。


「ええ? なになに!?」

「何ですか!? 怖いです!」


 窓の外を見ていたマリー達が歓声をあげた。


「旭岳が見えてきましたわー!」

「大きくて綺麗ですわー!」


 ヘリは旭岳の頂上に差し掛かると降下を始めた。


「待って! ヘリで研究所に近づいたら撃墜されるんじゃないの!?」

「ご心配なく。既に博士には連絡済みです」


 山頂付近にある半球型のドームの上まで来るとドームの天井が二つに割れた。するとヘリポートが現れた。

 ヘリが着地すると一行はゾロゾロとヘリポートに降り立った。するとスピーカーから老人の声が響いた。


『待っておったぞ!』

「お? この声は」

「博士! 連れてきたよ!」マヒナが大声で呼びかけた。

『入りなさい』


 ヘリポートの床が開き階段が現れた。一行が階段を下ると広い研究所が現れた。中央に巨大な円筒のスペースがあり、そこでは巨大なロボットが組み立てられていた。そのスペースを取り囲むようにいくつものラボが並んでいる。そのうちの一つの部屋の扉が開いている。黒乃達はゾロゾロと部屋に入った。


「博士。待たせたね」

「うむ!」


 そのラボにいたのは老人ロボットだった。白髪に蝶ネクタイ。高級なスーツをゆったりと着こなしている。トーマス・エジ宗次郎博士その人だ。腕にはでかいロボット猫を抱えている。


「あ、博士。お久しぶりです。その節はお世話になりました」黒乃はへこへこと頭を下げた。

「元気にしておったかね!」


 博士の視線はメイドロボに釘付けだ。


「元気モリモリですよ!」

「元気がはち切れそうですわー!」

「にゃー」


 博士が抱えているロボット猫がもぞもぞと暴れるとアンテロッテの胸に飛び込んできた。


「あれ? こいつチャーリーじゃん!」

「なんでここにチャーリーがいるのですか!?」

「北海道に来る前に浅草に寄って捕まえてきたのじゃ。うろついていたから丁度良かったのじゃ」

「なんで!?」


 博士は一行をラボのテーブルに着かせた。ドローンがコーヒーとナッツを運んできた。ついでにミルクももらったのでメル子はワトニーにミルクを飲ませた。


「博士、それで話というのは」マヒナが切り出した。

「ふむ、単刀直入に言おう。スキー場で君達を襲ったジャイアントモンゲッタ。あれはワシの宿敵であるニコラ・テス乱太郎が作ったものじゃ」

「ニコラ・テス乱太郎!」黒乃は驚きの声をあげた。

「ここのところ小樽近辺で観測されていた振動はジャイアントモンゲッタによるものだったのじゃ。それを察知したワシは奴のアジトが北海道にあると考え、それを暴くべくやってきたのじゃよ」


 黒乃はコーヒーをグビグビ飲みながら聞いた。


「そのジャイゲッタがなんで私達に襲いかかってきたんです?」

「それはわからん」

「わからんのかい」


 博士は腕を組み目を閉じて思索を始めた。


「可能性として考えられる事はある」

「ほほう? 聞かせてもらおうか」

「どうしてご主人様が上から目線なのですか……」


 博士は語り出した。


「ジャイゲッタがパイロットを探していた可能性じゃ」

「パイロット?」

「ジャイゲッタの性能を最大に発揮するにはパイロットを乗せなくてはならないのじゃ」

「巨大ロボにはパイロットが必要不可欠ですわー!」マリーが嬉しそうに言った。

「そう言えばさっきのジャイゲッタは動きが鈍かった気がするな。雪で滑って頭打ってたし」


 黒乃はバリボリとナッツを齧った。


「元々ジャイゲッタにはモンゲッタというパイロットがおったのじゃ」

「!?」


 黒乃とメル子はその名を聞いて硬直した。モンゲッタは黒乃達のボロアパートに時々現れる熊のぬいぐるみの事だ。紅子べにこという幼女と共に現れる。


「アタシ達の調査によるとそのモンゲッタは最近何者かによって破壊されていたんだよ」

「我々はその者達が何者なのかも調査しましたが判明しておりません」


 黒乃とメル子はダラダラと汗をかいた。メル子は浅草ロボ屋敷でモンゲッタと戦いになりぶっ壊れったにしていたのだ。ぶっ壊れったモンゲッタは八又はちまた産業浅草工場に厳重に隔離されている事になっている。


「黒乃様、メル子さん、どうかしましたの? プルプル震えておりますわよ?」アンテロッテが心配そうに尋ねた。

「なんでもないよ。全然なんでもないよ」

「そうですよ。全然なんでもありませんよ!」


 アンテロッテはぽかんとした。


「モンゲッタを失ったニコラ・テス乱太郎は新たなるパイロットとして君達を狙ったのかもしれん」


 博士はメル子とアンテロッテを見据えた。


「わたくしがジャイゲッタのパイロットにされてしまうんですの? それは楽しそ……絶対にいやですわー!」

「アンテロッテはわたくしが守りますわー!」

「お嬢様ー!」


 二人はヒシと抱き合った。


「でもメル子とアン子を狙ってたというより……ッ!」


 黒乃はふとある事に気がついて顔を青くした。メル子の方を見ると同じように顔を青くしている。


「理由はわからんが君達は奴に狙われておるのじゃ。とはいえジャイゲッタにダメージを与えたのですぐに襲いかかってくる事はないじゃろう」

「引き続きアタシ達で調査を続けてニコラ・テス乱太郎のアジトを割り出す。黒乃山達はペンションに戻ってくれ。何かあった時の為にこっそり護衛を配置しておくから安心して」


 こうして黒乃達は旭岳を後にした。再びヘリで小樽天狗ロボスキー場に移送された。ヘリに乗っている間、黒乃とメル子は一言も話さなかった。マリー達はそれを心配そうに見ていたが声はかけなかった。

 すっかり日が暮れたスキー場からはロボタクシーでペンションまで移動した。


「ごめんなさい! 遅れました!」


 メル子達はペンションに着くやいなやすぐに夕食の準備を始めた。とりあえず今日の事は忘れて仕事に集中しなければならない。



 ——深夜。

 仕事が終わり露天風呂に入り、ようやく二人だけの時間が訪れた。

 黒乃はデバイスで誰かと電話をしているようだ。しばらく話し込むとデバイスを切った。黒乃とメル子はベッドの上で寝ているワトニーを挟んで座った。


「こいつ、どこかで見た事があると思ったらモンゲッタだったんだね」

「はい……」


 電話の相手は浅草工場の職人ロボであるアイザック・アシモ風太郎だった。モンゲッタが格納されている装置の扉の鍵をかけ忘れたため逃げ出してしまったようだ。


「恐らくジャイゲッタが狙っていたのは私ではなくワトニーです」

「うん……ワトニーをジャイゲッタのパイロットにする為に取り戻そうと襲って来たんだね」

「はい……」


 ワトニーはどうやって浅草から北海道まで来たのだろうか。宇宙服に付いているプロペラを使って北海道まで飛んできたのだろうか。一体なぜ北海道まで来たのだろうか。とにかくペンション付近の森までやってきてそこで力尽きたのだ。青と白の宇宙服はどこかで脱げてしまったらしい。

 そして森で力尽きたワトニーは救難信号を出していた。その救難信号は誰に向けてのものだったのか。見ず知らずの誰かなのか、それともジャイゲッタなのか。


「なあワトニー。お前は私達の敵なのかい?」黒乃はワトニーを見て言った。

「そんな事はありません! ワトニーは……ワトニーはニコラ・テス乱太郎の所から逃げ出してきたのです! 私達が守ってあげないと!」


 黒乃はメル子の頭を撫でた。


「メル子はワトニーを信じているんだね」

「はい」

「だったらご主人様もワトニーを信じるよ」

「本当ですか?」


 メル子は潤んだ目で黒乃を見つめた。黒乃はその肩を掴んで抱き寄せた。


「ご主人様を信じなさい。そしてワトニーを自由にしてやる方法は一つしかない」

「一つ?」

「そう。それは……ジャイアントモンゲッタをジャイアントぶっ壊れったにしてやる事だよ!」


 破壊デストロイイズ正義ジャスティス

 黒乃達のジャイアントモンゲッタ破壊作戦が始まった。

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