第106話 北海道です! その七
黒乃達一行は天狗山にある『小樽天狗ロボスキー場』にいた。お昼の太陽がゲレンデを真っ白に照らしている。青空が反射しそうな美しさである。
「ひょー! 銀世界とはこのことか!」
黒乃達が宿泊しているペンションからロボタクシーでほんの十分の距離である。標高五百メートル。山頂に見える岩が天狗ロボに見える事から天狗山と名付けられたという逸話がある。
「こんなに積もった雪を見たのは初めてです! 綺麗です!」
メル子は小熊ロボのワトニーを抱えて雪景色をうっとりと眺めた。スキー場へは天狗山の山麓から超電磁ロープウェイを使って登る。超電磁ロープウェイは全長七百メートル、高低差三百メートルを四分かけて登っていく。
「小樽の町が一望できますのよー!」
「超電磁ロープウェイで少し酔いましたわー!」
「「オーホホホホ!」」
マリーが超電磁ゴンドラの中で大騒ぎしたので超電磁ゴンドラがグラグラと揺れ乗客全員がえらい目にあったのだった。
四人は山頂にある天狗ロボ神社にお参りをした。小さな
「何をお祈りしているのかな?」黒乃は聞いてみた。
「ワトニーの正体がわかるように、です」
「てかロボットにも神様っているのかな」
「全国にロボ神社があるのでいるのではないでしょうか」
お参りが済むと展望レストランでスキーに備えてランチにする事にした。レストランはスキー客で賑わっている。黒乃とメル子は天狗ロボラーメン、マリーとアンテロッテは天狗ロボカレーを注文した。メニューには無いがワトニー用にホットミルクをお願いすると快く応じてくれた。
「ほえー、角煮が入ったとんこつラーメンか」
「カレーにはザンギが入っていますわー!」
「ザンギエフが!?」
小樽の町を眺めながらの昼食が始まった。ズルズルと麺を啜る。
「うーむ、スキー場の料理なんてそこそこのもののはずなのに、妙に美味く感じるのはなんでなんだろう」
「角煮の脂がとろけてスープにいい感じにコクを与えています」
黒乃はマリーのザンギを箸で奪い取った。
「何をしますのー!」
「ザンギって衣の味が濃くてうまいよね。モグモグ」
お返しにマリーは黒乃の角煮を奪い取った。
アンテロッテはペンションから持ってきた哺乳瓶にミルクを移すとワトニーに飲ませた。ワトニーはグビグビとそれを飲んでいる。もうほとんど体力は回復したようだ。
昼食が終わればいよいよスキーだ。黒乃とメル子はスキー板を、お嬢様たちはスノーボードをレンタルした。スキーウェアに身を包んだ四人はゲレンデに降り立った。
「あわわわわ、ここを滑るの? 斜面が急すぎない?」
「ごごごご、ご主人様。ここは初心者コースですよ!」
二人ともスキーは始めてだ。へっぴり腰で頂上に立つ。上から見下ろすゲレンデはノルディックのジャンプ台のように見える。しかし同じような初心者の子供達がボーゲンでそろそろと下っていく。
「お先に失礼しますわー!」
「滑らないと上手くなりませんのよー!」
マリーとアンテロッテが颯爽とスノーボードで滑り降りていった。マリーの背中にはワトニーがしがみついている。マリー達はボードのエッジを立てて華麗にカービングターンを決めた。滑った跡には二本の細い線が残った。
「うおっ、すげえ! さすがお嬢様」
「ご主人様! 我々もいきましょう」
二人は覚悟を決めて滑り出した。予めアンテロッテに基本的な動作は教わっている。二人は板を八の字にするボーゲンでゆっくりと下っていった。
「おらおらおら! これがハーゲンダッツじゃい!」
「それを言うならレディーボーデンです! 二重に間違わないでください!」
順調に滑っているかに思われたが、すぐ横を滑り抜けた子供にビビって二人はずっこけた。しかし二人ともすぐにコツを掴んだのか、ゆっくりとだが転ばずにターンを決められるようになっていった。
「フハハハハ! 見たか! 浅草部屋で鍛えた体幹の強さを! ごっちゃんです!」
「お見事です!」
黒乃はメル子を後ろから追いかけた。
「ぐへへへへ、追いついたらおっぱい揉んじゃうぞ〜」
「ぎゃあ! 来ないでください!」
メル子は慌てて逃げようとするがバランスを崩してお尻から転んでしまった。黒乃はスピードを出し過ぎた為曲がりきれず林の中に突っ込んでいった。
二人がヘトヘトになりながら下まで下るとマリーがソリを持って待ち構えていた。
「今度は超伝導ソリで遊びますのよー!」
「何それ!?」
超伝導ソリとは特定の物質を冷やすと電気抵抗が無くなる現象を利用して推進するソリの事である。超伝導ソリ用のゲレンデには高温超伝導体が敷設されており、これをソリに搭載された冷却装置で冷やす事により、同じくソリに搭載された磁石がマイスナー効果により浮上する。これによりソリは推進するのだ。
四人はそれぞれのソリに乗った。ワトニーは黒乃のお腹にしがみついて乗ることにした。
超伝導ソリの形は普通のソリと同じだが、外周に衝撃緩和用のバンパーと小さなハンドルが付いてる。
「なるほどね。ハンドルを回して曲がってハンドルに付いてるスロットルでスピード調節ね」
黒乃がスロットルを握るとソリの下部から猛烈な冷気が吹き出した。その勢いで周囲に雪が舞い上がる。
「うひょー! 浮いた!」
ソリは雪面から五センチ浮き上がりクルクルと回り出した。
「うわっ、回る! これ操縦が難しいぞ!」
「ぶぶぶぶぶ!」ワトニーが黒乃にしがみついて唸った。
ハンドル操作と重心操作でソリの方向を安定させなければならない。ブレーキは存在しないが、スロットルを緩めれば雪面に着地してソリの下部のトレッドによって減速可能だ。
マリーは器用にソリを操縦してゲレンデをスイスイと登っていった。それをアンテロッテが追いかける。
「何してますのー! 早く来てくださいましー!」
「マリーちゃん待ってください!」
「ちくしょー! お嬢様たち早いな」
黒乃も体勢を立て直すとゲレンデを登り始めた。メル子の横に並んで滑る。
「ちょっとご主人様! 近過ぎです! ぶつかる!」
「だってこれ横滑りするから難しい!」
「ぶぶぶぶ!」
二人のソリはゴチンゴチンとぶつかりながらゲレンデを駆け上っていった。
四人はしばらくゲレンデを登ったり下ったりを楽しんだ。
しかしその時事件が起きた。快晴のゲレンデが一瞬影に覆われた。
「ん? 今何か上を通り過ぎた?」黒乃が空を見上げるが何も見えない。「あれ?」
その直後ズズンという音がゲレンデに響いた。ソリで浮いている為振動は感じなかったが周囲の木に積もった雪がドサドサと地面に落ちた。
黒乃が音の方を見るとあまりの現実離れした光景に言葉を失った。そこにいたのは高さ十八メートルの巨大な物体だった。
「え?」
巨大な物体の足元から舞い上がった雪煙が黒乃達を飲み込んだ。視界を奪われお互いがどこにいるのかわからなくなった。
「メル子!?」
「ご主人様ー!」
雪煙が通り過ぎるとその巨大な物体が歩き出しているのが見えた。それは巨大な熊だった。丸々とした熊が青と白の宇宙服を着ている。
「モンゲッタ!?」
「ご主人様! ジャイアントモンゲッタです!」
ジャイアントモンゲッタはゆっくりと黒乃達の方へ歩いてくる。ジャイアントモンゲッタとは夕方に放送しているテレビアニメに登場する巨大ロボットの事である。主人公のニャンボットが操縦するギガントニャンボットと戦いやられる役である。
「え? え? え? 何が起きてるのこれ!? メル子!?」
「わかりません!」
「ぶぶぶぶぶ!」ワトニーは唸り声をあげて黒乃にしがみついている。
ジャイアントモンゲッタ、略してジャイゲッタは黒乃達の方へ向けて走り出した。しかし雪に足を取られて激しく転倒した。再び雪煙が舞い上がり黒乃達を包み込む。ジャイゲッタは後頭部を地面に打ちつけたのか地面で悶えている。
「何かよくわからないけど逃げて! メル子逃げて!」
「はい!」
二人は超伝導ソリをフルスロットルにして斜面を下り出した。しかしジャイゲッタは起き上がると再び走り出した。あっという間に二人に追いつくと黒乃に向けて手を伸ばした。
「うわわわわわ! なんでなんで!?」
黒乃はハンドルを切りすんでの所でその手から逃れた。再び黒乃を捕まえようと手を伸ばしてくる。
「そうはさせませんわー!」
マリーが黒乃のソリにぶつかり弾き飛ばした。二人のソリの真ん中にジャイゲッタの手が突き刺さる。アンテロッテがジャイゲッタの足元を走り回り気を逸らした。
「オーホホホホ! こちらですわよー!」
「マリー! アン子! 危ないから逃げて!」
四人のソリは全速力で斜面を下った。しかしジャイゲッタの方が速い。もう逃げきれないと黒乃が悟った時、突然ジャイゲッタの動きが止まった。
「なんだ!?」
「ご主人様! あれを見てください!」
ジャイゲッタの頭に何かが乗っているのが見えた。二つの影がジャイゲッタの宇宙服のヘルメットを殴りつけている。
「あれは……マヒナ!? ノエノエ!?」
ヘルメットの上にいるのは褐色肌のお姉さんと褐色肌のメイドロボであった。ジャイゲッタは頭の上の二人を振り払おうと腕をブンブンと振り回している。それを器用にかわしながら二人はヘルメットに攻撃をし続けた。するとヘルメットにヒビ割れができた。そのヒビからシューシューと音をたてて気体が漏れ出す。
ジャイゲッタは体をくねらせて苦しがると地面に四つん這いになった。するとその背中からプロペラが展開し回転を始めた。黒乃達はその風圧でなぎ倒されソリから転がり落ちた。プロペラの回転が充分早まるとジャイゲッタは宙に浮き上がりぐんぐんと上昇を始めた。
「うわああああ! どうなってるの!?」
黒乃はワトニーをお腹に抱えて地面で必死に風圧に耐えた。そしてジャイゲッタは空の彼方へ飛んでった。
「ご主人様! 大丈夫ですか!」
「何が起きましたのー!」
皆が黒乃の元へ集まってきた。
「黒乃山! 無事かい!」マヒナが黒乃の頬に手を当てて様子を窺った。
「ハァハァ、無事だよ。ワトニーも無事みたい」
「きゅい」
メル子は黒乃に抱きついた。目に涙を溜めて強く抱きしめる。黒乃はその背中を優しくさすった。
上空からパタパタという音が聞こえてきた。上を見るとヘリが地上に近づいてきている。どうやらマヒナ達はあのヘリに乗ってスキー場までやってきたらしい。
「一旦ここから離れた方がいい」マヒナは手を挙げてヘリに合図をした。するとヘリからワイヤーが垂れてきた。
「話はヘリの中でしよう」
「ええ!?」
黒乃は自分達が既に事件の只中にいる事を悟ったのだった。
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