第102話 北海道です! その三
「オーホホホホ! 北海道は良いところですわー!」
「オーホホホホ! 避暑には最適ですのねー!」
「「オーホホホホ!」」
お嬢様たちの高笑いがペンション中に響いた。
「冬に避暑すな。しかし宿泊先まで被るとは、そんな奇跡ある?」
「ここで何をしているのですか!」
マリーは階段の上でふんぞり返った。「もちろんヴァカンスに来たんですのよ」
アンテロッテはマリーの後ろに立つと彼女の髪を撫でながら言った。「本来ヴァカンスは夏にするものでありしゃんすけどね」
「「オーホホホホ!」」
「お嬢様ジョークはわけわからんな。まあいいよ。しばらくの間よろしくね」
「よろしくお願いしますわー!」
黒乃とメル子は部屋に案内された。ここ『ペンション バリル』には客室が六部屋ある。黒乃達の部屋は東向きで窓からは小樽の町と海が一望できる。部屋の中にはベッドが二つと机が一つ。風呂トイレは共用だ。
「おお、まあまあ古い建物だけど部屋はピカピカだな」
「見てください! 小樽の町が見えますよ!」
メル子がカーテンを開けると小樽の夜景が飛び込んできた。うっすらと青く見える石狩湾に浮かぶ光の町。
北海道の夜景といえば
「いやー綺麗だ〜。でも……メル子の方が綺麗だよ」
「ご主人様! 見てください! 船がたくさん海に! 綺麗!」
「聞いてないな」
メル子は窓に張り付いて大騒ぎをしている。
「露天風呂もあるみたいね」
「露天風呂!?」
ペンションの裏手に設置されているのは石造りの露天風呂だ。竹の壁によって囲われている。三十分交代制で予約が必要だ。
「やりました! 早速! 早速入りにいきましょう! 早く!」
「これから晩御飯だから。その後にしな」
「はい!」
部屋で荷物の整理をしながら寛いでいると廊下でベルがチリンチリンと鳴った。ディナーの合図である。部屋からゾロゾロと宿泊客が出てきた。黒乃達も階段を降り食堂に集まった。
食堂には小さめのテーブルが六卓、円形に並んでいる。テーブルには綺麗に食器が揃えられている。『黒ノ木様』と書かれたネームプレートの卓に着いた。隣のテーブルにはマリーが一人で座って足をパタパタとさせている。
「あれ? アン子はどこいったの?」
「アンテロッテは厨房におりますわー!」
「厨房? まあ折角だからこっちきなよ」
「マリーちゃん、一緒に食べましょう」
「お邪魔させていただきますわー!」
六組の宿泊客全員が揃うといよいよディナーの開始だ。オーナー夫人が次々と料理を運んでくる。オーナーがシェフのようだ。
「コース料理形式なのね」
まずやってきたのはサーモンとイクラとキュウリのマリネ。次にクロソイのムニエル。
「サーモン大好きですわー!」
「イクラのプチプチ感もいいね」
「このムニエルは北海道のバターを使っているのでしょうか?」
三人は北海道の素材を活かした料理に舌鼓を打った。するとアンテロッテが皿を持って厨房から現れた。
「オーホホホホ! お待たせいたしましたわー! わたくしが作りました本日のメインディッシュ『
「ビームシチュー!?」
「何故アン子さんが料理を作っているのですか!?」
デミグラスソースの中にゴロゴロとした美夢牛の煮込みが転がっている。スープの表面には生クリームがかけられ綺麗な模様を描いている。
「うわ、なんちゅう贅沢なビーフシチュー……いやビームシチューだ。和牛がふんだんに使われている」
黒乃は肉に齧り付いた。
「うわっ、柔らかっ! 唇で千切れるくらいに煮込まれている。ああ……赤身肉の豊かな香りが北海道の牧場を彷彿とさせる」
「デミグラスソースはあえて濃厚さを抑え、香草で味を整えています! 肉の濃厚な香りを引き立てる役割りをしているのです!」
「ニンジンさんも甘くて美味しいですわー! マッシュルームの歯応えがアクセントになっていますのねー!」
食事を終えた三人はアンテロッテを加えて優雅にコーヒータイムを洒落込んでいた。マリーはコーヒーにたっぷりのホットミルクと蜂蜜を入れている。
「いやーアン子の料理美味かったよ」
「ありがとうございますわー!」
「何故アン子さんが料理を作っているのですか?」
「オーナーさんにお願いされたからですわ」
「どういう事?」
すると初老のオーナー夫人がテーブルへやってきた。
「私が勘違いしてしまったんですのよ」
「勘違いですか?」メル子が聞いた。
「アンテロッテさんがお手伝いに来てくれたメイドロボだと思い込んでしまったの」
オーナー夫人はメイドロボが手伝いに来るとだけ聞いていたので、メル子の直前にやってきたアンテロッテをそのメイドロボだと勘違いしてしまったのだ。
「それで昨日のディナーからお手伝いをお願いしていたの」
「最初は何の事かわかりませんでしたけど、メイドとして働けるなら喜んでやりますのよー!」
メル子はその話を聞いてプルプルと震えている。
「では私がここで働くという話はどうなるのですか!?」メル子はオーナー夫人に詰め寄った。
「もちろん働いて貰いますわよ。折角だからお二人でね」
こうして滞在期間中、メル子とアンテロッテの二人でメイドとして働く事になったのだ。
ディナーを終えて二人は部屋へと戻ってきた。メル子は少し不満そうだ。
「何故アン子さんまでメイドになっているのですか!」
「いや、メイドロボだから」
「私一人で全部できるのですよ!」
「まあまあ落ち着いて。二人で仲良く働けばいいじゃないの」
それでもメル子は不満そうだ。
「ほら、二人でやれば早く仕事が終わるでしょ? そしたら空いた時間で観光に行けるじゃない。ロボ牧場行こうよ」
メル子はピクンと体を震わせて黙ってしまった。どうやらある程度納得したようだ。
「そうだ。露天風呂の予約の時間が来たから入りに行こう。マリーとアン子と一緒にさ」
「何故一緒に入るのですか!?」
「一組三十分だからマリー達と一緒に入れば一時間入り放題だよ」
「お友達って最高ですね!」
メル子は完全に機嫌を直したようだ。
四人は早速タオルを持って露天風呂に向かった。ペンションの裏手から出てすぐだ。竹製の壁に囲われている。入口を通ると籠が置いてあるだけの脱衣室がありそこで手早く服を脱ぐ。
「うおっ、寒い! はよお湯入ろう」
黒乃は白ティーを脱ぎ捨てると全裸で仁王立ちをした。マリー達は服を脱ぐのに手間取っている。
「なんだい、マリーはアン子に手伝ってもらわないと服も脱げないのかな?」
「ドレスを綺麗に脱ぐのは難しいんですのよ」
メル子は赤ジャージに着替えてきていたのですぐに準備ができた。タオルで前を隠しながら言った。「ご主人様、いきましょう!」
脱衣所の暖簾を潜るとすぐ浴場だ。石造りの風呂が真ん中にあり、脇にシャワーが二つ付いている。奥にある石のベンチで体を休める事ができる。控えめなライトが露天風呂をうっすらと照らしている。
「おお、良い雰囲気だ」
「素敵です!」
「お待たせですわー!」
マリーがタオルも持たずに走ってやってきた。白いお尻をプリプリさせながら風呂に入ろうとする。黒乃はそのマリーの脇を掴んで引き留めた。
「こらこら。いくら美少女でも洗体をせずに風呂に浸かる事は許されない」
「何をしますのー!」
黒乃は無理矢理マリーを椅子に座らせるとシャワーをぶっかけた。
「冷たいですわー!」
「おっと、こっちは冷水だった。あ、アン子はメル子の体を洗ってあげて」
「わかりましたわー!」
「いや自分で洗えますよ!」
黒乃はマリーの背中を石鹸をつけたタオルで擦った。
「いやー、大理石のようなお肌だ。これほんとに人間? マリエットの方じゃないよね?」
「人間ですわよ!」
「しかしもう中学生なのにぺったんこだな。アン子みたくならないのかな」
「これから成長期がきますわー!」
アンテロッテはメル子の背中を流している。
「うひ! うひひ! アン子さん、くすぐったいです! 手をさわさわしないで! そこは自分で洗えますから! うひひ!」
「じっとしててくださいな」
黒乃はその様子をじっと眺めた。
「うおおおお! 巨乳メイドロボがお風呂でじゃれあっている! 夢のような光景だ!」
洗体を終え四人は風呂に浸かった。全員が一度に入るとお互いの足がくっつく広さだが充分に寛げる。
「温かいですわー!」
マリーがお尻を水面に出してぷかぷかと浮いている。黒乃は目の前に漂ってきた
「何をしますのー!」
メル子とアンテロッテは肩までしっかりお湯に浸かって露天風呂を堪能しているようだ。
「ああ、幸せです……満点の星空の下で熱源に浸かる。体内で休眠しているナノマシンが
メル子はお乳を水面にぷかぷかと浮かせながら寛いでいる。
「ここの集落には天然温泉が湧き出ておりまして、どのペンションでも温泉を楽しむ事ができるんですわー!」
アンテロッテはお乳を水面にぷかぷかと浮かせながら説明をしてくれた。
「ああ、ああ、ああ……! なんだこれはあ? 目の前には
黒乃は理想の地へと至った。
温泉を思う存分味わった四人は身も心もポカポカで部屋に戻った。
黒乃は部屋に入るやいなやベッドに飛び込んだ。続いてメル子もベッドに滑り込む。
「いやー、いい湯だったあ」
「本当ですねぇ」
しばらく柔らかいベッドの上で寝転んでいると睡魔が襲いかかってきた。
「ご主人様ぁ〜」
「なんだい」
「旅行って楽しいですねぇ〜」
うとうととしながらメル子は言葉を搾り出している。初めての旅行で疲れ果てたのだろう。
「メル子、明日からはちゃんとメイドのお仕事がんばるんだよ」
「ふぁ〜い、がんばります〜」
そう言うとメル子は寝息を立て始めた。子供のように安らかな寝顔だ。今日くらいはご主人様より早く寝てもバチは当たるまい。そう思いながら黒乃はしばらくその寝顔を見守った。
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