第87話 ロボチューブ生配信です! その五

「さあ、始まりました! あ、さあ始まりました! 『ご主人様チャンネル』第五回目がね、始まりましたよ。どうも黒男くろおです」


 カメラの前に白ティーおさげ、丸メガネの上からグラサンをかけた女性が現れた。


『何この番組』

『外じゃん』

『待ってたぞー!』


「あ、皆さんおわかりと思いますけどね。今日は、今日は外でロケをしたいと思いますよ。あ、ぽっくりぽくぽくさん、よろしくお願いします。飛んで平八郎さん、今日もよろしくね、お願いします」

「ご主人様! タイトルコールをお願いします!」

「あ、そうそう。今日の企画はですね、これです!」

「ドゥルルルルルルル! デン!」

「チャーリーと散歩してみた〜」

「パフパフパフ!」


『チャーリーきたー!』

『メル蔵ー!』

『この人男?』


「メル蔵!」

「はい!」

「チャーリー連れてきて」

「はい!」


 メル蔵めるぞーは三脚付きのカメラを地面に置くとカメラの前に現れた。頭には紙袋を被り、腕にはロボット猫を抱えている。フサフサとしたグレーの毛並みが美しい大きな猫だ。

 メル蔵が黒男にチャーリーを抱かせた途端ジタバタと暴れ始めた。


「こら! チャーリー暴れるな!」

「ニャー」


『嫌がってるwww』

『チャーリー可愛い』

『この猫オス?』


「あ、寿司ペロさんどうも初めまして。チャーリーはね、オスですね。五万年前にね、あの、月で発見されたロボット猫ですね。今日の配信のためにですね、今朝頑張ってチャーリーを捕まえてきました」


 チャーリーは爪で黒男の胸を引っ掻いた。


「イテッ! チャーリー貴様ーッ! 白ティーが破れたらどうすんじゃい!」

「ニャー」


『ざまあwww』

『貧乳だから無傷』


「あ、水星のもちょさん。貧乳ではないですよ。さあ、メル蔵!」

「はい!」

「チャーリー!」

「ニャー」

「行くぞ!」


 黒男とチャーリーが並んで歩き始めた。それをメル蔵がカメラを持って追いかける。


「あ、では皆さん。これから、あの、雷門にね、行きたいと思いますよ」


『ここ浅草なのかよ』

『猫と並んで歩く貧乳www』

『何しに行くの?』


「はい、今からですね、仲見世通りにね、食レポ対決をしに行きますよ」


 黒男とチャーリーは雷門を潜り抜け仲見世通りに入っていった。観光客をすり抜けるようにしてアンキモの出店『アン・ココット』の前までやってきた。


「はい、来ました。ハァハァ、凄い人です。ここでね、食レポをね、したいと思いますよ」


『ここ知ってるwww』

『セクシーメイドロボの店じゃん』

『猫と食レポ対決www』


 黒男はアンキモの店の行列に並んだ。腕にはチャーリーを抱えている。チャーリーは腕から逃げ出そうともがいている。


「こら、チャーリー、大人しくしろ。もうじきご飯食えるから」


 列が進み黒男達の番がきた。


「オーホホホホ! 黒男さんいらっしゃいましー!」


 頭に紙袋を被ったメイドロボが元気よく挨拶をした。店の中で忙しなく調理をしている。


「この店はね、あの、近所に住んでるマリ助まりすけの助手のね、アンキモのお店なんですよ」


『アンキモきたー!』

『何で紙袋被ってるのwww』

『これ仕込みだろwww』

『マリ助はいないの?』


「アンキモ、ブイヤベース二つ頂戴。あ、揚げ出しマスクさん、マリ助は今学校行ってますからね、いません」

「ブイヤベース二人前お待たせ致しましたわー! ゆっくり召し上がってくりゃりゃりゃんせー!」


『変なお嬢様言葉www』

『りゃが多いwww』

『ブイヤベースうまそう』

『¥5000。メル蔵の分も買ってやれよ』


 黒男とチャーリーは店の脇に据え付けられているベンチに座った。


「いやー、美味しそうですね。あ、ペッシ神父さん、ロボチャットありがとうございます。ではまず私から食うぞ。チャーリー! 私の食レポをよく見ておけよ」

「ニャー」


 黒男はブイヤベースの器を持ち上げ顔に近づけて香りを堪能した。


「うーん、この芳醇な香り。まずサフラン、フェンネルの高音域の香りが鼻を通り抜けた後、貝類の海の香りが体内に留まる」


 ブイヤベースとは南フランスの地中海沿岸の発祥で魚介類を煮込んだ鍋料理である。

 黒男はスープを一口飲んだ。目を閉じて空を仰ぐ。


「飲んで先に感じるのは貝類の出汁。そこから野菜の甘みへと移る。トマトの大地の味わいと海の味わいが溶け合い、プロヴァンスの情景が見えるようだ」


『なにこの食レポwww』

『きめえwww』

『美食家なの』


「ふう、うまかった。さあ次はチャーリーの番だぞ」


 チャーリーはブイヤベースの器に頭を突っ込んでガツガツと食べ始めた。


『めっちゃ食っとる』

『ブイヤベース食う猫』

『チャーリーがんばれ』


 チャーリーはブイヤベースをペロリと完食した。器をペロペロと舐めて綺麗にしている。


「さあチャーリー、どうだった!?」

「ニャー」


『どうやって食レポするんだよ』

『チャーリーが猫なの忘れてた』


「ふんふん、なになに?」

「ニャー」

「ふんふん、それから?」

「ニャー」

「ふんふん、だいたいわかった。ブイヤベースは本来漁師が余った魚をただ煮込むだけのワイルドな料理だった。しかしそこにセロリなどの香味野菜やハーブを加えることにより魚の持つ生臭さを消してきた。しかしアンキモのブイヤベースは一度拝したはずの臭みをあえて取り入れている。本来ならブイヤベースには使わないタコ、イカの旨味をスープのベースにしているのだ。魚介類独特の香りに慣れている日本人の口に合わせた見事なアレンジである」


『わかりすぎだろwww』

『チャーリーの食レポパネェ』

『美食猫www』


「よし、メル蔵!」

「はい!」

「どっちの食レポが良かったかジャッジ頼む!」

「わかりました! 結果を発表します! ドゥルルルルル、デデン! 勝者チャーリー! パフパフパフ!」


 メル蔵はチャーリーの前足を摘んで上に掲げた。黒男はベンチの後ろにひっくり返った。


「なんで人間が猫に負けるの!?」


『チャーリーおめ』

『猫に負けてるwww』

『ざまあwww』


「勝ったチャーリーにはマグロのフレークスティックをプレゼントです!」

「ニャー」

「ハァハァ、まあいい。次! 次の場所いく!」


 

 黒男達は隅田公園までやってきた。隅田川沿いにある緑豊かな公園である。広場まで来るとチャーリーは元気よく走り始めた。


「チャーリー食った後だから急に動かない方がいいぞ。お腹痛くなるからね」

「ご主人様! タイトルコールをお願いします!」

「オッケー。隅田公園でやる企画はこれ!」

「ドゥルルルルルルルル、デン!」

「サッカー対決〜!」

「パフパフパフ!」


『食った後なのに運動www』

『猫とサッカーする貧乳www』


 しかしチャーリーはピタリと立ち止まり川沿いのベンチをじっと見ている。


「ん? どうしたチャーリー?」

「チャーリー、サッカーしますよ!」


 その視線の先には美しい猫がいた。白い毛並みにグレーのアクセントが映える。スコティッシュフォールドという品種だ。ベンチの上でくつろいでいる。


「あれは? あれはダンチェッカーだ! 以前にチャーリーをフってハント博士とラブラブになったダンチェッカーだ!」


『ダンチェッカーって誰だよwww』

『可愛い猫』

『生猫?』


「ああ! ご主人様! よく見るとハント博士もいます!」


 ダンチェッカーが寝ているベンチにヒョイと飛び乗り横に並んで寝始めたのはゴツい体格をした黒猫のハント博士である。


『ハント博士www』

『強そう』


 チャーリーはプルプルと震えている。頭を抱えて地面にうずくまってしまった。それをみた黒男はチャーリーをガシッと掴んで持ち上げた。


「こらチャーリー。どうした」


 チャーリーは顔を横に振って黒男と目を合わせようとしない。


「お前ビビってんのか? 一度ダンチェッカーをハント博士に取られたからってもうダメだとビビってんのか!?」

「ご主人様、言い過ぎです!」


『説教始まったwww』

『猫にガチ説教』

『どういう展開なのこれ』


 チャーリーは前足で顔を隠してしまった。


「チャーリー、よく聞け。失敗は誰にでもあるんだよ。失敗して当たり前なんだよ。でもな大事なのは失敗を恐れない心なんだよ。私もメル蔵にエロい事しようとして何回失敗したことか!」


『やべえ話になってきた』

『セクハラご主人様www』


「よしチャーリー、ここで待ってろ。今あいつらと話をつけてくるからな」

「ニャー」


 そう言うと黒男はチャーリーを地面に下ろすとハント博士とダンチェッカーの方へ歩き出した。ベンチの側まで行きなにやら話し込んでいる。しばらくすると戻ってきた。


「よし、話はついたぞ。ハント博士とチャーリーでタイマンで勝負して、勝った方の嫁になるって」


『なんで普通に猫と会話してるのwww』

『このご時世そんなことして大丈夫なのかwww』


 しかしチャーリーはプルプルと頭を抱えて震えている。完全にビビってしまっているようだ。そのチャーリーを再び抱え上げた。


「チャーリー、人生には戦わなくてはならない時が必ずある。今がそれだ! ロボット猫としてのプライドを見せろ!」


 チャーリーの震えが止まり目に光が宿った。ベンチからハント博士がゆっくりと歩いてくる。それをチャーリーは燃えるような目つきで睨んだ。


『一体何が始まるんだ』

『相手の黒猫でけえ!』


「いいか、勝負はドッヂボールで行う。一発勝負だ! ダンチェッカーは勝った方の嫁だ!」

「「ニャー!」」


 黒男はボールをチャーリーの足元に転がした。それをチャーリーは前足でしっかりと掴み持ち上げる。二本足で立ったチャーリーはハント博士を睨め付けた。その視線をハント博士は不敵な笑みで受け止めた。ハント博士も二本足で立ち上がり、前足の指をクイクイと動かしてチャーリーを挑発した。


「いけーチャーリー!」

「チャーリー頑張ってください!」


『猫が二本足で立つなwww』

『やべえwww』

『チャーリーがんばれー!』


 その時チャーリーが動いた。後ろ足のバネでジャンプをし空中で高速回転をする。バチバチと電流が迸り、回転による電磁力が発生した。その回転の風圧で黒男達は一歩後ろに押しやられた。

 そして回転の勢いを利用してボールが発射された。バチバチと放電するボールは一直線にハント博士に向かって突き進んだ。しかしハント博士は逃げようとしなかった。いや逃げるどころか逆にボールに向かって走った。そして飛び上がるとボールにドロップキックを炸裂させた。

 電磁力を帯びたボールに接触しハント博士の黒毛が逆立つ。ボールがたわみハント博士を吹き飛ばすかに思えたが逆にボールを弾き飛ばした。

 弾き飛ばされたボールはチャーリーの元へ吸い込まれるように向かっていき、見事チャーリーの顔面にヒットした。チャーリーは吹っ飛び、地面に仰向けに転がった。上に打ち上がったボールが地面にテンテンと音を立てた。


「チャーリー!」

「チャーリー!」


『チャーリー!』

『チャーリー( ; ; )』

『チャーリー……』


 ハント博士の勝利である。ダンチェッカーがハント博士に擦り寄りペロペロと黒毛を舐めた。そして二匹は公園の茂みの中へと消えていった。


「……」

「……」


『どうすんのこれ』

『なんなのこの番組』

『あ、チャーリーがこっち見てる』

『チャーリーこっちみんな』

『言葉が出てこない』

『チャーリーこっち見ないで』

『いやー! 見ないで!』

『チャーーーーリーーーー!!!』

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