第88話 ゲーム作ります! その一

 夕食後、黒乃は紅茶を啜っていた。鼻歌を歌いながら皿洗いをしているメル子の後ろ姿をじっと見つめた。そのメイド服の背中のリボンがふるふると上下に揺れている。


「実はさ、仕事でとんでもない事が起きてさ」


 メル子はカチャカチャと食器の音をたてながら背中で黒乃の話を聞いた。


「取引相手の会社が丸ごと夜逃げしちゃったんだよね」

「あらら」

「なんで夜逃げしたのかはわからないんだけどさ」

「よほど追い詰められたのでしょうね」


 黒乃はカップをグイッと傾けて紅茶をあおった。ふぅと息を吐き出しメル子の背中を見る。


「そんで人手が足りないから、メル子にも手伝ってもらおうかと思ってるんだよ」


 食器のガチャンという音が響いてメル子の動きが止まった。振り返り、テーブルに両手を勢いよくついて顔を黒乃に寄せた。


「私もゲームを作れるのですか!?」



 ——翌日の朝。

 メル子は黒乃の会社にいた。オフィスはスカイツリー付近のビルにある。


「あら、おチビちゃん。いらっしゃい」


 メル子に声をかけたのは桃ノ木桃智もものきももち、黒乃の後輩である。真っ赤な唇にピチッとしたスーツで身を固めている。


「おチビじゃないですぅー、メル子ですぅー」メル子は口を尖らせて抗議をした。

「こらメル子、ちゃんとして。今日は研修生じゃなくてアルバイトだからね。お金が発生するから」


 メル子は黒乃に連れられて十階のプランナールームに案内された。その部屋の照明は明るく、壁にはずらりと本棚が並べられている。逆に机は並べられてはおらず、皆思い思いの場所と姿勢で作業に没頭していた。

 メル子が室内に入り、簡単な紹介を済ませると即作業が始まった。


「いいかいメル子。ロボハザードの新イベントを取引会社に作成依頼出したんだけど、彼らどっかに逃げちゃったんだよ」

「ロボハザードの新イベですか!」


 メル子の顔が輝いた。

 

「だから仕方なく社内で分担して作業をしているんだけど、メル子には実際にプレイをしてもらって悪いところを洗い出して欲しい」

「ゲームプレイをしてお金も貰えるなんて夢のようなお仕事ですね!」

「まあやったらわかると思うけど、かなりしんどい作業だから覚悟して」

「お任せください! ロボハザードは知り尽くしていますから!」


 要点だけ告げて黒乃は別の部署に去っていった。メル子は早速モニターの前に座るとコントローラーを握りしめた。ボタンを押してゲームを開始する。


『ロボオォ ハザァードォ ナィイーン!』

 

「ぎゃあ! びっくりしました。タイトルコールが怖いのはバグです! もっと可愛くしてください!」


 メル子は新イベントのメニューを選んだ。


「なるほど、主人公ともう一人相棒を選んで進んでいくシナリオですね。これは楽しそうです!」


 相棒を選択する画面だ。選べるのは金髪の女スパイ、金髪のニンジャ、金髪の女空手家、金髪の女騎士、そしてマッチョメイドだ。


「なぜ金髪キャラばかりなのですか。被せすぎです。バグとして報告します。まともなキャラがマッチョメイドしかいません」


 当然メル子はマッチョメイドを選択した。次は武器を選ぶ画面だ。銃器や鈍器、トラップなど豊富な種類が用意されている。


「ここは当然刺股さすまたを選びます。最強武器ですから! あれ? 刺股が無い……どこを探しても有りません! どういう事ですか! バグです! 報告します!」


 メル子は仕方なく釘バットを選択した。


「マッチョメイドに釘バットはおかしいですよ。まあいいです。マッチョメイド! ちゃんとついてくるのですよ!」


 メル子が操作するマッチョポリスの後ろをズンズンと音をたてながらついてくるマッチョメイド。

 場所は夜の市中だ。ゾンボ(ゾンビロボット)の蔓延るロボーンシティから一般人を助けながら脱出するシナリオである。


「さあ早速ゾンボの登場です。市民がゾンボに襲われています」


 するとマッチョメイドがゾンボに向かって歩き出した。


「やる気まんまんですねマッチョメイド。ゾンボを蹴散らしておやりなさい!」


 マッチョメイドはゾンボに向かって釘バットを振るった。ゾンボと市民がまとめて吹き飛ばされた。


「なんで市民まで殴るのですか! 敵と味方の区別がつかないバグです! 報告します!」


 その時建物の中から壁をぶち破って人影が現れた。吹き飛ばされた瓦礫がゴロゴロと地面に転がった。


「ぎゃあ! 何ですか!? 追跡ロボ!? なんでこんな序盤からボスが出現するのですか!? バグです!」


 マッチョポリスは銃で追跡ロボを撃ちまくった。しかし追跡ロボは全く意に介さずに突き進んでくる。


「何ですかこれは!? 全く銃が効かないバグです! マッチョメイド助けて!」


 しかしマッチョメイドはまだ一般市民を釘バットで殴っていた。


「何をしているのですか!? マッチョメイド、一旦逃げます! 追跡ロボはバグで倒せないので逃げます!」


 マッチョポリスとマッチョメイドは地下鉄の構内に避難した。階段を降り地下鉄のホームへとやってきた。そこには生き残った市民達がバリケードを築いてシェルターを構築していた。


「まだこんなに市民が残っています。彼らを助けないと」

「お、シェルターまで来たんだ」


 黒乃がメル子の元へ戻ってきた。


「ご主人様! このゲームバグだらけですよ!」

「そりゃ開発途中なんだからバグはあるでしょ」

「ハァハァ、そういうものですか」


 ゲーム開発は四つの工程に分かれている。『計画』『設計』『実装』『テスト』だ。旧来型の開発手法では開発期間内にこの四つの工程を順に一回ずつ行う。これを『ウォーターフォール開発』という。

 それに対して計画、設計、実装、テストの四工程を一週間から一月の間に行い、それを何順も繰り返して開発を進める方式を『アジャイル開発』という。

 ロボハザードの開発にはアジャイル方式を取り入れている。この方式の良いところは仕様や要件の変更に柔軟に対応できる点だ。


「だからメル子がどんどん要望を言ってくれれば、それを取り入れてどんどんいいゲームになっていくから。よろしく」

「なるほど! わかりました!」


 再び黒乃は去っていった。メル子はメイド服の袖を捲り上げ気合を入れ直した。


「さあマッチョメイド、行きますよ! シェルターの市民を避難させるのです!」


 メル子が操作するマッチョポリスを先頭に、マッチョメイドをしんがりにして市民を守りながら進んでいく。地下鉄の線路内は薄暗く、いつゾンボが現れるのか予測がつかない。時々マッチョメイドが釘バットを振るうと市民が吹っ飛んだ。


「ハァハァ、暗くて怖いです。灯りが無いのはバグですか?」


 マッチョポリスは地上へと繋がる通路を発見した。


「皆さんここから地上に出ます! 外にはゾンボが溢れていますので覚悟してください!」


 一行はゾンボを蹴散らしながら進んだ。爆発炎上しているガソリンスタンドの脇にバスが停車しているのを発見した。


「皆さん! あのバスに乗り込みます! 急いでください。走って!」


 市民を無事バスに乗せたマッチョポリスはドアを閉めた。


「やりました! これで空港に行きましょう。誰か運転を頼みます!」


 その時炎上しているガソリンスタンドの中から大きな人影がヌッと現れた。追跡ロボである。


「ぎゃあ! 出ました! 追跡ロボです! 早く! バスを出して! 誰か!? これだけ人数いて誰も運転免許を待っていないのですか!? バグです!」


 するとマッチョメイドが運転席に座った。エンジンをかけシフトレバーを華麗に操作する。


「マッチョメイド!? あなた運転ができるのですか?」

「おで 大型二種免許 もってる」

「有能! 出発してください!」

「みぎよし ひだりよし 発車します」

「この状況で安全確認! 偉いですけれども!」


 バスはゆっくりと走り出した。追跡ロボがバスを走って追いかけてくる。するとバスは停車した。


「マッチョメイド!? 何故止るのですか!?」

「乗り遅れた人 はしってくる おで まつ」

「あれは敵です! 早く走って!」


 マッチョポリスは窓から身を乗り出して追跡ロボを銃撃した。足を打ち抜き転倒させた。


「今です! 飛ばしてください!」


 しかしバスはのろのろとしか走らない。


「何をしているのですか? もっとスピードを出して!」

「ここ 通学路 制限速度 二十キロ」

「もう学校は滅びています! いいからスピードを出して!」


 バスは速度を上げて走り出した。みるみるうちに追跡ロボを引き離していく。


「ふう、これならもう追いつかれることはないでしょう。助かりました」


 しかしバスはまたもや停車した。


「今度は何ですか!?」

「赤信号 おで とまる」

「もう法律は無視してください!」


 バスは空港へとやってきた。フェンスを突き破り滑走路へと侵入する。


「ここで飛行機に乗って逃げます。皆さん速やかに乗り込んでください!」


 一行は飛行機に乗り込んだ。しかし重大な事に気がついた。


「誰が飛行機を操縦するのですか!? お客様の中にパイロットはいませんか!?」

「おで 定期運送用操縦士の資格 もってる」

「有能!」


 キキィー!という音が滑走路に響いた。軽トラが飛行機に向かって接近してきた。追跡ロボが運転している。軽トラは乗ってきたバスに激突し燃え上がった。


「ぎゃあ! 追跡ロボです! しつこい! バグです! ここで倒さないと飛行機が飛べません!」


 マッチョポリスは滑走路に降りて戦う覚悟を決めた。


「ありったけの弾薬を使います!」


 マッチョポリスはグレネードを投げ、マシンガンを撃ち込みまくった。しかしそれでも追跡ロボは倒せない。ズシンズシンと近づき、とうとうマッチョポリスは捕まってしまった。首を掴んで持ち上げられた。足をバタバタと振って抵抗するがびくともしない。


「もう私はダメです! マッチョメイド! 私を置いて飛行機を出してください! 市民を守って!」


 しかしマッチョメイドは操縦席を離れてマッチョポリスの元へ走ってきた。


「マッチョメイド!?」

「おで マッチョポリス まもる」


 その時奇跡が起きた。マッチョメイドの体が光り輝き、宙に浮いた。そしてその体が一本の棒に変化したのだ。


「マッチョメイドの体が……刺股に!?」


 マッチョポリスは光り輝く刺股を掴むと頭上でくるくると回転させた。そして先端で追跡ロボの胴体を挟み込む。そのまま刺股により地面に固定された追跡ロボに必殺のパンチを繰り出した。

 その凄まじい衝撃により追跡ロボの体は粉々に砕け散った。


「やりました! 追跡ロボを倒しました!」

 

 光り輝く刺股が変形し、マッチョメイドの姿に戻った。地面に倒れたまま動かないマッチョメイドに駆け寄った。


「マッチョメイド! しっかりしてください!」

「おで がんばった でも ここまで」

「マッチョメイド! 一緒に逃げるのです!」

「マッチョポリス いく みんなを たすける」


 そう言い残しマッチョメイドは息を引き取った。


「マッチョメイドー! そんな……マッチョメイドが……これはバグです!」


 しかしいつまでも悲嘆に暮れてはいられない。市民を助けるという使命があるのだ。マッチョポリスは飛行機に乗り込んだ。


「あれ……これ……誰が飛行機を飛ばすのですか?」


 画面に『ゲームオーバー』の文字が表示された。メル子は呆然とその画面を見つめた。


「お、終わったみたいだね」黒乃が再び戻ってきた。「どうだった?」


 メル子はプルプルと震えながら黒乃を見つめて言った。


「これクソゲーです」

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