第61話 メイドロボ戦争です! その二
朝にも関わらず既に多くの客がメル子の南米料理屋『メル・コモ・エスタス』とアンテロッテのフランス料理屋『アン・ココット』に詰めかけていた。
今日、ここでメイドロボ戦争が行われるのだ。メル子とアンテロッテ、どちらが美味しい料理を作れるかの勝負である。
事前にネットワークで告知を行い参加者を募った。現場には大勢の参加希望者が殺到した。抽選の結果選ばれた猛者ども百名の投票によって勝敗が付く。彼らはメル子とアンテロッテの料理を両方食べ、美味しいと思った方に投票を行う。
メル子、アンテロッテ両名ともそれぞれの店で仕込みを行なっている最中だ。テキパキとした作業で熟練の雰囲気を見せるメル子に対して、今日が初日のアンテロッテの動きはぎこちない。
黒乃とマリーは彼女達の手伝いは行わずに、特別審査員として投票をする。
黒乃は通りからカウンター越しにメル子を覗き込んだ。
「メル子〜、準備はいいかな〜。そろそろ開始の十二時になるからね〜」
「お任せください! 順調です!」
メル子は青いメイド服の裾をまくりあげて生地で何かを包んでいる。それをオーブンで焼いているようだ。
マリーも同じようにアンテロッテの様子を窺っている。
「アンテロッテ〜、調子はどうですのー?」
「完璧でございますわー、お嬢様。絶対負けませんわよ」
「「オーホホホホ!」」
アンテロッテ側も問題ないようだ。
開始時刻が差し迫り、投票を行う猛者どもが列を作り始めた。五十人ずつに分かれてそれぞれの店の前に並ぶ。
「よう、大変なことになってるな」イタリア人風のロボットが黒乃に声をかけてきた。
「あ、オーナーのクッキン五郎さん。ども、えへえへ」
メル子の店のオーナーである料理ロボのクッキン五郎だ。
「メル子ちゃん結構負けず嫌いだからな。相当気合い入ってるぜ。同じメイドロボ同士仲良くやりゃあいいのによ」
「えへへ、ほんとそうなんです。うちのメル子は。えへへ」
メル子側の列をよく見るとヴィクトリア朝メイド服を着た人形のように美しいメイドロボが並んでいるのが見えた。
「あ、ルベールさん。来てくれたんですね。えへえへ」
「黒乃様、おはようございます」ルベールは手を前に揃えて優雅にお辞儀をした。
「今日はお二人のお料理楽しみにして参りました」
「えへえへ、美味しいので食べていってください」
「投票はしっかり味で決めますのでご心配なく」
「うひひ、お願いします」
正午になりいよいよ勝負が始まった。料理の提供が開始される。料理は双方とも千円固定だ。
「お待たせ致しました! メル子特製紅白サルテーニャです! お熱いので気をつけてお召し上がりください!」
「お待たせ致しましたわー! アン子特製お嬢様ガレットですわよー! ほっぺた落ちないように召し上がりゃんしー!」
ゆっくりと列が進み始めた。
「どれどれ。私も並んで食べるか」黒乃はメル子の列の最後尾に並んだ。
「メル子ー来てやったぞー」
「キャキャキャ! 巨乳メイドロボが飯作ってるー!」
「あー! 近所のクソガキども。私の方に投票しないと隅田川に投げ捨てますよ!」
「山屋は山に登るから山屋なんだ……」
「あら、登山ロボのビカール三太郎さん。来てくださったんですのねー!」
「死んだら……ゴミだ」
「山言語は全くわかりませんわー! オーホホホホ!」
順調に列がはけていく。みな幸せそうに料理を食べているようだ。黒乃の番が回ってきた。
「ご主人様! お待ちしておりましたよ! さあメル子特製紅白サルテーニャをどうぞ!」
「うおっ! なんだこれ!!」
黒乃が受け取った皿にはデカい餃子が二つ乗っていた。
「その二つを交互に食べてくださいね!」
サルテーニャとはボリビアの料理で見た目は餃子に近い。小麦粉の生地の中に肉類を刻んで入れ、オーブンで焼き上げる。
「二つあるけど色が違うな。白い方と赤い方」黒乃は赤い方を手で掴み齧り付いた。
「これはカレー味の餡が入ってるのか! ゴロゴロとした牛肉が柔らかい! あ、辛い! 結構辛いぞ。そして苦い! ビターな大人のカレーだこれ!」
次に白いサルテーニャを手に取り齧り付いた。
「むむっ!? これは塩味の鶏肉だ! 中にゼラチンが仕込んであってトロトロとした塩気が強い餡とカリカリの生地の相性が抜群だ! でも結構塩気が強いな」
再び赤いサルテーニャに齧り付いた。
「これは!? さっきよりうまい!? 何故だ? そうか! 白い方の塩辛さによって無性に苦いものが食べたくなるように誘発されているんだ! そして辛くて苦いものの後には、塩辛いものが食べたくなる!」
黒乃は白と赤のサルテーニャに交互に齧り付いた。
「白と赤がお互いを引き立て合っている! これぞまさに旨さの二重螺旋構造だ!」
続いてアンテロッテの料理だ。
「やっほーアン子」
「黒乃様。お待ちしておりましたわー! さあアン子特製お嬢様ガレットを召し上がってくださいましなー!」
「いただくよ」
黒乃が受け取ったのは見た目はほとんど昨日と同じガレットであった。スプーンが付属している。
「昨日のよりも厚さがあるな? 前のは手で掴んで齧り付いたけど今回はスプーンで食べるのか」
ガレットの中にはたっぷりとチーズが敷かれておりその上に半熟トロトロの目玉焼きが乗っている。
その目玉焼きにスプーンを突き立てるとボコっとガレットの底に穴が空いた。
「なんだこれ!? 中が空洞になってる? いや違う! 二層構造になっているんだ! ガレットの上にガレットが乗っている!」
下の層にはトロトロのシチューが入っている。上の層の卵とチーズがゆっくりと下の層のシチューに滴り落ちていく。
「うおおお! 下の層には熱々トロトロ具沢山のシチュー! うまい! シンプルで上品な味だ! そこへ上の層からのご来客によりシチューに濃厚さが加わっていく! 時間と共に味が変わっていく仕組みだ! これぞまさに味の地殻変動!」
「オーホホホホ! 卵、チーズ、シチューは全部お嬢様がお好きな食べ物ですのよー! エスカルゴは嫌いなので外しましたわ」
「マリーはお子ちゃまだなー」
「違いますわー!」マリーが慌てて弁解をした。
百人の猛者ども全員が食べ終わった。この猛者どもに黒乃とマリーを加えた102人の投票で勝負が決まることになる。
メル子と書かれた投票箱、アンテロッテと書かれた投票箱が通りの真ん中に設置された。猛者どもが次々と投票箱に札を入れていく。
見ている限りでは票数は互角のように感じる。
「さあ、メル子、アン子。恨みっこなしだからね」
「もちろんです!」
「負けませんわよー!」
全ての投票が終わり、集計作業に入る。黒乃とマリーがそれぞれカウントを行った。マリーの顔が青ざめている。
「それでは結果を発表します」黒乃が厳かに言った。
「ここまでの結果は51対50でメル子の優勢!」
「やった! やりました! ご主人様! メル子の勝利です! あれ? ここまで? というか票が一票足りない……」
猛者どもがざわざわし始めた。
「誰ですか!? 票を入れていないのは? 出てきてください!」メル子は周囲をキョロキョロと見渡した。
「落ち着きなさいメル子。票を入れていないのは私だよ」黒乃が札を掲げてみせた。
「なんだご主人様がまだだったのですか。良かった。どちらにしろ私の勝ちですね!」
しかし黒乃はアンテロッテの箱に札を入れた。ざわめきがより大きくなった。
「何故です!? ご主人様! メル子の料理よりアン子さんの料理の方が美味しかったというのですか!?」
メル子は黒乃に詰め寄った。
黒乃はかぶりを振った。
「いいや、どっちも最高に美味しかったよ。だからどっちに入れても良かったんだよ」
「じゃあなぜアン子さんの方に!」
「ごめんね。やっぱりメル子とアン子が争ってるのが見てられなくてさ。決着つけて欲しくなかったんだよ」
「そんな……」
「黒乃様……」
メル子は両手を握りしめて黒乃を見つめた。その目には涙が溜まっている。
「でも、でも私はご主人様のメイドロボだから! ご主人様のメイドロボは世界一のメイドロボじゃないといけないんです! 世界一美味しい料理を作らないと!」
黒乃はメル子を優しく抱きしめた。
「何言ってるのさ。メル子は世界一のメイドロボだよ。うちに来たあの日からずっとね」
メル子は黒乃の背中に腕を回しその胸に顔を埋めた。
周囲から拍手が巻き起こる。
「へへへ、じゃあ今日は引き分けって事だな。良かった良かった」クッキン五郎も拍手をして祝福した。
「さ、メル子。アン子と仲直りして」
「はい……」
メル子はアンテロッテの前に進み出た。二人が見つめ合う。
「アン子さん。これからは仲良く店をやっていきましょうね」
「オーホホホホ! もちろんですわー! よろしくお願いしますわー!」
より盛大な拍手が二人を包む。
「さあ! ハグして! 仲直りのハグ!」黒乃が促す。
メル子とアンテロッテが歩み寄りハグをしようとしたその瞬間、「今だ!」
黒乃が二人の間に頭を差し込んだ。
黒乃の右の頬にはメル子の
「うおおあお! きたー! 右には『I』すなわち『愛』! 左には『G』すなわち『重力』! そしてGとIの間にあるのは『H』! H……エイチ……『叡智』! 我は今、愛と重力によりて叡智を得たり!」
黒乃は真理に至った。
「「G、H、I! G、H、I! G、H、I!」」
こうして浅草メイドロボ戦争は幕を閉じたのであった。
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