前のエピソード――第61話　メイドロボ戦争です！　その二

　ある日の夕方。白ティー丸メガネおさげ長身のお姉さん黒ノ木黒乃（くろのきくろの）とその金髪巨乳低身長メイドロボメル子は買い物袋を抱えて道を歩いていた。

「フンフフーン、今日は楽しいステーキ鍋〜。ご主人様のステーキ鍋〜。グツグツグツグツ煮込みます〜。ツルペタメガネが煮込みます〜」

　メル子は紙袋を抱えながら器用にスキップしている。青い和風メイド服のフリルがついた裾が上下に踊る。

「おっ、そんなにステーキ鍋楽しみなんだ」

「もちろんですよ。月に一度の贅沢ですし。ご主人様の得意料理ですものね」

「ムフフ、黒ノ木家に代々伝わるステーキ鍋。ご堪能めされい」

「はい！　お腹いっぱ……キャア！」突然メル子が悲鳴をあげた。

「なんだ！？」

　振り返って見ると幼女がメル子の袴（はかま）を掴んで引っ張っていた。

「え？　誰？」黒乃は驚いた様子で幼女を見つめた。

　明るい色の癖っ毛のショートヘアがくるくると四方八方を向いて飛び跳ねている。幼女にしてはシュッとした顔立ちだが、どこか大人しいというか暗い雰囲気を漂わせている。

　フワリとした白いシャツに赤いサロペットスカートが可愛らしい。腕にはクマのぬいぐるみを抱えている。

「お嬢ちゃんどなたですか？」メル子が膝をついて幼女に視線を合わせて尋ねた。

「アタシ紅（くれない）」

「紅（くれない）？　カッケー！　なにその中二ネーム！」

「ホントは紅子（べにこ）」

「紅子（べにこ）かい。いきなりソウルネームを名乗るとはやるなこの子」

　紅子はメル子の裾を掴んで離さない。グイグイと引っ張っている。

「メル子、おうち帰る。こっち」

「え？　メル子を知ってるみたいだけど、知り合いなの？」

「知りませんよ！　紅子ちゃん、年はおいくつですか？」

「三十六歳」

「マジで！？」

「ホントは五歳」

　メル子は紅子の癖っ毛を撫でながら尋ねた。

「ママはどこにいますか？」

「ママはお仕事（暗殺）してる」

「ルビがおかしい！　なんなんこの子！？」

　紅子は再び裾を引っ張りながら言った。「メル子のご主人様は紅だから、おうち帰る〜」

「なんだと！？　メル子のご主人様は私じゃい！」

「ご主人様、落ち着いて！　ちびっ子相手ですよ」

　メル子は紅子を庇うように黒乃から隠した。

「まさかまたご主人様設定が書き変わったとかじゃないよね？」

「ご心配なく。正常です」

　新ロボット法によってマスターが変わる条件は定められている。

　一、マスターが死亡、失踪した場合

　二、マスターが刑務所に服役した場合

　三、それ以外の事由により裁判を行い、認められた場合

「なんだろう。ひょっとしてこの子、メイドロボが欲しいのかな」

「ごめんね、紅子ちゃん。私はこっちのメガネのお姉ちゃんのメイドロボだから、紅子ちゃんのお家には行けないの。ママにおねだりしてみてね？」

「や〜だ〜。メル子うち来て〜」

「てかなんでこの子、メル子の事知ってるんだろ」

　紅子は腕に抱えていたクマのぬいぐるみを差し出した。丸々と太ったクマで青と白の宇宙服に身を包んでいる。とても大事に手入れされているようだ。

「モンゲッタがメル子の事教えてくれたの。モンゲッタがメル子は紅のメイドロボだって」

「モンゲッタ！？」

「モンゲッタはテレビアニメのキャラクターですね。夕方に放送しています。悪の科学者の手先で、主人公のニャンボットにいつもちょっかいかけてきます」

　紅子はモンゲッタを掴んで「ブイーン」と空を飛ばせるような動作をしている。

「悪役のぬいぐるみを買ってもらう幼女ってすごいな」

「紅、モンゲッタ買ってないもん」

「じゃあ貰ったのかな？」

「モンゲッタ、紅のおうちに飛んできた」

「ぬいぐるみが飛ぶわけないでしょ」

「モンゲッタ飛ぶもん！」

　紅子はモンゲッタの腕を掴むとブンブンと振り回し始めた。

「こらこら、腕がもげるから」

「モンゲッタ飛んでった！」幼女は叫んで空高くモンゲッタをぶん投げった。

　するとモンゲッタは手足を伸ばして飛行体制になると背中にプロペラを生やした。そのまま黒乃達の周りをグルグルと旋回した。

「最近のぬいぐるみすげー」

「こんな高度なおもちゃ売っていますか？」

　するとモンゲッタは滑空体制に入るとそのままメル子のおっぱいに着陸した。

「ぶっ壊れったにしてやろうか！！！！」

「ご主人様！　おもちゃ相手にキレないでください」

　メル子は「はい、どうぞ」と紅子にぬいぐるみを渡した。

「そんで？　そのぬいぐるみがメル子は紅子のメイドロボだって言ったの？」

「うん」紅子がぬいぐるみを抱えながら言った。

「ぬいぐるみが喋るわけないでしょ」

『お前を貧乳ロボにしてやろうか』

「誰が貧乳じゃい！！！」

「今喋ったの誰です！？」

「「……」」

「紅子、ちょっとそのぬいぐるみ叩き壊すから貸してもらえる？」

「や〜だ〜」

　紅子は再びメル子の袴を引っ張り始めた。「メル子〜うち来る〜」

　黒乃とメル子は顔を見合わせて頷いた。

「紅子ちゃん、お家はどこなのですか？」

「あそこ」と指を差す。

「え！？」「え！？」

　指の先には黒乃の住んでいるボロアパートがあった。

「紅子ちゃん、あの小汚いアパートに住んでいるのですか？」

「うん」と頷く。

「いや、一度も見た事ないけどな……」

　二人は紅子に引っ張られるままにボロアパートの部屋の前まで来た。そこは黒乃達の部屋の反対側の角の一階の部屋であった。

　紅子は扉を開けた。二人が中を覗き込むとそこには生活感のない部屋が広がっていた。部屋の電気は付いておらず夕方の光もカーテンに遮られて入ってこない。かなり薄暗い。

　部屋の中央には机が一つと椅子が二つ。その内一つは子供用だ。床にはダンボール箱がいくつか。キッチンには洗い終わった皿が水切りに数枚並べられている。

　コンロの上にはヤカンが置いてある。壁にはボロボロのフライパンが掛けられている。

　二人は玄関に足を踏み入れた。女性用の革靴が一足綺麗に揃えられている。紅子の話ではママは仕事中で家にはいないはずである。

「ごめんくださーい。紅子ちゃんのママいますか〜」

「紅子ちゃんを連れて来ました〜」

　二人は恐る恐る声をかけるが何の応答も無い。

　その時部屋の扉がバタンと大きな音を立てて閉まった。

「ぎゃあ！」メル子は黒乃にしがみついた。

　黒乃が扉を見ると紅子が消えていた。「あれ？　紅子どこ？」

　黒乃はドアノブを掴んで回そうとした。しかしドアノブは回らない。反対側からすごい力で押さえつけられているようだ。

「ぎゃあ！　ご主人様！　部屋から出ましょう！　開けて！　早く開けてください！」

「開かない！　何で？　ちょっ……紅子なの！？」

　その時部屋の中から謎の声が聞こえてきた。

『ふふふふ、メル子〜もう逃さないよ〜』

　振り返ると机の上に何か小さな影が見えた。動いている。モンゲッタだった。モンゲッタが机の上に立って二人を見ている。

『さあメル子〜。貧乳ロボになる時が来たよ〜』

「ぎゃあああああああ！　ご主人様！　出ました！　お化けロボです！　助けて！　ご主人様！　メル子だけでも助けて！」メル子は恐怖のあまり絶叫して黒乃の白ティーの中に頭を突っ込んで怯えた。

「ドアが開かない！　なんで！」

　モンゲッタが机から飛び上がりプロペラを使って宙に浮いた。そのままゆっくりと二人に迫ってくる。

「ぎゃあああああ！」

　その時唐突にドアが開いた。二人はその勢いで部屋の外に転がり出た。持っていた買い物袋の中身が盛大に散らばった。

　部屋の外には腰の曲がった老婆が立っていた。地面に寝転んでいる二人を訝しげに見つめている。

「二人ともどうしたんじゃ？」

「大家さん！」ボロアパートの大家夫婦の奥さんであった。

「大家さん！　助けてください！　モンゲッタが！　モンゲッタに乳をもがれったされてしまいます！　助けて！」

　大家は部屋を見渡した。しかし何もない。

「何もおらんよ？」

「あれ？」二人は恐る恐る部屋の中を見た。しかしそこにはもうモンゲッタの姿は無かった。

「そうだ！　紅子は？　大家さん、この部屋に住んでいる紅子はどこに行きました？　今いたんですけど」

　黒乃は辺りをキョロキョロ見渡したが紅子の姿は無かった。

「この部屋に住んでるって、ここはずっと空き部屋じゃよ」大家は扉を閉めて鍵を掛けた。

「二人ともどうやって部屋の中に入ったんじゃ」

「え？」黒乃とメル子は腰を抜かしてまだ立ち上がる事ができない。

「でもいまここに紅子が……」

「紅子……？　そういえば昔そんな名前の子がここに住んでいた気もするのう。いや気のせいじゃったか」

　大家は自分の部屋に帰っていった。二人はそれを呆然と見送った。そして地面に散らばった買い物袋の中身を払い集めると、マリーの部屋の前まで来てドアベルを鳴らした。

「あら、お二人ともどうしましたの？　すごい顔色ですわよ。ステーキ鍋パーティ？　楽しそうですわー！　アンテロッテと一緒にお邪魔させてもらいますわー！　え？　お泊まりもするんですの？　何でですの？　ちょっと！　離して欲しいですわ！　掴まないでくださいまし！　わかりましたわ！　泊まりますわ！　二人で泊まりに行きますわー！」