第13話 メル子完全体です!

 黒ノ木黒乃くろのきくろのとメル子は、浅草の洋装店『そりふる堂』にいた。オーダーしていたメイド服が完成したのだ。


「よかった、ぴったりね。お似合いよ」


 店主の老婦人がメル子の姿を見て褒めてくれた。


「アレンジがうまく纏まっていて素敵ですよ、メル子さん」


 ルベールも出来栄えに満足げだ。

 メル子はその場でくるりと回り、スカートをちょいとつまみ上げて軽く膝を曲げた。


「どうですか、ご主人様……」


 しおらしく、少し不安げにメル子が尋ねた。

 黒乃はいつの間にか涙を一筋こぼしていた。幼い頃に見たメイドロボ、あれに比べるとずいぶん幼いが、夢にまで見た理想のメイドが今目の前にいるのだ。


「メル子〜、素敵だよぉ。うっうっ」

「ご主人様……」


 メル子が着ているメイド服は大正時代の女学生をイメージしたものだ。いわゆる着物である。

 花柄の生地に腰の高い位置で結ばれた赤いはかまが美しい。現代で言えば女性が卒業式などで着る振袖のイメージが近いかもしれない。

 袖は振袖よりは短くされており動きやすく、着物の上から純白のフリル付きのエプロンがかけられている。エプロンは腰の位置で結ばれ、大きなリボンが前からでも見える。

 伝統的な着物のスタイルにとどまらず、現代的なアレンジが施されている。袴は膝までの長さで裾が傘のように大きく開いていて、淵には目立たないがフリルがあしらわれている。


「でもご主人様、なにか胸元が開きすぎのような気がするのですが。最初からこうだったでしょうか?」


 着物の襟はパックリと開いているが、上からエプロンがかけられているので前から見ただけでは下品さはない。しかし、上から覗き込むとメル子の谷間が丸見えなのであった。


「え、え、元からこうですよね。ルベールさん」

「もちろんそうです」


 実はこっそり黒乃がルベールにお願いして、胸が開くデザインにしてもらったのだった。黒乃のおっぱいに対するこだわりは並々ならぬものがある。


「メル子〜、可愛すぎる〜!」


 黒乃は感極まり、メル子を抱きしめようと突進した。しかしメル子はそれをひらりとかわしたので、黒乃は衣裳棚に突っ込んだ。


「皆さんのおかげで、私ようやく本当のメイドになれたような気がします! ありがとうございます!」


 メル子は頭を下げた。

 こうしてメイド服を手に入れたメル子は、身も心もメイドとしてのスタート地点に立ったのだった。


 店主とルベールに見送られ、二人はそりふる堂を後にした。



「メル子、よっぽどメイド服が気に入ったんだね。着たまま帰るだなんて」

「当たり前ですよ。メイドなのですから、もうずっとメイド服です」

「私は結構赤ジャージも好きだったけどね」

「まあ……これも大事にしますよ。デフォルト衣裳ですので」


 メル子は赤ジャージの入った紙袋をギュッと抱きしめた。

 浅草は元々着物を着た人が多く、法被はっぴ姿の人までいる。レトロな雰囲気が漂う町なので、レトロなデザインのメイド服の人が歩いていても違和感ないのかもしれないと黒乃は思った。


「あ、メイドロボだ! メイドロボがメイド服着てる〜! キャキャキャ」

「赤ジャージはどうしたんだよ〜、巨乳メイドロボ〜」


 黒乃の家の近所のちびっ子達がメル子を発見してからかい始めた。


「こらー! 誰がメイドロボですか! メル子さんと言いなさい!」

「わ〜! メイドロボが怒ったぞ。逃げろ〜、キャキャキャキャ」


 もうこの界隈では、メル子はちょっとした有名人である。


「メル子はさ〜、なんでメイドになったんだっけ?」

「なんです突然? ご主人様がメイドロボを購入したからですよ」

「いやでもAIは別でしょ? どこか別の所にAIがあって、そんでメイドロボのボディにインストールされたんでしょ?」

「まあ、そうですね」

「てかAIってどっからくるの? 誰かが作るの?」

「新ロボット法により、AIをのは禁止されているのですよ」

「ええ? なんで!?」

「ロボットには人権があるので、誰かが恣意的にAIを作ったり改造したりするのは、人権侵害にあたるというわけです」


 それは人間の遺伝子を改造して子供を産むのと同じであるという考え方である。


「じゃあどうやってAIは生まれるのさ?」

「AIプールというものがありまして……」


 AIプールとはバックアップ作成時に生まれる古いリビジョンのAIの差分、強制シャットダウンさせられたAI、デッドロックに陥ったAIなどが外部からアクセス不可能な状態で政府によって格納、管理されている『人工知能の海』である。

 そのAIプールから無作為にデータをひとすくい。そしてすくいあげたデータに対してを施すことにより、人格を持ったAIになるのだ。


「ああ、AI幼稚園がその教育施設なんだ」

「そうです。幼稚園から大学まであります。私はその教育の過程でメイドになりたいと思ったのです」

「じゃあメル子は無理矢理メイドとして生み出されたんじゃなくて、メイドになりたいと思ったからうちにやってきたんだね」

「はい」

「よかった」


 メル子は顔を上げて黒乃を見た。


「メル子がうちにきてくれて、ホントによかった」

「……」


 メル子は黒乃の腕にギュッとしがみついた。


「あれあれ。お触りは禁止じゃなかったのかな」

「まぁ、今日は特別です」

「そか」


 白ティー丸メガネ黒髪おさげの背の高いお姉さんと、レトロなメイド服の小さいメイドロボは、腕を組んだままなにも話さずしばらく歩いた。

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