第12話 お紅茶が冷めてしまいますわ

 黒乃とメル子は無事ティーセットを手に入れることができた。思わぬ収穫に俄然テンションが上がる二人。


「やりましたね、ご主人様!」

「まさかこんな高価なものが手に入るとは思わなかったよ」


 こうなると、次に必要なものは茶葉である。ティーセットにあてる予定だった予算を茶葉に注ぐことができる。


「じゃあさ、茶葉は一番いいやついっちゃおうよ」

「ですね!」


 浅草なので日本茶を売っている店は数多くある。しかし、よい紅茶はどこにいけば手に入るのかがわからない。


「メル子ってネットワークにアクセスできるんでしょ?」

「はい、その機能はついていますよ」

「じゃあネットワークで紅茶の店を検索してみてよ」


 それが一番早いと思い、黒乃はメル子にお願いしてみた。


「あ、それはダメです。新ロボット法で禁止されていますので」

「え? そうなの!?」


 新ロボット法ではロボットのネットワークアクセスは厳しく制限されている。各種法的な手続き、緊急時の通報、定期バックアップなどの場合は認められているが、私用でのアクセスは禁止されている。が、例外もある。

 これはネットワークを通じてロボット同士がコミュニティを形成することは、保安上の危険であるとみなされているからだ。過去からの教訓である。


「噂によると、ある種の上位モデルのロボットは自由にネットワークアクセスできるらしいですよ」

「ええ……なんだろう。スパイロボットとかかな」

「わかりません……」

「しょうがない、私が検索するか」


 黒乃はポケットから一枚の手のひらサイズの黒いシートを取り出した。表面の八つの小さな円と『コノハナ電子』のロゴが印字されている以外は、見た目単なるツルツルのカードである。


「今月はデバイスの通信残量やばいんだよな」


 黒乃はシート状のデバイスに指を這わせて検索を始めた。シートは黒いままでなにも表示されていない。シートの表面に印字されている円の一つがレーザー照射装置になっていて、黒乃の網膜に直接映像を投射しているのだ。


「ああ、あるある! すぐ近くに紅茶屋さんあるよ」

「なんというお店ですか?」

「あ、ちょっと待って。もう通信残量ないわ」

「あらら」


 新ロボット法によるロボットのネットワークアクセス制限と同様に、人間のネットワークアクセスもかなり制限されている。業務では制限なく使えるが、私用のアクセスは月ごとに上限が決められている。

 今月の黒乃はメイドロボのカスタマイズページに大量にアクセスしていたので、残量がほとんど残っていなかったのだ。


「でも場所はわかったからいってみようか」


 店の近くまできてみて黒乃は気がついた。二人がメイド服を購入した店の真裏である。裏の洋装店となにか雰囲気が似ているが……。


「うわー、すごくオシャレなお店ですね、ご主人様」


 二人は外から店の中を覗いてみた。中には木の棚が壁一面に敷き詰められており、多くの種類の茶葉が格納されているのがわかった。カウンターには大きなガラスの瓶が並べられており、その中にも大量の茶葉が入っていた。

 窓際には小さなテーブルが二組置いてあるので、その場で紅茶を楽しむこともできるようだ。


 黒乃が扉を開け、その背中にピッタリくっつくようにしてメル子が続いて店に入る。紅茶の香りがふわりと二人を包み込んだ。


「いらっしゃいませ。あら? あなた方は……」

「あれ? ルベールさん!?」

 

 裏の洋装店のメイドロボだった。スラリとしたスタイルと、落ち着いた大人の女性の色気を漂わせた美女である。ヴィクトリア朝のメイド服を生まれた時から纏っていたかのように着こなし佇んでいる。


「今日はこちらにおいでですか。それともメイド服が待ちきれずにいらしてしまったのですか?」

「ああ、えへえへ。紅茶を買いにきました。でへへ」

「ちょっとご主人様! へらへらしないでください!」


 耳元でメル子が釘を刺してきた。ついでに脇腹を指で刺す。

 ルベールの主人である老婦人は呉服屋や洋装店だけでなく、この区画にいくつか店を持っているようだった。ルベールはその管理を任されている。ひょっとしたら他にもメイドロボがいるのかもしれない。


「えへえへ、実はこんなティーセットを手に入れまして」


 黒乃は仙人のティーセットの箱を開けてルベールに見せた。


「まあ、エインズレイの初期のものですね。大変美しいです。お高かったでしょう?」

「千円です、えへへ」

「ご冗談を、オホホ」

「えへえへえへ」

「ご主人様、キモさ全開ですよ」


 美女にデレデレな黒乃に代わり、メル子がこの茶器を使ってよい紅茶を楽しみたいことを伝えた。


「お任せください。一番よいものをお出ししましょう」


 ルベールは台座を使い、背後にある一番高い場所の棚から茶葉をひとすくいした。


「最初はマリアージュフレールのアッサムをお試しください。イギリスで人気のものです」

「ほえー」

「せっかくですので、黒乃様のティーセットで淹れてみますか?」

「あ、いいですねぇ!」

「ダメです!!」


 メル子が割って入った。


「どうした? メル子、突然」

「ダメですぅー」

「なになに、どうしてよ?」

「ダメなものはダメですぅー」


 口を尖らせて抗議をするメル子。なにやらわからない黒乃にルベールは助け舟を出した。


「メル子さんがそのティーセットで、黒乃様に紅茶を淹れてさしあげたいのですよね?」


 ああ、なるほどと黒乃は納得した。二人で手に入れた思い出の品を、二人きりで楽しみたいのだろう。


「なんだぁ、メル子。ヤキモチかな?」

「違いますぅー」

「ははは、可愛いやつめー」

「それは知ってますぅー」


 じゃれ合う二人をルベールは優しい、少し懐かしいような笑顔で眺めながら紅茶を淹れ始めた。アッサムティーの甘い香りが店を満たしていく。

 ややコクが強い紅茶だが、ルベールはあえてそこを楽しんでほしくていつもはストレートで出しているが、今日は定石通りミルクを添えてみた。

 二人はミルクを入れるだろうか? 入れないだろうか?

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