第11話 買い出しに行きましょう!

 仕事終わりの夜。二人は綺麗に片付いたテーブルに向かい合って座っていた。


「ねぇメル子、この部屋殺風景じゃない?」

「そうですね。なにもありませんから」


 メル子の活躍で小汚い部屋が嘘のように綺麗になったものの、代わりになんの飾り気もないガランとした部屋になってしまった。


「なにか、お洒落なアイテムがほしいよ〜」

「お洒落なアイテムとはなんでしょうか?」


 そう言われると答えに困ってしまう。


「シャンデリアとか……」


 メル子はプッと吹き出した。ご主人様のセンスはイマイチだと思ったようだ。


「このー、笑ったなー」

「笑っていませんよ。むしろ笑いを失いました」

「それ失笑だろー!」


 ひとしきりご主人様いじりを楽しんだメル子は一つ提案を出した。


「ティーセットなんていかがでしょうか? 実用性がありますし、インテリアとしても楽しめます」

「おお……」


 それはまさに黒乃の憧れそのものだった。昼食後の優雅なティータイム。メイドさんが淹れてくれる香り高い紅茶。


「それそれ、そういうのだよー。可愛いやつめ」


 そう言いながらメル子の頭を撫でようとしたが、手をパシッとはたかれてしまった。


「では、明日買い出しに参りましょう!」



 雷門。

 仕事終わりの待ち合わせはいつもここだ。相変わらず観光客で溢れている。彼らはなにを見にきているのだろう。黒乃にとっては単なるでかい提灯だ。それがなんなのか故も知らない。


 前回とまったく同じように、メル子は赤ジャージを着て黒乃の到着を待っていた。オーダーしたメイド服はまもなく出来上がるのでそれまでの辛抱である。そして前回とまったく同じように、メル子は周囲の注目を集めていた。


「あ、ご主人様ー!(ブルンブルン)」

「ははは、待たせたねメル子」

「いえいえ、59分59秒だけです」

「ははは、じゃあいこうか」


 今日の目的地は近くの公園で行われているフリーマーケットだ。この時代は昔に比べて労働時間が減り、休日も好きに取れるようになっているため、時間を自由に扱える人が多い。そんな彼らが集まり、日常的にフリーマーケットが開催されているのだ。


「ご主人様がお仕事をしている間に浅草を散策して発見したのですよ」


 黒乃はこの公園でなにやらやっていることはわかっていたが、フリーマーケットだとは知らなかった。人ごみは苦手だ。

 二人で眺めながら歩いてみると、実に様々なものが売られていた。衣類が一番多いが、家電、日用雑貨、本、手作りの工芸品などもある。


「ぷぷぷ、見てあれ。誰が買うんだろ?」

「ちょっとご主人様、失礼ですよ! プププ」


 黒乃は人の背丈ほどもあるモアイ像を指差して笑った。一万円はお買い得なのだろうか。


「あー! これいいですねぇ!」


 恰幅の良い主婦がやっている装飾店の前でメル子は止まった。赤い小さなリボンがいくつもついたカチューシャだ。

 メル子は目をキラキラさせて黒乃を見つめた。


「これ、ほしいんだ?」


 意外とお子様趣味だなと思いつつ、そこが微笑ましいので買ってあげることにした。そのままメル子の頭にスッと装着する。幼い顔立ちのメル子にはこのくらいファンシーな方が似合うのかもしれない。


「どうですか? ご主人様?」


 メル子は頭を左右に揺らしながら具合を確かめている。


「世界一可愛い!」

「知っています!」


 それを見て「バカップルだねぇ」と主婦は呆れた。



「ご主人様、ここです!」


 メル子が連れてきたのは骨董品の店だった。今時こんな人いるのかという風貌の店主だった。ツルツル頭に長い白髭の爺さんで仙人を連想させる。

 店にはまさしく目的である古い時代の茶器がズラリと並んでいた。


「はー、すっごい綺麗」


 どれも丁寧に磨かれていて状態が良い。黒乃には茶器の良し悪しはわからないが、高級そうなのは理解できた。


「見てください! こちらがイギリスの彫刻家であるトーマスが作ったミントンというブランドのティーセットです。

 こちらはロイヤルクラウンダービーで、一番歴史があると言われています。綺麗ですねぇ!

 ご主人様! これがあの有名なウェッジウッドですよ、知っていますでしょう?」


 なに一つ知らなかった。それに値札がないのが気になる。試しに一つ選んで聞いてみた。


「五十万円じゃ」

「たかっ! もっと安いのはないんですか?」

「それが一番安いのじゃよ。全部二十世紀前のアンティークじゃからの」

「えへへ、安くなりませんか?」

「ビタ一文まからん! それ以前にお主達にはこれらの茶器を嗜む資格がない! 心にロイヤルを宿したもののみが……」


 猛烈にまくし立てる仙人。


「ごめんねメル子。せっかく楽しみにしてたのに買えそうにないよ」

「いえ、いいのですご主人様。無理を言って高い店に連れてきてしまって申し訳ありません」

「メル子……」

「私はスーパーマーケットの二階の百円のティーカップで充分ですので」


 黒乃は少し悲しげに微笑むメル子の頭を優しく撫でた。


「たっとい……」

「は?」

「たっとい!!!!」

「メル子、この仙人なに言ってるの?」

「翻訳できませんね」

「よかろう! うちで一番古いエインズレイのセットを千円で譲ろう!」

「いや、千円て……」

「百年ぶりにいいものを見せてもらった礼じゃて。持っていきなされ」

「あ、はい。じゃあ遠慮なく」


 二人はそそくさと足早に立ち去った。

 こうして超高級アンティークティーセットを手に入れたのであった。

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