第10話 パンツ回です!
翌日の夕方、黒乃は気がついてしまった。
部屋が汚い。
これではメイドロボとのイチャイチャ生活など無理ではないか。もっと優雅にお洒落にメイドさんと過ごしたいのだ。
理想をいえば、イギリスの上流階級のバロンのように、窓辺で哲学書を読み耽りながら机をトントンと指で弾くと、そそそとメイドがカップにダージリンティーを注いでくれる。黒乃はそんな暮らしに憧れている。
「ここはメイドである私の出番ですね」
メイドには種類があり、それぞれに違う仕事が与えられている。キッチンで調理の補佐をするキッチンメイド、部屋の整備をするチェインバーメイド、接客を担当するパーラーメイド、子供の世話をするナースメイドなど。
メル子の場合は、家事全般を行うハウスメイドが一番近いだろうか。とはいえ汎用メイドロボなので、全てを一通りこなすことができる。
「夕飯前にちゃちゃっと部屋を片付けますか!」
「おお……頼もしい」
メル子はまず水回りから作業を始めた。
流し台とテーブルに山積みになっているゴミを分別していく。カップ麺の容器、レトルトカレーの袋、ペットボトル、ビニール袋、プラスチックを全てまとめてゴミ袋に押し込んでいく。これらの素材は再生可能な天然資源から作られているため、細かく分類する必要はない。
「ご主人様、部屋に自分のお箸があるのですから、割り箸を貰ってこないでくださいよ」
「えへへ、割り箸つけますか?って聞かれると断れなくて」
「まったくしょうがないですねぇ、モグモグ」
メル子は使用済みの割り箸を集めて洗うと、スナック菓子のようにポリポリとかじり始めた。
「ええ!? メル子、なにしてるの!?」
突然のことに度肝を抜かれる黒乃。
「割り箸は有機物ですので、私のバイオプラントで燃料に変換できるのですよ、モグモグ」
「ええ……それメイドロボの鉄板一発ギャグじゃないよね?」
「違います」
ほっぺを膨らませてモグモグしている様はハムスターのようで可愛らしくはあるが、正直黒乃は少しひいてしまった。
「そんなのかじって歯は大丈夫なの?」
メル子はニカっと口を開けて見せてくれた。
「もちろんです! メイドは歯が命といいますから。
ダマスカスセラミクスというナノテク素材で作られた歯らしい。黒乃はメル子の口をググッと覗き込んだ。白く完璧に整った歯が並んでいる。
しかしよく見ると……。
「あっ! 本当だ! うっすらと歯の表面に紋様が見える!」
黒乃は興奮して、メル子の口角の部分から指を差し込んで歯をよく見ようとした。
「メカっぽい! メカっぽいぞこの歯!」
「ぐえー!」
急に指を入れられたのでメル子はえずいてしまった。見た目ほとんどロボットっぽいところがないメル子のロボットっぽいところを発見したので、つい興奮してしまったようだ。
「では次はお召し物の整理ですね」
水回りの掃除が終わり、次は積まれたダンボールをなんとかしなければならない。ダンボールには下着やらなにやらが乱雑に入れられており、それがいくつも縦に積まれているので、どこになにが入っているのかがわからない。
「まず全部ダンボールから出して分別します」
下着、靴下、シャツなどを床に丁寧に並べていく。
「次に収納を作りましょう。この部屋にはクローゼットもタンスもなにもありませんので」
「えへへ、面目ない。でも作るってどういうこと?」
メル子は服が入っていたダンボールをカッターナイフで切り始めた。テキパキとダンボールを切り分け組み立てていく。まるで頭の中に設計図があるかのようだ。
すると高さ四段の階段状の収納ボックスが四つできあがった。
なるほど、縦に積むから下にあるものを取り出すのが大変なのであって、階段状ならスムーズに取り出せる。
「は〜、すご〜」
「さあ、ここに分別して入れてくださいね」
二人で手分けして服を収めていくと、一段余りができた。
「ここは私が使わせていただきます」
そうか、当然メル子にも収納スペースが必要だということを黒乃はすっかり忘れていた。
するとメル子は袋からなにやらゴソゴソと取り出し始めた。それをじっと見つめる黒乃。
「ちょっと、あまり見ないでもらえますか。恥ずかしいです」
「え? なんで?」
それはメル子が近所のスーパーマーケットの二階で買ってきた下着類だった。
「見せて見せて」
「ダメです!」
メル子は覗き込もうとする黒乃の顔を押しのけた。
「いいじゃーん、私のも散々見たんだし」
「またセクハラですか!?」
「お、年の割にセクシー系かー」
黒乃は派手な赤に派手な刺繍が施されたショーツをつまみ上げてヒラヒラさせた。
「コットン100%とは贅沢ですなあ」
「もうやめてください!」
メル子は顔を赤くしてショーツを奪い取ると収納ボックスに収めた。黒乃は懲りずに今度はブラをつまみ上げる。
「これはこれは、またすごい」
そのブラは黒乃が使っているものとはまったく違い、立体感に満ち溢れていた。明らかに巨大ななにかを格納する用に設計されたそれは、鋼の要塞のような印象を黒乃に与え、彼女の心を挫いてしまった。
その後も二人で作業を続け、部屋は見違えるように綺麗になった。日は完全に落ち夕食時も過ぎてしまっている。
「いやー働いた働いた。今日はこの辺かな」
「そうですね」
メル子は少し不機嫌そうだ。
「メル子お腹すいたよ。お夕飯お願いね」
「嫌です」
ちょっとおちょくり過ぎたかと黒乃は反省した。
「ごめんよメル子、謝るから〜。晩御飯作って〜」
「本日の労働時間が六時間を超えました。新ロボット法により、ロボットの労働時間は規定されています」
黒乃はずっこけた。
「今日のお夕飯はご主人様にお願いしますね!」
メル子は天使のような笑顔を黒乃に向けた。
その晩出てきたメニューは、素うどんの上に出来合いのチャーシューを乗せた『チャーシューうどん』だった。
それなりに美味しかった。
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