秋の手仕事祭に向けて

 工房の机の上に購入したラピスラズリを並べる。大きなペアシェイプのビーズだ。リッカはこれらを使って「秋の手仕事祭」の新作デザインを考えようとしていた。


「ビーズだから上下に穴が空いている。メインに据える場合これを隠すには覆輪留めが一番かな。でもモチーフの下に垂らしても可愛いかも」


 ビーズ用の石は当然糸を通す為の穴が開いている。それを普通の爪留めで留めると穴が見えた状態になってしまう。なので石留めをしたい場合は覆輪留め(※石の全周を爪で囲う形で留める留め方)で留めるのが良いだろう。


 大きなモチーフを作ってその下に垂らす方法も目立ちそうで良いが、石が大きめなので若干バランスに難がありそうだ。


(大き目だしメインに据える形にしてブローチや髪留めにするかな)


 石をじっと眺めた後、バター位の大きさの四角い塊のような物をもって作業机に移動する。これは「ロウ」と呼ばれるもので名前の通り蝋燭のロウと同じような素材である。このロウを削ったりアルコールランプで溶かして盛ったりして原型を作っていく。


 リッカが蚤の市の時に作った金属を曲げて作る技法よりも複雑な造形を作る事に向いており、逆にピシっとした物を作るのには向いていない。今回は星の飾りなど複雑な物を作るのでこちらの技法を使う事にしたのだった。


(ラピスラズリが夜空だからそれを囲うように星を散りばめたいな)


 星のパーツの厚さ分の板をロウのブロックから切り出す。大体の大きさを決め板から丸く切り出した物を削ったり盛ったりして星形にしていく。それをいくつも色々な大きさで作り、ラピスラズリとのバランスを見ていく。


 大体のパーツが出来たら次はラピスラズリの石座作りだが、この日は夜も更けてきたのでキリの良いところで作業を終えた。


(結構スムーズに進んでいるな)


 アイデア出しが詰まると数日、数週間何も湧いてこない事があるので今回は今のところ順調だ。お腹も空いたので遅い夕飯を取る事にした。思えば昼何も食べていない。保冷庫を覗いて中に入っている物を確認する。


「よし、オニオングラタンスープもどきを作ろう」


 封が空いたパンを見てうんうんと頷く。刻んだニンニクとソーセージを油と一緒に鍋に放り込み炒める。そこに水を入れてコンソメ顆粒を加え煮込む。パンを適当にちぎった物をグラタン皿に敷き、煮込んだスープを加えた後にチーズを上からかけてバーナーで炙る。玉ねぎが入っていない「なんちゃってオニオングラタンスープ」の完成である。


「最近寒くなってきたから熱々のスープがたまらないなぁ」


 高火力バーナーでぐつぐつにされたスープをふーふーと冷ましながら頬張る。雑に作ったスープだが何とも言えない幸せを感じる。とろとろにとろけたパンがスープをたっぷりと吸っていて美味しい。料理はニンニクさえ入れれば間違いない。それがリッカの信条だ。

 

「あー、美味しかった」


 食器を片付けお風呂に入り、ふかふかのベッドに潜り込む。


(明日も上手く行くといいな……)


 サクサクと進む作業の裏で久しぶりの順調さに一抹の不安を覚えるリッカだった。


* * * * * * * *


 翌日、作業机に石を並べ、「使えそうな石」を厳選する。連で購入したので沢山連なる石の中には色や柄がいまいちだったり部分的に欠けていて商品として出すには不十分な物もあるのである。使えそうな石とそうでない物を分別し、石座の製作に取り掛かる。今回は「覆輪」というタイプの石座にするので前回とは違う作り方だ。


 まずロウの上に石を置き大体の石の形を書き写す。印に沿って穴を開け石が丁度中に嵌るようになったらその穴にそって1~2ミリ程の線を引き、その線に沿って切り出す。これが「覆輪留め」をするための爪の部分になる。


 爪を切り出したら糸鋸で切った断面を整え、底の部分になる別のロウの板の上に貼り、枠に沿って再び板を切り出す。切り口を綺麗に整えて底の真ん中に穴を開け、枠の形に添って形を整える。


 石を枠にはめて丸みを帯びた石の底面の座りが良くなるように底の穴に傾斜をつけ、石の高さに合うように枠の高さを調整すれば覆輪用の石座の完成である。ロウで作った原型は鋳造の際に収縮する為、原型鋳造→複製と2回鋳造を挟む場合はその収縮を考慮して少し大きめに作らねばならない。大きなものほど大きく収縮するので完成品のサイズを考えながら作るのはなかなか難しい。「思ったよりも小さくなってしまいサイズが合わなくなってしまった」という事故も起こりがちなのである。


 石座が完成したので作っておいた星形パーツと一緒に並べてどのようなデザインにするか考える。


(紙の上で描いたデザインと実際に並べた時の印象が違うのってありがちなんだよね~)


 いくら紙の上にデザインを並べても実際に石やパーツを並べて動かすと「なんか違う」となるのが面白い。動かしているうちに意外なデザインが生まれたりして、それもまた面白味の一つだった。


(石は中央に配置したい)


 石座を中心に星のパーツを配置していく。丸く囲むように配置して星の大きさのバランスを見ながら並び順や向きなどを調整する。納得のいく順番に並べたら接着剤で仮止めをし、完全に乾いたら裏側に溶かしたロウを盛って固定する。余分なロウを落としてキズなどを埋めながら磨いたら完成だ。今回はこの原型を基にブローチと髪留めを作る事にした。


 鋳造屋が閉まっている時間なので持って行くのは後日にするとして、無事に原型が完成した事に胸をなでおろすリッカであった。


「あー……疲れた……」


 ストレッチで凝り固まって痛い肩をほぐす。下を向いての作業なのでどうしても肩が凝ってしまうのが悩みだった。


 原型が完成したので今度はパッケージを考えなくてはならない。「パッケージ」も作品の印象を左右する重要な要素だ。特に「秋の手仕事祭」のような来場者が多い場所では人の流れが速く、来場者が自分のブースの前を通り過ぎる一瞬のうちにどれだけ目を引けるかが重要になって来る。それ故に「おっ」と思ってもらえるようなパッケージが必要なのだ。


(明日資材屋さんを覗いてみるか)


 パッケージの事はパッケージの専門店へ行くのが一番である。鋳造屋に行くついでに少し離れた場所にある資材屋へ行く事にした。

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