パッケージの選定

 翌日、リッカは鋳造屋へ向かった。前回鋳造に出した物の受け取りと出来上がった原型を鋳造してもらうためだ。引換用の紙を渡し品物を受け取った後に原型を鋳造してもらうための手続きをした。


 鋳造屋を出たら少し離れた場所にある資材屋に行くために路面電車に乗る。行き先は資材の専門街「アサクサバシ」である。アサクサバシはパッケージなどの資材やアクセサリーに使うパーツまで色々な素材を扱う問屋が集まった専門街である。大きな催事の前は資材を求めて多くの人で賑わうのが常だ。


 アサクサバシの中にあるパッケージの問屋に向かう。ここに来れば大体イメージに合うパッケージが見つかるのだ。


(星と夜空をイメージしているから青か黒系の箱が良いなぁ)


 化粧箱のコーナーや透明の箱が並ぶコーナーを見て回る。


(ただの箱だとつまらないから、箱の上に何か付け加えて特別感を出したい)


 他の店との差別化を図るため、何か付加価値をつけたいとリッカは考えていた。


(自分で描いた図柄をシールにして貼るか、綺麗なリボンを見繕って巻くか。今回はラピスラズリに混じる金色を星に見立てているから青と金をベースにしたいな)


 うむ、と考えながら気になるパッケージ見本を手に取り、中身を覗いたりしながら完成図を想像する。こうして完成した作品を想像するのも楽しみの一つなのだ。


 しばらく徘徊するうちに一つの小箱が目に留まった。深い紺色のしっかりとした化粧箱だ。蓋を開けると黒いベロア生地で覆われた中綿が入っている。


(おお!高級感がある!値段は……まぁ、少し高いけどこのくらいなら)


 作っているブローチが入る位の大きさなので丁度いい。


(箱の部分に少し細工をすれば見栄えがしそうだ)


 なんとなく箱に絵を入れるイメージを浮かべて悪くなさそうだと思ったリッカは小箱を必要な分だけ購入し、アサクサバシを後にした。


 工房に戻りこの箱をどう加工しようかと考える。作品をイメージしたラベルを作り箱の蓋に貼るのも良いしスタンプを作って金のインクで押すのも素敵だ。ランダムに金のインクを散らしたりしても良い。透け感のあるレースのリボンを結んだ後に小さなラベルのついたタグをつけるのはどうだろうか。特別感のある包装は買い手の心を掴んで離さないものである。


 どちらにせよ包装に使うためのロゴマークのような物が必要なのでスケッチブックを出して案を描いていく。ラピスラズリのしっとりとした雰囲気をどう表現すればいいのか。星が良く見える静かな夜だ。星をメインにした物にするか、いや、それでは何が中身なのか良く分からない。一層の事作品の絵をそのままラベルにしてしまおうか。


 せっかく箱が深い紺色をしているので原型をそのままスケッチした物を下敷きにスタンプを作り金のインクで押してみることにした。


「どこかに使いかけのゴム板があったような……」


 資材を放り込んである引き出しを開けごそごそと探すと、昔別のスタンプを作った時のゴム板のあまりが出て来た。清書したスケッチを複写機で反転させて印刷し、それを写し紙でゴム板に移す。写した線が残るように周りのゴムを彫刻刀やナイフで削っていくとスタンプが完成する。とても細かい作業なので時々息抜きや休憩をしながらゴムを掘り進めた。


 数時間かけてゴムを掘り終わると試しに金のインクを付けて判を押す。そこには作品の絵が綺麗に押されていた。


「良い感じ!」


 会心の出来に思わず独り言が出た。色々と試した結果、箱の蓋に直接スタンプを押し、その周辺に無作為に細かくインクを散らして夜空と星を表現する事にした。


(よし、これで包装は大丈夫!)


 パッケージが完成したので後は原型があがってくるのを待つだけだ。


* * * * * * * *


 委託先へ納品する作品を仕上げたり送ったりしているうちに原型の鋳造が完了する日がやってきた。鋳造は必ずしも成功する訳ではなく不慮の事故が起こる可能性もあるので実際に受け取るまで安心はできない。失敗して修正が効かなければ作り直しなので緊張する。


 鋳造屋に足を運び鋳造された原型を受け取ると、その場で良くチェックする。どうやら無事に鋳造出来たようだ。


(良かった~……)


 ホッとして思わずため息が出る。もしも失敗していたらと思うとゾッとする。


 工房に戻り仕上げの作業に入る。鋳造の時についた湯口を削り落とし、まずはヤスリで表面の傷を取る。出来るだけ造形を崩したくないのであくまでも「傷を取る」だけである。ある程度傷が取れたら粗目の紙ヤスリで表面を整えていく。柔らかいロウを使って作った原型はどうしても角の部分がダレがちだ。そこをヤスリや紙ヤスリでピシッと整えるのだ。


 粗めの紙ヤスリが終わったら次はもう少し細かい目の紙ヤスリ。そしてそれが終わればまたもう一段階細かい目の紙ヤスリ。ある程度綺麗になったら研磨剤が付いたリューターで磨いていく。それも何段階も粗さや細かさを変えて磨くのだ。


 複製型を作るための「原型」は細かい傷も全て型に反映されてしまうためより慎重に仕上げなくてはならない。複製型で複製された物は綺麗に仕上げた原型の複製品なのである程度綺麗な状態で仕上がるが、ロウの型から鋳造したばかりの原型はダレや傷などが多いため仕上げにかなりの労力と時間を要するのだ。しかしここでの仕上げが後の楽さに繋がるので手を抜く事は出来ない。根気のいる作業だ。


 ある程度工程が進んだら息抜きをするためにお茶を入れに台所へ向かった。


(んー、やっぱり原型仕上げは大変だなぁ)


 集中力が切れるので途中の休息は重要だ。


 薬缶でお湯を沸かしポットに茶葉を入れお湯を注ぐ。お菓子入れのカゴに突っ込んでおいたクッキーを皿に盛り、入れたお茶を飲みながら食べる。細かい作業で体力を消耗した身体に甘いクッキーがよく沁みる。このつかの間のティータイムがささやかな幸せだった。


 仕上げは根気のいる作業だ。どうしても上手く行かなくてイライラする時や、ミスをして原型そのものがダメになってしまう事もある。折角苦労して仕上げた原型がダメになってしまった時の失望感は言葉で表す事が出来るようなものでは無い。だからこそ上手く仕上がってピカピカになった原型を見ると一層の事「頑張って良かった」と思えるのだ。


 一息ついたので一気に残りの仕上げをする。仕上げ用の研磨剤を使って磨きをかけるとリッカの顔が映る鏡面状態になる。


「うん、良い感じ」


 掌の上に乗せ色々な角度から観察し、荒い部分が無いか確認する。満足の行く出来に思わず笑みが零れた。


「頑張ったー!」


 そう大きな声で独り言を行ってしまう程骨が折れる作業なのだ。


 完成した原型に傷がつかないように柔らかい布に包んで頑丈なケースにしまう。これを鋳造屋に持ち込んで複製をしてもらうのだ。


(このペースだと新作出せそうだな)


 「秋の手仕事祭」までの残りの日数を確認しながらほっと胸をなでおろす。新作があるのと無いのとでは集客力が違う。お客様は新作を楽しみにしているのだ。

 善は急げという事で、完成したその足で鋳造屋に原型を持ち込み複製の手続きをしたリッカだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る