石を求めて
ある晴れた日、リッカはとある町にあるホールの中にいた。宝飾品に仕立てるための石を仕入れるため、石の販売会にやってきたのだ。販売会と言っても卸問屋からアマチュアの収集家まで幅広い出展者が集う蚤の市のようなもので、銅貨を握りしめて買い物に来る子供なども見受けられた。
(こういう蚤の市の方が掘り出し物が多いんだよね)
宝石商が営むような高級宝石店は品質も値段も立派な物ばかりである。一方このような蚤の市にはピンからキリまで様々な石が並べられている為、買い手の目利き次第で掘り出し物を見つける事が出来るのが特徴だ。リッカは「秋の手仕事祭」の新作をどのような物にするか決めかねており、そのイメージを膨らませるために新作に使えそうな石を探しに来たのだった。
入口で貰った出店者の名前が書かれた地図手に会場を周る。気になった所に印を打てば後で見失う事も無い。
「おっ!」
最初に気になったのは安売りをしている店だった。様々な裸石が銅貨5枚から販売されている。
(アイオライトか)
積まれた箱の中から青紫色の石に目をつける。
(夜空っぽい深い青紫色がうちのテーマにピッタリな石。2ペアで銅貨8枚か。大きさは指輪にもイヤリングにも、小粒のネックレスとしても使えそう。どれどれ…)
店主に声をかけて手に取り観察、持ってきたペンライトで中を照らし傷や色むらが無いか確かめる。
(うーん、パッと見ただけじゃ分かりにくかったけど結構派手な亀裂があるな)
こういうことがあるので透明石はライトでのチェックが欠かせない。また暫く色々な店を歩いて回る。裸石だけでなく鉱物標本という石の結晶をそのまま観賞用に売っている店もあり、つい寄り道をしてしまうのだった。
(鉱物標本は沼だ。ハマったら最後。手を出さないようにしよう)
目の前に並ぶ多種多様な形の標本を見てそう誓った。鉱物標本のマズイ所は未加工品のため全て色や形が唯一無二である事だ。集め始めればあれもこれもと買ってしまうに違いない。それは一期一会の出会いを大切にするオパール好きのリッカにとってとても恐ろしい事なのだった。なにせ一期一会の出会いばかりなのだから。
その魅力に囚われないうちに足早に標本ブースを通り過ぎる。本日の目的はこれではない。
(お安いお店は一通り回ったから、少し高めのお店に突撃するか)
宝石系の蚤の市は玉石混交。その相場も店によりけりである。「安売り」を売りにしている店もあれば拘りの一品を集めている店もある。いつも周っている安い店を一通り見終わったリッカは事前にチェックをしておいた店以外のブースを周る事にした。
(ビーズ系のお店も色々置いていて魅力的なんだよね)
宝飾品に仕立てるのは裸石だけではない。宝石をビーズにして沢山連ねた「連」にして売っている専門店もある。こうした宝石系のビーズは連の中での質のバラつきはあるものの、大量購入ならではの安さやワンポイントとしての使いやすさから好む職人も多いのだ。
(色や形も様々で『欲しい!』と思ったものは探せば大体見つかるのがビーズの良いところ。ピアスやイヤリングなんかに仕立てやすいのも良いんだよね)
大量のビーズの束がぶら下がる店は見ているだけでも華やかだ。置いてある品も宝石質の物から半貴石の物まで様々だ。
(ラピスラズリか。これ、良いかも)
店の中で目に留まったのは瑠璃色の不透明な石を雫の形にカットしたビーズだ。ボリューム感のある大ぶりのペアシェイプの石。瑠璃色の中に金を散らしたような含有物が特徴的だ。
(この青と金が散った感じが夜空みたいだしうちのコンセプトにもぴったり!)
よし、これを新作の1案にしよう。そう思い数ある房の中から傷や欠けが少ない物を選び何種類か購入した。
(いい買い物が出来たな!)
「これだ!」と思う物に出会えてご満悦である。その後一通りの店を周り少し買い物をしたのちリッカはホクホクとした顔で帰路についた。
* * * * * * * *
「あー、いい買い物をした」
そう言いつつリッカはコレクション棚に購入したオパールをしまい込む。
帰り際に出会った大き目のウォーターオパール。黒いケースの中で光青と緑のオーロラのような輝きに抗えるはずもなく、「これ下さい」という言葉を発してしまったのだった。
「うーん、そろそろケースも買い足さないとなぁ」
コレクション棚に入れている鍵付きの小箱収容ケースももうオパールの小箱で一杯になりつつある。その中にずらっと敷き詰められたオパールが増える度、リッカは幸福感に満たされるのだった。
(そういえば)
コレクションを収納し工房に降りると机の上に1通の手紙が置いてあった。それを手に取りペーパーナイフで封を開けると中から1枚の紙が出て来た。
(今月はそこそこ売れたな)
委託販売に出している店からの売上表。毎月前の月に売れた金額と手数料、振込金額が送られてくる。工房での仕事と催事の他にリッカの生活を支える細い糸。それが委託販売である。
少し離れた大きな町の魔法付与素材専門店に簡素な装飾品を送り代理販売してもらっているのだ。「市販品を使いたくはないが他人と同じものは嫌」という若者が購入するらしく、簡素な作りで比較的安価な為そこそこ売れているようだった。
しかし販売数が多くとも代理販売の委託手数料を引かれるとその売上は豊かな物ではなく、だからこそ先日の蚤の市の失敗が痛手だったとリッカは頭を抱えた。
(「秋の手仕事祭」の新作も作りつつ委託先への納品もしつつ……頑張らねば)
工房の作品展示棚の下部にある引き出しを開けると大量の小さな箱のような物が現れる。「複製型」と呼ばれるもので、これを鋳造屋に持ち込むと作品を複製鋳造して貰えるのである。
魔法での複製と異なるのはあくまでもそれをそのまま複製するのではない事。造形魔法での複製は仕上げまで行った完成品の宝飾品をそのままコピーする方法である。つまり複製したらそのまま出荷し販売することが出来る。
一方鋳造屋による「複製」は一度作った原型を基に「複製型」を作り、そこに溶かしたロウを流し込んで鋳造前の原型として複製する。その複製原型を使用して鋳造し、それを再び職人が磨いて仕上げ、石留めやメッキなどの加工を施し完成するのだ。
つまり「複製」と言っても素体を複製するだけなので、完成までの仕上げは全て手作業で行う事になる。このように「複製型」を使った複製は造形魔法に比べてとてつもない手間と時間がかかる為、完成品の価格も高価になってしまうのである。それゆえにあえて手間のかかる「前時代的」な技法を好む職人たちは変わり者、と言われがちだ。
(結構売れたから多めに鋳造しておこう)
委託先に納品している物のうち良く売れている作品の型をいくつか持って鋳造屋へ向かう。鋳造屋が残っているのもオカチマチなどの専門街特有である。
「すみません、これを15、これを5……」
各型についていくつ鋳造するのか、何の金属で鋳造するのかを伝え、鋳造品との引換用の紙を貰って店を出る。鋳造には5日程度かかるようだった。
(ここの鋳造屋さんもお世話になって長いけど、ずっと続けてくれると良いな……)
昨今の造形魔法の浸透により「前時代的」な技法を使う人は少なくなりつつあり、それと共に鋳造屋も数を減らしつつあった。願わくば通っている鋳造屋が無くならない事を願うばかりである。
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