二 はじまりの日(2)

 辻馬車つじばしゃに揺られながら、白い石畳いしだたみが日に照らされて皓々こうこうとしているさまを小窓から高久はぼんやりと見おろしていた。帝国総司令部ていこくそうしれいぶから駅まではかなり距離がある為に馬車を使う。時折ときおり、体がねるような振動しんどうを気にすることなく高久は浩々としている石畳から大通りに視線を移した。白い煉瓦れんがの建物がのきつらねる大通り、〈白幹ノ通しろもとのとおり〉を馬車と車と自転車がっている。

 歩道では軍人と民間人が絶えず行き交い、店先で珈琲こーひーを楽しむ軍人の姿が見えた。〈白幹ノ帝国軍しろもとのていこくぐん〉の軍装は人の目に留まるようにえて黒を基調きちょうとしている為に白い景色の中で浮き上がるように目立つ。その中で見知った顔を見つけながら、窓から入る風の涼しさに秋が深まっていくのを感じていた。

令人のりと羽坂はざか特務曹長とくむそうちょうと共に駅に着いた頃だろうか)

 桐ケ谷令人きりがやのりとは戦死した父、高久聯久郎たかひされんくろうの弟の子だ。今は令人の父である桐ケ谷与久きりがやよしひさの名が有名だろう。三十三にして〈白幹ノ帝国軍〉の最年少大将となった男性である。その息子である令人は去年、帝国軍幼年学校ていこくぐんようねんがっこうに入学した。平日は帝国軍幼年学校のりょうで過ごし、休日は村に帰る為に〈白幹ノ国〉と高久の故郷である村を行き来しているのだが、令人はまだ十三歳である為、護衛ごえいとして羽坂がついていた。

 当初は令人の同郷である高久に白羽の矢が立ったのだが、高久は死ぬまで故郷に帰らない決心をしていた。桐ケ谷大将はそんな高久を説得していたが、当人の決意が揺るがなかったため、高久の同期である羽坂紘太朗が令人の護衛を任されるようになった。以来、羽坂が〈白幹ノ国〉と村を行き来している。

 令人にとって伯父にあたる高久よりも羽坂の方が共に過ごした年月が長い筈だ。

「高久軍曹殿。つきましたよ」

 馭者ぎょしゃに声をかけられ、高久は馬車から降りて、自分の名前を記した紙の半分を破って手渡した。もう半分は後で帝国軍総務課ていこくぐんそうむかに提出するものである。

「代金はこちらに」

「かしこまりました」

 馭者は帽子を取り胸に当て、うやうやしく頭を下げると帽子を被り直して他の客を待つ為に辻馬車乗場へと移動していった。

〈白幹ノ国〉から全ての国、町、村へと繋がる〈白幹ノ帝国駅しろもとのていこくえき〉は建物の真ん中の上部に時計が配置された煉瓦造りの立派な面構えをしており、半円状の緩やかな曲線を描いた構造をしている玄関口が駅構内へと続く入り口だった。

 中に入ると緩やかな曲線を描いた開放感のある高い天井が真っ先に目に入る。〈白山〉の木を使い、格子状に組まれた天井から日の光が射しこんで、敢えて無機質にした白い床がこぼれた光の玉の重なりで自然にかざられていた。

 その上を忙しなく人と化生けしょうの者が行き交い、歩いて行く。

 高久は白い格子状の天井をかし見た。〈白山〉の木は水に強い為にくさらず、燃え落ちることがない。くわえて軽いことから、多くの人が行き交う駅などの広大な天井に使用される。駅が出来てから二百年経つと言うが、時に蒸気機関車の黒煙にくすぶられるにも関わらず、白い木はつややかな姿を見せていた。駅が閉まる夜に掃除していると聞くが、それでも〈白山〉の木は真新しい姿を残したまま、他の木のように味わいのある年を重ねることはない。

 天井から駅の構内図に目線を移すと、構内は更に複雑に、一見して理解しづらい仕様になっていた。軍の報告で知っていたが、更に汽車が増えたようだ。近年、汽車を望む国、町、村が増えたこともあり、駅構内は複雑化していた。その為に専属せんぞくの駅員があちこちに控えているのだが、人が多いこともあり追い付いていないようだった。    

 せわしない声が上下左右を飛び交う中、高久は構内にある純喫茶店〈三色旗さんしょくき〉に向かっていた。

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