二 はじまりの日(1)
十時を告げる
そこには
「規定違反だ」
「軍務は滞りなく。街の中で軍人が普段と変わりなく買い物をするのも、軍務のひとつだ。そうだろう。高久君」
「規定通りにしたら買えないからだろう」
演技臭い高説もどきの言葉を連ねる当真を気にすることのない高久に、当真はくぐもった声を開けた。図星だ。〈まめや〉は〈白幹ノ国〉で一番人気の和菓子屋であり、中でも十時、三時、六時の決まった時刻に売られる豆大福は五分と待たずに売り切れる。十時を告げる喇叭の音と同時に外に出ては、到底、買えることはないだろう。
「だが――」
高久は呆れた笑みを向けながらも当真を見た。当真も分かって高久に笑みを向けている。
「たまには良いだろう」
「そう来なくては」
当真は言いながら紙袋を開いている。
「だが、私は結構だ」
高久が立ち上がるのを当真が目を丸くして見ている。
「え、なんで。せっかく手に入れたのに」
「今日は所用がある。
「ああ、村の子か」
村の子、という言葉が出た
「――
当真は表情を消して、声をあげた。その声には感情はない。ただ、淡々としたものだった。いつもは調子の良い笑顔を周囲に向ける当真の表情の
「当真」
名前を呼ばれて当真は高久を見た。高久は首を振って一言、良い、と言った。当真はもう一言、言いたかったが当人が望まないのだから口を出すべきではないと無言で椅子に座った。静けさは徐々に和らいで、いつもの賑やかさが戻ってくる。
「当真」
気まずそうに顔を
「ありがとう」
高久の故郷である村は〈
中でも〈秘級〉は中将以上しか知ることの出来ない特別案件で、村人全員が一夜にして消滅する危険性のある国、町、村である。
高久はそのことを妹の
以来、高久の村は様々な要因も相まって触れてはいけぬ火種であることが妹の死と共に有名になってしまった。
――
とは言え、この思想を表沙汰にしてはいけないことを当真は自覚していた。
高久に感謝されて当真は気まずそうに笑みを作ると、片手で顔を
「やるよ」
高久は当真の気遣いに苦笑しつつも、丁重に断った。しかし、当真は頑として紙袋を差し戻さなかった。
「今日来る
「では、いただこう」
高久は紙袋を受け取って、中を開き見た。ひとつずつ薄紙に包まれた豆大福が六個、入っている。六個入っている意図が分かってしまった高久は思わず、微笑んでいた。
その中からひとつ取ると、当真の前に差し出した。
「五個は
生真面目な表情で豆大福を差し出す高久だが、当真は手を出さなかった。
「一人二個だ」
「だから、私の分をお前にやる」
当真は目を丸くして次の瞬間には
「じゃあ、いただきますか」
当真が手を差し出すと、高久はその手のひらに薄紙に包まれた豆大福をのせた。高久が紙袋を片手に教官室から出て行くのを当真は見送った。
廊下を行き交う
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