一章 顔のない男

一 白幹ノ国

 ここ、〈白幹ノ国しろもとのくに〉は山を背に白い木々に囲まれた国である。国の名が示す通り、一本の木からこの国の成り立ちは始まる。

 まだひとつの国がなかった御代みよのこと、互いの領地を巡って争いが続いていた時代のことだ。領地を求める人々が殺し合い、その人々の信仰する産土神うぶすなかみまでもが己の力と氏子うじこの願いの為に神同士で殺し合い、負けた産土神は妖怪となる。そんな時代の、山のふもとに白い木は出現した。

 白い木、というのはそのままの意味で、木の幹、根、葉、全てが真っ白な姿を持つ〈白樹はくじゅ〉である。本来ならば白い木というのは育つことのない植物であった。芽吹いても木となるまで育つことなく枯れゆく命。しかし、後に〈白樹〉と呼ばれる白い木は日の光を浴びて育ち、幾日いくにちも経たぬうちに見目は樹齢千年を超える大樹となった。

 通常ならばあり得ぬ事例である。日の光を燦然さんぜんと浴びてまたも育つ大樹を前に人々はおそれを抱いた。これは吉兆きっちょうではなく、天変地異てんぺんちいの前触れであると、白い木を燃やしたのだ。

 白い木は轟々ごうごうと音を立てながら燃え上がり、葉と枝を焼き落とした。しかし、一向に幹だけが焼け落ちずに白いまま残っている。

 火に包まれた中でも白い姿を見せる幹だけが白いまま燃え残り、その中から白い人型が現れた。

 白い衣をなびかせて、現れたその人型ひとがたは、真白ましろな髪に真白な肌、そうしてしろがね色に輝く白い瞳でその場に居る全てのものを見つめていた。


 ――我が名はまほら。白幹尊しろもとのみこと。白き命を繋ぐもの。


 息を止めながら事を見守るものらに対して、水面の波紋が広がるように声が響いた。


 ――この地に祈りを。この地に呪いを。ついなる力は我が手にかえる。


 まほらの手がそらを指すと、空は白に満ちた。


 ――これより産土神よ。争うことまかりならぬ。この日をもってその力は天に還る。祈れ、人よ。呪え、産土神よ。我を祝い呪いて世を生きよ。


 まほらが手を下ろし、歩き出すと水面にすみを落としたように地面が白くにじんでいった。


 ――我が名はまほら。世の安寧あんねいを祈るもの。


 脳裏のうりに響く声が全てのものに届く。誰もがその場に立ち尽くしたまま、まほらから目を離せないでいると、再び、まほらが語りかけた。


 ――対の命をかえりみよ。祝い呪いは氏子のみ。対の氏子を祝うなかれ。呪う勿れ。


 それは静かでありながら、力強い声であった。


 ――万世ばんせいを祈り呪い、言祝ことほぎを以て我は誓う。この力は我が世のために。我が元に集まる子らの為に。この世の弥終いやはてまでを祈り呪う。


 まほらは更に声をあげた。水面に波紋はもんが広がるように、脳裏を揺るがすように、声は響く。


 ――なんじらの間の言祝ぎを我、此処ここうばわん。


 産土神の間から戸惑いの声が広がる。声を一蹴いっしゅうするようにまほらが立ち止まった。墨が紙の上に広がるように、地面がまほらを軸に白く広がっていく。


 ――汝らの間で言葉を交わすことまかりならぬ。産土神は氏子の為に。氏子は産土神の為に。そうして我が身を焼き尽くした。


 まほらは淡々たんたんと――真実をべた。その声は悲憤ひふん慈愛じあいちていた。まほらの感情に呼応こおうするように地面が純白の命をて、広がっていく。燃え残った白い木の背後にある深緑の木々広がる山までもが白い姿に変異へんいしていくざまを前に誰も声が出せなかった。この山は後に〈白山はくざん〉と名付けられる。


 ――言葉わせぬ苦しみと引き換えに今、此処に安寧を約束せん。わりに我がまほらが産土神の言祝ぎを伝えたまわん。


 唖然あぜんとするものらを前にまほらは尚、続けた。


 ――これは言祝ぎ。我が祈りと呪い。我は対の命を受け入れ生かさん。


 水がはじけるような音と共にここに自生する生き物全てが純白に染まり姿を変えていく。


 ――祈れ、呪え。我が万世を。弥終いやはてのないまほらの世を!


 さあ――とまほらは手を叩いた。軽やかに鳴る音は鐘のように重々しい響きをともないながら国中に届いた。途端、産土神とその氏子は言葉を交わせなくなった。

 以来、産土神と氏子が言葉を交わす時はまほらが間を取りした。

 そうして、まほらは自らへの呪いとして産土神の土地を自分のものとすることはなく、自らの土地のみをおさめることを全ての産土神と氏子に約束した。まほらの氏子となった人々はまほらの住まう土地を国と改め、まほらの真名まなを取って〈白幹ノ国しろもとのくに〉とした。

 ここに自生する植物は白い姿をして生まれてくる。その植物は他の土地では育つことなく枯れ、〈白幹ノ国〉のみに自生じせいする。

 このことはまほらの威光を示すものとなり、今日まで伝えられている。




 ――『白幹万世記しろもとばんせいき藤部春夫ふじべはるお

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