第60話 拒絶閉鎖空間と闇

 何が起こった……ゲームマスターの首をとらえたのはいいが、首をり取る寸前で景色がガラリと変わり果ててしまった。


(それに耳鳴りも酷い、あいつの声が直接響いているのか……!)


 身体もなんだか重たいし、息も吸いづらいし、上手く身体を動かすことが出来ない。


「どうだここは重たいだろう、だってここは強力な重力結界でもあるからなあ!!」


「……しかもこの拒絶閉鎖空間内の重力波長は、俺様にとって適正量。つまりお前にとっては行動阻害で、俺様にとっては最高に快適な空間というワケだぜッ!!」


 何もなく果てしない無機質空間を飛び回るゲームマスターが指をパッチンと鳴らすと、空間が切り取られるように点線は現れた。


「ようこそ地獄のアトラクションへ、お一人様ご招待〜!!」


 セロハンテープを思いっきし引き出すようなキリキリとした音を鳴らして、空間には無造作に点線が引かれていく。


 やがて点線どうしが繋がり、立体となり、透明ブロックの大陸が無の世界に完成する。


 木綿もめん豆腐を角切りにするように、拒絶閉鎖空間内は区切られていく。


 同じような立方体のショーケースは地上を、空中を、まだらで凸凹に埋め尽くす。


【 消滅結界 】


「——消滅結界。この結界の中に入ってしまったものは、その名前のごとく魂ごと焼き消され、存在が消滅する。捕まらないように、せいぜい必死に逃げ回ることだなあ!!」


 無色透明の立方体の正体は物質を通さないおり、それぞれの檻の中では連鎖するように次々と大爆発の火災が巻き起こっていく。


「……ばーん、ばーん、ばーん!!」


 俺はその監獄に囚われないように、右腕をぶんぶんと振って重たい身体を動かす。


(身体が重い……でも、箱に入ってしまったら終わりなんだ……!!)


 無限に生成され続ける点線を目で追って、外側に飛び込もうとするが。


「しまった……!?」


「残念〜。鬼ごっこはもうお仕舞いみたいだなあ、ご愁傷様〜!!」


 ゴンゴンと無色透明の壁の内側を叩く俺、ビュンビュンと真っ白な空間を自由自在に飛び回り高笑いするゲームマスター。


 自分の叫び声が立方体内にこもって響く、それは恐怖の声色だった。


 くらくらして、ぽわぽわと暖かくて、もうすぐ迎えが来てしまいそうな感覚。


「このまま脱出できずに燃やされて……終わる? いや、こんな所で終われるかよ。燃やされるんじゃない、魂を燃やすんだ!!」


 恐怖とは裏腹うらはらに、どこかで命のたかぶりを感じる。心拍数は急上昇していく。


 ——ドクン…ドクン……。


 全ては生き残るため。ずんずんと支配の闇にまれろ、この流れに身をゆだねてしまえ。


 ——殺戮さつりくと、解放の衝動しょうどう


 すると立方体の表面には亀裂が生じ、ピキピキと音が鳴り出す。


「嘘だろ、有り得ない……!? それは完全不可侵の障壁なんだぞ、壊せる人間などいるはずもない!!」


 決壊。そして火の海から飛び出した、自由をこの手に掴み取るために手を伸ばした。


「だから何だというんだ、この閉鎖結界内は全て俺様の支配領域。この世界に逃げ場は無いんだぞ……!!」


 ——覚醒状態、無心で飛び上がった。


 不可侵障壁の立方体を足場にして、飛び移り、飛び乗り、飛び上がって。


「嘘だろ……なぜ人間の分際ぶんざいでこの重力空間を動けているんだ!?」


 左手はもう無い、だから右手の筋肉をその血肉ごとふりしぼった。


「……そんな攻撃が、効くかよッ!!」


 一撃からの『non-object』表記、もう一撃からの『non-object』表記。効かないのなら、またもう一撃。


「もっと、もっと……!」


『non-object』は重複ちょうふくする。何度も命を削り取る動作を繰り返し。


「もっと、もっと…もっとッ……!!」


 鉄塊を金槌かなずちで叩き火花を散らしながら、強靭きょうじんな刃を鍛錬するように、何度も何度も繰り返しフルパワーで殴り続ける。


『non-obj……/*>;^{-~’]#*]!|!>+~$|*\<\^$_€\!€=}£>*}!<*~!|€|?]+]£]’!#£]]!|!,^


 メガネは砕け散る。次の瞬間、命をかけた拳はゲームマスターの身体を貫通してシステムにめり込んだ。


「……ぐはっ、クソがッ!!」


 怒り狂ったゲームマスターのりが炸裂さくれつ。俺は、真っ白な地面に叩きつけられた。


(くそっ……ここまでやっても届かないのか……?)


「システム無視に拒絶閉鎖空間への順応に、不可侵障壁の破壊……やっぱりおかしい、お前はいったい何者なんだ!?」


 地面にいつくばった、拳を握りしめた、涙を流した、唇を噛み締めた。


 重い重い圧力が上からのしかかって、立ち上がることすら出来ない。


(ああ、痛いな……どれだけ頑張ったとしても、どれだけ手を伸ばしても届かないというのならいっそ。)


 雨はまた打ち付ける。その雨は鳥肌をもよおし、全身の血液は悲鳴を上げ、足枷あしかせかれたこの足は再び立ち上がる。


 ——全てを、壊してしまえ。


「嘘……さらに重力強度を上げたんだぞ、なぜ立ち上がることができる!?」


 何重にもかけられた解放の鍵は、順番に解き放たれる。おりに、牢屋に、鳥籠とりかごに、全身の細胞はぷつぷつとき上がり、関節はきしきしときしみ動く。


「(違う、さっきまでとは動きが別人のようだ。分析不能……この一瞬で何が起こったというんだ……!?)」


 腕を振れば肉はもげ、飛び上がれば地面に大きなクレーターができる。


 抑えれば抑えるほどに息苦しく、威圧的になっていく膨張。視界は真っ暗で、怒りと殺戮さつりくと、虚無の感情に侵食されていく。


(今だけは全て忘れてもいい、ただ目の前の敵を倒すことさえ出来れば……たとえ自我が消え去ろうと、構わない……!!)


『……だめっ!!』


 そうだ。あの力に頼りさえすれば、さっさとこいつを倒せるじゃないか。


(さあ、もっと俺に力をくれ。もっと俺の体をのみ込め……!)


『だめ……だめよっ、その力を使ってはいけない……!!』


 どうせ今は誰も見てない。力を使うのも、これで本当に最後にすればいいだけさ。


『キェッヒェッヒェッヒェェェッ!!』


 脳内にはまた違う声が響く。どこかで何回か聞いたことのある、気味の悪い笑い声だ。


(お前は、誰だ……?)


『いいでしょう、今こそ私の正体を明かしてあげましょう。私の正体はアナタの心の弱みにつけ込んだ憑依体ひょういたい……まあ悪魔的な存在とでも言っておきましょうかねえ』


『いやあ、まさかこんなにも乗っ取りやすいうつわが見つかるとはとんだ拾い物でしたね。簡単でしたよ、アナタの鍵のロックを外すのは』


(待てよ、何の話をしているんだ……?)


『ちょーっと認識改変を使って、閉鎖・抑圧状態で九百九十九人の一般人を殺させるという”幻覚”を見せただけで、簡単に精神にみぞが出来てしまうんだからねえ……!』


 記憶の奥底に封じ込められていた体験が、今になって一気にあふれてきた。


(思い出した。お前はあの時の……そうか、あれは幻覚だったんだな……!!)


『そんな欠陥品けっかんひんのアナタに、私は前々からずっと付きってはチャンスを見計らっていたのですが。たった今、ようやくその時がやって来たみたいですねえ……!』


 さらに記憶は高解像度で整理されていく、それはこの世界とは違う世界での記憶。


(そうかお前はずっといたのかよ、あの時から。いやそれよりも前、砂漠……初めて胸のたかぶりを感じたあの時からずっと……!!)


『私の目的はあなた”方”の足止めです。というわけでアナタには、これから未来永劫えいごう、永遠に心身共々、乗っ取られ続けててもらいますよ〜!!』


(足止めって、なんだよ。ああ、もう意識が持っていかれる———)


【 殺戮さつりくうたげ 】


 視界は暗転する。目を覚ました、暴走する暗黒のうずの形状はまるで巨人の腕。


『……ようやく、身を委ねてくれたみたいですねえッ!!』


 縮地。赤黒い眼光はするどく後引き、力任せに台風の爪はかき立てられる。


「ああ、久々の憑依ひょういは最高ですねえ……いや、最高の気分だぜ。血がたぎってきて仕方がねえなあッ……!!」


 ゲームマスターはその気迫に凌駕りょうがされて背を向け、猛スピードで逃走し始めるが。


 固有結果で増強されているはずのスピードは、とっくに追い越されていた。


「何だよこの力は、どっからそんな力を出してるんだ……くそっ、化け物が!!」


 一瞬にして形成逆転、ゲームマスターにはシステムを作動させるすきすら無い。


「ああ楽しい、楽しい、楽しいッ……なんて楽しいんだッ……!!」


「気持ち悪っ……多重人格か。この俺様が、こんな訳の分からない人間に負ける……?」


 それはただ逃げ回る弱者と、無慈悲に牙をく強者との生存競争の光景だった。


「獲物、獲物ッ、獲物を寄越よこセ……寄越せ、寄越せ、獲物を殺セ……!!」


 力だけを残して戦闘以外の感情を全て抹消まっしょうされてしまった人間兵器は、ただむなしい。


 ——その力を使い続ければ、いずれその身を焼き尽くすだろう。

 

『それでは戯曲、最終章。忘却ぼうきゃく彼方かなたの始まり始まり〜!!』


【 忘却の彼—— 】

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双剣の申し子—real world—ブレイドアンヘル・ディストーション ✴︎天音光✴︎ @amanenchansan

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