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兆候が出だしたのは、身体が成長をし始めた12歳くらいのこと。
はじめは肩が重いなーとかそんな程度。お母さんに相談したら、胸が膨らんできたからじゃない? と軽く笑って流されたっけ。
私も最初はそんなに気にしてなかった。
次に痛くなってきたのは頭の横のあたり、特に右っかわ。
続きでお腹の奥当たり。明確に痛いってわけじゃないんだけど、ふと意識するとそこだけずっと疲れているみたいな重さがずっとあった。
次に手足。
次に首。
眼。
頭の左側。
心臓。
膝。
足の指。
爪。
喉の奥。
しまいには痛くないところを探すのが難しいくらいになっていた。
教室で授業を受けていると何もしていないのに泣きそうになる。
喚いて叫んでどこかへ逃げ出してしまいたくなる。
でも、どこへ逃げ出したって、逃がしてなんてくれなかった。
それはそう、だって痛んでいるのは私の身体自身なんだから。
どこに逃げたって、逃げられるわけもなかった。
毎日、痛み止めを飲み過ぎなくらい飲んで登校するから、どうにも頭がぼーっとした。
耐えられなくなったら、事情を説明して保健室に行ったけど、そこでも結局痛いのは変わらない。
見かねた親が医者に連れていってくれたけど、身体はどこも悪くない。
なのに痛い。なのに苦しい。
答えはなくて、しまいに学校に行くのすら段々と辛くなって。
もし、こんな痛みがずっと続くなら、生きてる意味なんてあるのかなってそんなこと考えたっけ。
泣いてばかりだから、誰にも好かれることなんてあるわけないし。
痛んでばかりだから、何も楽しめることもないし。
苦しんでばかりだから、きっと何一つだってできやしないって。
そんな風に想ってたっけ。
結局、不定愁訴ってことで出会った精神科の先生が『うつで脳が萎縮することもあるから検査受けてみよっか』って言ったのが、ある種の奇跡みたいなものだった。
最初は軽く、病状を見て、その後よく映画で見る脳波をとるようなよくわからない吸盤をいっぱいつけられたりしたっけね。
そんな検査をしばらくして、やっと原因にたどり着いた。
『どうやら君の脳は幸せや安心をうまく創りだすことができないらしい』
え。ってなったっけ。
脳? って。私が痛いのは身体中で、もちろん頭も痛いけど、そういうことじゃないんじゃないのかなって想ったっけ。
でも先生曰く、割とそういうものらしい。
脳が安心しないから、身体はずっと緊張状態で疲労して、疲労してるのに回復しようとしない。ただ生きてるだけで、筋肉が張り詰めて、呼吸が詰まる、強いストレスを感じっぱなしみたいなものだから、身体は危険信号を上げ続ける。そしてそれが痛みとなって、余計私にストレスをかけ続ける。
そんなお手本みたいな、悪循環。
身体がどれだけ安心や幸福を求めても、脳にそれを創り出す機能がない。
そんなことを聞かされたっけ。
絶望、した気もする。
ただ、ようやく原因が解って少しだけ安心した気もする。
脳の調子を整える薬を貰ってから、少しだけ落ち着いて過ごすことができた。
散歩をしなさいと言われた。
日に当たりなさいと言われた。
よくわからなかったけれど、それで少しマシになった。
そうすることで、脳は少しでも安心や幸せを感じやすくなるらしい。
二か月ほどして、うちに大型犬がやってきた。
ペットがいること、それに抱き着いたりすることは、これまた脳が幸せを感じやすくするそうだ。その犬を見ていると、お前は私の脳みそのために連れてこられたんだよー、ってちょっと申し訳なくなるけれど。
でも、その子に抱き着いているときは確かに少しだけ痛みがマシになった。
ただ、学校には相変わらず上手くいけなかった。
そりゃあ当たり前で、学校に行ってペットを抱きしめてるわけにもいかないし。
日向ぼっこをしているわけにもいかない。あそこは勉強をする場所で、誰かと何かを成すための場所なのだから。
私なんかが誰かの足を引っ張るわけにはいかなかった。
こんな出来損ないの脳みそじゃ、誰かの足手纏いにしかならないんだから。
ずっと、ずっとそう想ってた。
痛み止めの半分は優しさでできてるらしいけれど、私の脳みそじゃあそれをうまく受け止めることなんてできなかったんだ。
※
「っふっふっふっふ」
「何笑ってんの、まき」
「いやー? なんでも?」
「そっかぁ、気持ち悪いよ?」
「ぐえ、心のボディーブローが響いてしまった……。これは癒しのために抱き着く以外ありませんな」
「傷つけてきた相手に癒しを求めてどうすんの……」
「そこはほら、賠償請求……みたいな? 慰謝料として五時間の抱き着きを請求します! みたいな?」
「まきの抱き着きが五時間で済んだことあったっけ?」
「えー、うそーん。さすがの私でも五時間も抱き着かんよ」
「抱き着き始めが今日の朝八時半」
「うん」
「今、十二時半、つまり既に四時間経過してて……いつまで抱き着く予定?」
「そりゃあ……放課後だから五時半くらい……かな」
「九時間も抱き着いてんじゃねーか」
「…………いやー、申し訳ないとは想ってるよ? 想ってるけど、やっぱこう抱き心地が……ね?」
「ああ、そう。とりあえずトイレ行っていい?」
「おっけー、任せろ。私がちゃんとパンツ降ろすね?」
「誰かちょっと、この変態を退けて。私の貞操の危機なんだけど」
「…………え、あんたら付き合ってなかったの? 二人で校舎裏とか行ってたから、てっきりもう致してるものだとばかり」
「とりあえず後でみーはしばく。ああ、もう。本当にトイレに行くから」
「はいはーい」
「ついて来るの個室の入り口までだかんね?!」
「わかってる、わかってる」
「そこまでは許してるんか……」
いつか痛みに塗れた日々があったよ。
でもそれもね、もうすっかり昔の話。
君を抱きしめると、私の痛みは解けて崩れてなくなって。
君に抱きしめられると、辛かっただけの記憶がほろほろ崩れて溶けだして。
じんわりと曖昧な、何かが私の身体を満たしていく。
そうやって、私はただ感じている。
指先に触れる暖かさを。
掌に伝わる温もりを。
腕に沿ってくる感触を。
肩が触れ合う楽しさを。
胸がこすれる高鳴りを。
お腹が感じるくすぐったさを。
足が絡まるいたずら心を。
頬を撫でる柔らかさを。
髪がくすぐりあう気恥ずかしさを。
口元に感じる暖かさを。
その腕の中で抱きしめる君のことを、ただただ、じっと感じてる。
それがあっても何もない。
何もないのに心地がいい。
君といると私の痛みは溶けだして。
まるでそう、君と一つになったよう。
学校の廊下を二人で歩きながら、君に体重を掛け過ぎないよう、うまくバランスをとりながら。
私達は歩いてく。
あの時からずっと続いていた痛みはもうどこにもなくて。だから痛み止めももう私には必要なくて。
暖かい何かを、ただ今、感じていた。
この気持ちを。
この感情を。
この感覚を。
『幸せ』と、そう名前を付けた。
夏の名残もそろそろ消えて秋が来る。
「そういえば、めい、暑くない?」
「うん。今の季節は大丈夫かな」
「そっか、良かった」
「そうね、良かった」
君を抱きしめても、ずっとずっと心地いいまま。
そんな季節がやってくる。
おしまい
まきめい抱き着き症候群 キノハタ @kinohata
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