第6話 元彼の胸で泣いてしまう

「こっち来ないでよ」

 

 グラム公爵の中庭。

 薔薇で作られた迷路がある。

 その入口に、白樺でできた小さなテラスがあった。椅子が2つある。


 急にたくさんの人にあったから、一息つきかったのに。

 このバカが追いかけてきた。


「まあ、そういうなよ。せっかく会えたんだからさ」


 あたしの肩に触れてくる。

 相変わらず、こいつはチャラい。

 もうあたし、人妻だからね。


「やめて」

 

 コニーは手を振り払った。


「いやーまさか、コニーが勇者と結婚するとはなー」


「ちょっと、さりげなく隣に座らないでくれる??」


「はいはい」


 クラウスは、椅子を少し離した。


「クロフォードは、あんたみたいな軽い男とは違うから」


「うんうん、そうだそうだ!」


 クラウスが大げさにうなづく。


「で、なんか用なの??あんたは今、ブリタニア王国の大使なんでしょう。あたしみたいな田舎貴族の相手をするより、もっとやることあるんじゃない?」


「大使の仕事か……外交なんて退屈だよ。歯の浮くようなお世辞を言って、いつもお偉方のために空気を読んで、国のために、自分を殺さないといけないんだから」


 クラウスは遠くを見ながら、ふっと、つぶやくように言った。

 こいつ……こんな哀愁のあるやつだったっけ??

 軽くて女の子のことしか考えてないようなやつだったのに……


「そう……あんたもいろいろたいへんなんだ」


「実はさっき、勇者様とまた話したんだ。勇者様は外交官になりたいって言ってたけど……。はっきり言うと、勇者様は外交には向かないね。正直ないい人すぎるよ」


「そんなこと言ってたんだ……」


 たしかにこいつの言うとおり、クロフォードに外交は無理だ。嘘つくのすごく下手だし、ちょっと空気が読めないところがある。でも、そんな不器用だけど正直なところに惹かれたんだどね。


「人には向き不向きがあるからね。次のジョブは、魔法薬師なんていいんじゃないかな。薬草に詳しいみたいだし、こつこつやっていく仕事に向いてそうだから」


「そうかも……」


 世界を魔王から救った勇者が、家で仕事もせず、ただニートをしているのはあまりにもったいない。

 でも、元勇者が、お屋敷の庭でずっと土いじりをしているのもなあ……


「王宮の剣術指南役の口とか、知らない?」


 こいつに頼るのは癪だけど、仕方ない。クロフォードのためだ。


「紹介はできるけど、ほら、その、言いにくいんだけど……」

 歩けない剣術指南役とかダメよね……


「ごめん、無理よね……」


 あ、やばい。

 ちょっと涙腺が緩んできた。

 今日、クロフォードが急に帰ってきたから、いろんなことが一気にありすぎて、もう気持ちがいっぱいになっていた。

 懐かしい元彼に再会して、ああ、もう、あたし……


「大丈夫だ。安心しろ。コニー。ブリタニアから優秀なヒーラーを紹介してやるから。ぜったい勇者の足は治るよ」


 クラウスは優しくコニーの肩を抱いた。


「……あたし、不安なの。これから、どうなるんだろうって。せっかく魔王を倒して帰ってきてくれたのに。ツライことばっかりで……」


「コニー……」


 クラウスはコニーを抱き寄せた。

 クラウスの胸の中で、コニーは泣いた。

 今までなんとか抑えていた気持ちが、一気に雪崩のように流れ出した。

 ああ……あたし、旦那が近くにいるのに。

 元彼に抱かれているなんて。


「コニー…。かわいいね」


 クラウスはコニーの唇に顔を近づけて、


「それはだめええええええ!!!」


 コニーはクラウスを思い切り突き飛ばした。


「うわあああ」


 クラウスは椅子からひっくり返ってしまった。


「あんたを信用したあたしがバカだったわ!」


 

 

 

 

 

 

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勇者の嫁は旦那を捨てて、獣人にガチ恋します! 水間ノボル@『序盤でボコられるクズ悪役貴 @saikyojoker

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