一八 既視感

 どうも寒いと思っていたら、雪が降り始めていた。コンビニエンスストアにアルコール類を買いに来ていた僕は、夜という理由以上に暗い空を見上げた。舞い散る雪は細かく、積もるには程遠い。隣の彼女が、手を擦り合わせて息を吐きかけ仄かに暖をとっている。

「早く、帰ろう。風邪をひいてしまうかもしれない」

 手を繋いだ。互いに手袋をしていない。冷たく悴んだその手を絡ませても温まる気配は無かった。彼女を感じられればそれで良かった。ぞっとするほどの寒風が二人の間を通り抜けて行く。思わず肩を竦め、コートの襟を立てた。もう一度手を繋ぎ直す。流れる遊歩道の表面に霜が張り、それが融けて湿っているので寒い日は滑りやすい。夜ということもあって、僕達は慎重に歩を進める。

「雪はね、本当は真っ赤なんだよ」

 彼女が、空を見上げながら呟いた。下を見ないものだから、歩き難いブーツが溝に引っかかってバランスを崩した。繋いだ手を離さないまま、僕がそれを支えた。雪で滑るね、と彼女は言った。僕は頷いた。ぎゅっと強く、手を握った。小さな手、細い指。誰かを思い出した。重ねてはいけない影を追っていた。白い肌、長い髪……。

「雪が赤いっていうのは、どうして?」

 意識を引き剥がした。彼女を見た。背の高さはあまり変わらないので、靴の分だけ彼女の頭が上にあった。

「ん、だって、血は赤いでしょ」

「雪は、血じゃないよ。空気中の塵を核にして結晶化した水分が、落ちてきているだけ」

「誰か、それを見た人はいるの?」

「そんなこと言ったら、真っ赤な雪を見た人だっているのかい?」

「私のお父さん」

 彼女は、十代の頃に父と死別していると言っていた。

「正確には、直接見たわけじゃないんだけど。雪は、寒さに身を切られた神様の流す血が固まったものなの。でもある時、それを心配した心優しい人々が、神様の元に薬を届けるために自ら命を絶って天に昇ろうとした。だから神様は、人々の目を削った。雪が赤く見える分だけ目を削り落として、人々を助けようとしたの」

「なら、どうして君のお父さんにそれがわかったんだい?」

 子供じみた御伽噺を信じている彼女が、余計愛しくなった。

「削られた目が大量に捨てられている現場を見つけたから」

 悪心が胸に疼いた。舞い落ちる白い雪を目で追った。白く見える赤い雪を目で追った。僕は青が好きだからどうでも良かった。僕は呟いた。早く、帰ろう。彼女は何も言わずにただ頷いた。

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