一九 日進月歩に背を向けて

 今時流行らない話だと思う。だが、とにかく確かなことは一つ。明日この村は水没する。僕は最後の一軒の前で途方にくれた。すでにエネルギー供給を絶たれているため、流れるはずの歩道が流れていなかったし、夕闇が迫ろうかというのに街灯に灯が入らない。山間部であるため夜は冷え込みが厳しいと聞く。車中で夜を明かすような真似はしたくない。早目にけりをつけて家に帰りたかった。あるいは医療センターの妹に会いに行きたかった。もう一度最後の家を見た。住人の意志は、はっきりしていた。ドアに鍵がかかっているどころか、あらゆる進入経路がシャッターで塞がれていた。一見すると廃屋に見える。外部からの干渉を完全に拒んでいた。

 僕はインターホンを押した。中で人の気配が動いた。返事は無い。めげずに連打した。相手がノイローゼになっても構わなかった。何らかの結果が出れば良い。それが僕の仕事のスタイルだ。

「何度来ても無駄だ。わしらはここを離れん」

 結局根負けしたのは住人の方だった。それは当然で、僕は何らかのリアクションがあるまでやめる気などさらさら無かったのだ。いかにも頑固そうな老人が血圧を上げながら怒鳴る声が聞こえ、ぷつりとそれきり内線が途絶えた。僕は再度、インターホンを連打した。

「やかましい。帰れ」

「まあ、そう言わずに。ここは水没するんですよ? このまま溺死する気ですか。息子さん夫婦からの依頼なんです。出て来て下さい」

「五月蠅い。わしがこの村にどれほど思い入れがあるか、貴様にわかるとでもいうのか。わしがどれほどこの村に尽くしてきたか……」

「わかりませんよ、そんなの。依頼だから来ただけです。五倍の報酬を出して下さるというなら大人しく引き下がりますけどね」

「貴様も、軍の狗か? 不愉快じゃ。帰ってくれ」

 老人は古き良き五倍返しのシステムが、今も軍に残っていると思っているらしい。僕は銃の先端で頭を掻く。

「不条理なのはわかりますけど、国の上層部の決定なんですから。長いものには最低限巻かれておきましょうよ」

「わしは反骨精神だけでここまで来たんじゃ。国など、くそ食らえ」

 汚い言葉で罵る老人に、僕は呆れ果てる。亀の甲より年の功か。

「とりあえず、あなたが拉致したお孫さんが生きているかどうかだけでも教えて下さい。依頼の対象はあなたじゃなくてそっちなんで」

 僕が単刀直入に訊くと、インターホンの向こうから子供の叫び声が聞こえてきた。「今、死んだ。これで用はあるまい。帰ってくれ」

 僕の仕事は失敗に終わった。お咎めは特に無かった。

 そして村は翌日、予定通り国王専用プールの底に沈んだ。

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