一三 野放図
踊り子の脚は、完全に折れてしまっていた。悲鳴と泣き声が混じりあった、悲痛な声が辺りに響いた。衣装から露わになった小麦色の太腿が、その途中から不気味な角度で曲がっている。壁際に追い詰められ、自らの身体を掻き擁くように小さくなったその姿は、無惨と言うより他なかった。僕は、踊り子の前に立ち塞がる二人の大男を睨み付けた。二人とも、殴るためだけに特化した棍棒のような鈍器を持っていた。僕の右手の拳銃を見ても、怯む様子は無かった。
「何故、こんな惨いことを?」
引き鉄を引くことには何の躊躇いも無い。無駄な話はすべきでなかった。一刻も早く、下衆二人をこの世ならぬ存在に貶めねばならなかった。敵を屠る力が、僕の手の中にはあるのだから。それでも言い訳の機会を与えたのは、恩情からでなく、好奇心からだった。
「惨い? 何のことだ。これが我々の仕事だ。舞台で失態を犯した者に明日はない。足を折り、服を剥いで裏通りに捨てる。運が良ければ、医療センターかあるいは警察機構に通報してもらえるだろう。殺しもしないし犯しもしない。どこが惨いのだ?」
一発だけ撃った。今喋った男の額に穴が開いた。脱力し、後ろ向きに倒れた。蹲って泣きじゃくる踊り子の真横、硬い石材の床に頭部をぶつけてバウンドした。それきり動かなくなった。もう一人の男は微動だにしなかった。人の生死が関わっているのに淡々としていた。ただ、一人が殺し、一人が死に、一人が泣き、一人が問う。
「何故、こんな惨いことを?」
残った方の男が、本当に不思議そうに、僕に尋ねた。落ち着いた声音だった。僕の手元では、拳銃が次の獲物を求めて唸っている。
「惨い? 何のことだ。これが僕の仕事だ。武器を持って人を襲う者に容赦はしない。急所に、一発だけ銃弾を打ち込む。運が悪ければ後遺症と付き合いながら生きることになるだろうが、大抵しっかり死ねるだろう。苦しみもないし痛みもない。どこが惨いのだ?」
男が棍棒を大きく振りかぶった。ただし、僕の方を向いていない。あくまで自分の仕事をこなすつもりらしい。狙われた踊り子が目を瞑って叫んだ。耳障りなその声に僕の手元がぶれる。照準がわずかに狂う。銃声と硝煙の匂い。無事、男の脳天に着弾していた。男が不自然な格好で倒れ伏す。赤が散る。次いで、鈍く人命も散る。
踊り子は茫然。痛ましい姿は見るに耐えなかった。殴られた腿は捻れ、赤黒く変色している。もう二度と舞台に立てないだろう。
「今、医者を呼ぶから。もう少しだけ我慢して」
踊り子は感謝の言葉もなく、僅かに泣きながらぽつりと呟いた。
「何故、こんな惨いことを?」
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