八 死泉の誘い
彼女は、その銃を見ても表情を変えなかった。銃は人殺しの道具だ。役所の人間がそれを手渡すということは、即ち襲撃の依頼だった。襲撃は国民の義務だ。僕は、神かそれに近しい存在を呪う。
「仕方ないわね」
銃身が長かった。遠距離でも狙撃出来るよう、照準がしっかりしている。表面を撫でるようにしながら、彼女は笑った。
「どうすればいいの? ここを引くと人が殺せるんだっけ?」
どうやら彼女は、銃撃の授業を疎かにしていた口のようだ。基本構造どころか、基本的概念自体も忘れてしまっていた。彼女に銃を提示した役所の人間も、窓口の向こうで頬を引き攣らせている。
「ターゲットは、こちらです」
感情を押し殺し、封書を渡して来た。厳重に封のされたそれは、原則的に依頼された本人しか見ることが許されない。彼女はそれを無造作に僕の前で開けた。役所の人間に何故か僕が睨まれる。
「あら?」
彼女は文面を眺めて、不思議そうに首を傾げた。
「これって、いつでもいいの?」
「期限は、今日から一ヶ月の間です。襲撃期限を越えた場合は、自動的にあなたが次のターゲットとなりますのでご注意を」
無機質に告げる役所の人間に、
「じゃあ申し訳ないけれど、この銃をすぐに撃てるようにしてもらえないかしら」
彼女はにこにこと笑って、銃を突き返した。役所の人間はむっとしたようだが、それも仕事の一貫だと考えたのか、長銃を受け取った。僕は彼女の態度にひどく嫌な予感を覚えた。何も言えなかった。
しばらくすると、メンテナンスを終え、弾も込められ、準備万端になった銃が戻って来た。彼女は、軽く礼を言いながらそれを受け取り、すぐさま構えた。あれほど無知を晒していたくせに、やけに様になっていた。銃口の先には、たった今銃を手渡して来た役所の人間がいる。人間の顔色が蒼白に変わる瞬間を、僕は初めて見た。
「ま、まさか、そんな偶然があるわけが――」
役所の人間の頭が弾け飛んで、声が途切れた。大きな発砲音に、撃った本人が一番驚いていたが、反動は見事に殺していた。周囲にざわめきが広がっていく。役所の人間は淡々と後片付けを始めた。仕事柄、依頼で殺されたのだとすぐ理解したのだろう。彼女は長銃を窓口に置いて、歩き出した。僕もそれに続く。
僕は確かに見てしまった。彼女に渡された封書に書かれた名前は、明らかにあの窓口の人間のものでなかった。
僕の名だった。
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