七 或るいは即断で
オープンカフェの隣に座っていた女が連続爆弾魔であることなど、その瞬間が来るまで微塵も考えていなかった。読んでいた文庫本から顔を上げて、不意に目が合ったので会釈をした。
「失礼ですが、どこかでお会いしましたっけ?」
後に連続爆弾魔であることが判明するその女は、僕が会釈をしたためか、そう尋ねて来た。北部訛りのある独特の発音だった。
「いえ、会ったことはないと思いますよ。ただ、女性をじろじろ見つめる礼儀知らずな男だと思われるのは癪だったのでね」
「そう。首都の男性は随分とスマートなのね」
「いやいや、これは僕だけじゃないかと思いますけどね」
連続爆弾魔はスーツ姿だった。旅行用のトランクを脇に置いている。海外出張から帰ったばかりのOLという風情だ。
「その本」
連続爆弾魔は、僕の持っている本に興味を示した。
「一体、どこで手に入れたの?」
「ああ、これですか」
それは、既に絶版になった代物だ。有名な作家のデビュー作にして唯一の失敗作と言われており、作家本人がそれを認めてしまった妙な歴史を持つ。マニアの間では、幻の一品として知られる。
「そこの古本屋に偶然並んでいたのですよ」
指差す先は、向かいのビルに入っている古書店だ。このカフェに来る直前に立ち寄った。この本は、保存状態も良いのに二束三文の値で売られていた。僕は柄にも無く舞い上がった。マニアの間で取引されている値段より三桁安い金額をレジにいた老婆に手渡し、小躍りしながら店を出た。空漠たる心に、軟らかな明かりが灯った。
「古本屋……ということは、もう売っていないのかしら?」
連続爆弾魔は、羨ましそうに僕の手元を見ている。
「でしょうね。確認はしていませんが」
「そう」
女が、少し安心したような表情を見せた。その理由が僕にはわからなかった。まだ売っているのならば、それに越したことはないというのに。
「もう買いに行くだけの時間は残されていないから、後悔するところだった」
女が立ち上がり、トランクを残したまま歩き出した。店の前の瞬間転送ボックスに入って、山のような札束を投入口に入れる。よほど遠くに行くつもりらしい。トランクを忘れていますよ。僕がそう声をかけると、女が振り返った。冷徹な眼差しに射抜かれた。
「その本、読み終わったら貸してくれない?」
僕が返事をする前に、女はテレポートした。トランクは爆発し、僕は吹き飛んだ。皮肉にも本だけが僕の陰に隠れて無事だった。
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