二 黎明術
魔法使いに会いに行った。今まで出会ったのは、全て偽者だった。期待はしていなかった。ノブのないドアが縦に開き、中から髪の長い女が出て来た。黒服を着ていない。まさか本人だとは思わなかった。女は決して美人でないが、醜くもない。笑顔が翳を帯びていた。
「どうして、こんなところまで来たの?」
女は低い声で尋ねた。年齢不詳の顔に似合う、年齢不詳の声。発声器官に改造の後は見られなかった。その全てが本物だった。
「魔法を使える人間がいるという噂を聞いたから」
残念ながら、僕にはまともな言い訳が思い付かなかった。本当のことを言った。女は軽く溜息を吐いた。
「残念ながら、私は違うわ」
「魔法は使えない?」
「ううん、人間じゃない」
女が長袖のシャツを捲り上げると、腕には等間隔に口が並んでいた。一斉に大きくぱっくりと割れ、中にある舌や歯を見せつける。僕は指を入れてみた。ざらりとした舌が、それを舐めあげる。
「魔法は使えるの?」
「いくつかなら」
「……魔法で人を殺すことは?」
「もう出来ない。一二年前に使い切ったから。六六六人で打ち止め。それ以上殺すことは出来ない決まりなの」
「それは残念。最後の一人を殺す前に、来ていれば良かった」
「そうなっていたら、あなたが六六六人目になっただけのことよ」
魔女が笑った。女の腕に並んだ唇と舌を指先で弄びながら、僕は目を瞑った。何かを思い出せるような気がした。彼女の笑顔が浮かんで、その左目に矢が刺さったところで消えた。瞳を開けると、そこには似ても似つかない、魔女の顔があった。焦点が合わない距離まで接近していた。僕はぎこちなく笑う。二歩、後ずさった。女の腕に付いた口が、歯を立てて僕の指を噛んだ。
「殺しの依頼だったら、魔法なんて無くても出来るでしょうに」
「殺すことが目的でないんだ。むしろ、苦しませたい」
「なるほど。それは魔法の本質ね」
千切れてしまうのではないかと思うほど強く、指が締め付けられた。魔女は妖艶さを剥き出しにして僕に迫った。
「私を抱いてくれたら、良いことを教えてあげる」
「……どんな?」
魔女は答えなかった。互いの唇が触れた。心地良さは皆無だったが不快でもなかった。肌を這う、細い指。打算と、浅い意図。
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