アスファルトの音

結騎 了

#365日ショートショート 256

 太陽が肌を焼くほど照り付ける日中、男は道路へ足を踏み出した。

 ごく最近、施工が行われたのだろうか。アスファルトで丁寧に舗装された道路は、黒々と日光を照り返していた。虚ろな目で姿勢を落とし、耳を地面に擦り付ける。その地下深くから響く音を捉えるように。耳を、ぴたりと。両手もべたりと地面に沿わせ、車道の真ん中で男はうずくまった。

「なにが聞こえるの?」

 数時間後、下校中の小学生が男に訪ねた。その可愛らしい表情を見上げながら、男は微笑んだ。

「アスファルトの音を聞いているんだよ」

 不審者の噂はたちまち広がった。地方都市のさらに地方。狭い地域のため、噂の拡散には容赦がない。


 あの大きな交差点から入って、もう一度右に折れて、そう、その筋。あの狭いけど車通りが多い筋があるじゃない。あそこに、地面に寝そべっている変な男がいるんだって。そう、それも毎日。なにか、病気なのかしら。毎朝と毎晩、そうしているのよ。それも、近くには小学校があるの。不審者として学校にも相談したんだけど、実害はないし、その人は地面に寝そべって動く気配がないから、学校としてはなにも出来ないって。私も一度、車で通ったことがあるけど、異様な景色よ。もうあそこは通らないようにしなくちゃ。幸い、回り道はいくらでもあるもの。


 「アスファルトの音を聞く男」。それは都市伝説のようでありながら、確かな実在のものとして、語り継がれた。男は週に5日、それを続けた。毎朝、毎晩。毎朝、毎晩。ただ無言でアスファルトの音を聞き続けていた。誰もが気味悪がったが、それまでだった。腰が曲がり。白髪が増え。それでも、毎朝、毎晩。


 やがて男がアスファルトの音を聞き始めて40年を過ぎた頃、男の葬儀が行われた。


 喪主である妻は、涙ながらに語った。

「夫は、小学生の息子を交通事故で亡くしてから、ふさぎ込んでしまいました。事故の現場は、地域住民がよく使う細い裏道で、登下校の時間でも多くの車が行き交っていました。どうにか、不幸を阻止できないのか。悩みに悩み抜いた主人は……」

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