エピローグ
旅行当日になったが。
里奈さんの体調が万全まで回復することはなかった。
当然、旅行はキャンセルすることになった。
婚姻届を渡したのが功を奏したのかは計り知れないが、旅行キャンセルの件に里奈さんも納得してくれた。
夏休みを明けてからは、里奈さんが大学受験の勉強に本腰を入れ始めた。
有名大学を志望しているからな。
里奈さんの学力を持ってしても、本気で取り掛からないと合格は難しいのだろう。
それでも、息抜きと称して定期的にデートはしていたし。
里奈さんが勉強している横で、俺も勉強したりした。
時間はあっと言う間に過ぎていき、冬がきた。
十二月十八日。
その日は、少しだけ背伸びをして、普段は行かないレストランに足を運んでいた。
今日のためにバイト代を貯めてきた甲斐があった。
「ほ、本当に大丈夫なの? この店、高いんじゃ……」
里奈さんは心配そうに俺を見つめてくる。
「大丈夫ですよ、俺に任せてください」
「で、でも……」
元々、物欲がロクにないことも手伝って、今日の日のためのお金を工面するのはそこまで大変ではなかった。
それにいつだったか、誕生日にいいものを頂戴とお願いされたことがあったからな。気合を入れてみたのだ。
「嬉しくなかったですか?」
「ううん、嬉しい」
「ならよかったです」
「じゃあ拓人くんの厚意に甘えちゃうからね?」
「そうしてください」
俺は微笑を湛えて答える。
程なくして、コース料理の一品目がやってきた。
あまり量は入っていないが、値の張るものなのは直感的にわかった。
「私、こういうの食べるの初めてかも」
「俺もです。というか、高校生がきていいんですかねこんな場所」
「拓人くんがそれ言っちゃダメじゃないかな……。料理が来て急に怖気づかないでよ」
「でも里奈さんが美人なおかげで、そんな悪目立ちはしてませんね」
「……っ。ち、違うよ。拓人くんがカッコいいから」
「……っ。お、俺は別にどこにでもいる普通の高校生というか!」
「拓人くんみたいな男の子がそこら中にいるわけないでしょ」
「そうですかね?」
「うん。月瀬家の姉妹をどっちとも攻略できる男の子、拓人くん以外にいるわけないもん」
……な、なんか複雑である。
「あ、一応確認しとくけど、唯香となにか裏で出来てたりしないよね?」
里奈さんがジト目を向けてくる。
「出来てないですよ。俺だって一途なんです。二人同時に好きになれるような器用さは持ち合わせてません」
「ふーん。ならいいけど」
「そういう里奈さんこそどうなんですかね」
「私は拓人くん一筋だもん。スマホの中身だって見せて大丈夫だよ」
「わーすげぇ安心感」
「拓人くんも見せれるよね?」
「え、俺のスマホですか?」
「うん」
スマホの中身か。
検索履歴なんか見られた日には一巻の終わりだ。
誰かに見せることを想定していないから、一々削除していないしな。
「ちょ、ちょっと待ってくれれば見せれます」
「なにそれ。あやしー」
「や、浮気とかじゃないですから。男の子にも秘密があるんです」
「あーそういうね。私は気にしないよ」
「気にしてください!」
「むしろ興味があるな。試しに見せてみてよ」
「ちょ、マジで勘弁してください」
里奈さんはむぅっと頬に空気を入れると。
「せっかくいつかの参考にしようと思ったのに」
「そ、そういうこと言われたら本気にしますよ?」
「いいよ。むしろ、拓人くんがヘタレすぎて困ってる」
「うぐっ……と、というかいい加減食べましょう」
「あーもう、すぐ話逸らす」
「い、いただきます」
俺は頬に朱を注ぎつつ、フォークとナイフを手に取る。
こう言うのは外側から取るのがマナーらしい。
どうしてかは知らん。
それにしても、里奈さんには困ったものだ。
いや、俺のヘタレ具合の方がどうかしているか。
いまだにキス止まりだもんな。
付き合ってから半年近く経ってるのに。
「ふふっ……拓人くん、ほっぺにソースついてる」
俺が黙々と食べ進めていると、里奈さんがクスリと笑みをこぼした。
ナプキンをとって、俺の頬を拭いてくれる。
「じ、自分でできますよ」
「遠慮しないでいいよ」
「遠慮してるわけじゃ──」
「ん? なんか落ちたよ」
あさっての方を向いて、赤くなった顔を隠す俺。
里奈さんは椅子から立つと、俺のポケットから落ちたそれを取りに向かった。
「あ、そ、それは!」
「ん?」
俺は里奈さんから奪い取る形で、それを掴んだ。
里奈さんが怪訝そうに俺を見つめている。
「私が見ちゃダメだった?」
「……いや、そういうわけじゃないんですけど」
煮え切らない回答に、里奈さんが困惑する。
本当はもっと後に出す予定だった。
ったく、決まらないな俺は……。
ともあれ、見せてしまったものは仕方がない。
このまま有耶無耶にしたら、料理に集中できないだろうしな。
「あ、あの」
「え、うん」
俺は改まって切り出す。
里奈さんは居住まいを正した。
「これ、俺と一緒に行ってくれますか?」
「え?」
温泉旅行のペアチケットを里奈さんに手渡す。
里奈さんはその場で硬直して、まぶたをパチパチしている。
「大学受験に向けて、今は詰め込むべきなのかもしれませんけど……最近頑張りすぎな気がしてて。その、息抜きがてらどうですかね?」
「い、いいの? というか、ここに招待してもらっただけで、十分誕生日プレゼントもらった気だったんだけど」
「そう思って二段階のサプライズにする予定だったんですけど、下手くそですみません」
「う、ううん。謝らないで。すごく……嬉しい」
里奈さんは俺からチケットを受け取ると、照れくさそうに頬を掻く。
喜んでもらえてよかった。
夏休みのときの旅行は行けずに終わってしまったからな。
「て、てかこれ、クリスマス?」
「そうですけど、まずかったですか? 前もって、クリスマスの予定は空けるようお願いしてた気がするんですけど」
「あ、いや、全然大丈夫だけど」
「ならよかったです」
前々から予約しておいたからな。
まぁクリスマスだし、家族には相応に怪しまれるだろうが……。
妹あたりがデリカシーなく、俺の恋愛事情を聞いてきそうだけど、そういう面倒なことは考えないでおこう。うん、それが精神衛生的にいい。
里奈さんはジーッとチケットを眺めながら。
「私、覚悟しといた方がいいかな?」
「んっ⁉︎ い、いや、どう……ですかね。そういうつもりで旅行に誘ったわけではないというか」
「わざわざクリスマス選んでおいて?」
「……い、意地悪ですね、里奈さん」
からかうような笑みを浮かべる里奈さん。
ったく、里奈さんには敵わないな……。
「そうだ」
「なんですか?」
ふと、里奈さんは思い出したように声を上げた。
「今度こそ、拓人くんにご褒美あげるね」
「あぁそういえばありましたね、それ」
夏休みの時。
旅行までに宿題を終わらせれば、ご褒美をくれるという話があった。
結局、旅行に行かなかったから、ご褒美の件も自然消滅していた。
「ここまでしてくれた拓人くんには、ちゃんとお返ししないとね」
「いや気にしなくていいですよ、こっちは好きでやってるので」
「私も好きでやるからいいんだよ」
「そうですか? じゃあ楽しみにしてます」
「うんっ」
里奈さんは笑顔を咲かせると、コクリと首を縦に下ろした。
色々あったが、俺と里奈さんの関係は終わりそうにない。
価値観が合っているというか、笑いのツボが同じとでもいえばいいのか、とにかく相性がいいと思う。
これから先も、里奈さんとは一緒にいたい。
本当に結婚だってしたいと思っている。
里奈さんとの子供とか、絶対に可愛いだろうしな。
里奈さんと色々と経験できたら、楽しいだろう。
「あと、そうだ。拓人くんに言いたいことあるの」
「なんですか?」
里奈さんはひょいひょいと人差し指を振って、耳を貸すよう指示してくる。
右耳を貸すと、里奈さんは顔を近づけてきて。
──俺の頬にキスをしてきた。
「隙あり」
「ば、場所考えてください」
「唇のほうがよかった?」
「そういうことじゃないですから!」
相変わらずこの人は……。
「大好きだよ、拓人くん」
「俺だって大好きです、里奈さん」
柔らかく微笑み、ド直球に気持ちを伝えてくる。
それに対して、俺もド直球で気持ちを伝え返した。
里奈さんと一緒なら、いくつになっても退屈することはないだろうな。
差し当たっては温泉旅行か。
どうなるかは計り知れないけれど、まぁ、楽しんでいこうと思う。
【完】
──────────
最後までお読みいただきありがとうございました。
続けようと思えば、まだまだ続けられるのですが、ここら辺で本作は終わりにしようかと思います。
とはいえ気が向いたら、しれっと投稿再開するかもしれません。
できたら、フォローはそのままでお願いしますm(_ _)m
感想いただけると嬉しいです♪
最後に宣伝をば。
新作投稿しています! よかったら是非!
『なぜか、妹の友達と一緒に暮らすことになったんだが 〜毎晩、俺のベッドに忍び込んできて気が気がじゃない!〜』
元カノの姉と付き合っているんだけど、相性抜群で毎日が楽しい ヨルノソラ/朝陽千早 @jagyj
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