瓜姫だって幸せになりたい!

瓜姫と天邪鬼

 昔むかし。


 子のないじじばばが祈って、うりから娘が生まれてきました。


 小さな、小さな娘は、ほがらかによく笑い、爺と婆を幸せにしてくれました。


 爺と婆はそれはそれは大切に、瓜姫を育てました。


 けれど、一向に大きくなりません。


「ああ、せっかくお父さまとお母さまが手塩にかけてくださっているのに……」


 申し訳ないと、瓜姫と名付けられた子はさめざめと泣きます。


 爺婆は慌ててなぐさめました。


「かわいい、かわいい、瓜姫や。泣かないでおくれ」


「私らこそ、おまえを大きくしてやれなくて済まない」


 こんな姿ではきっと嫁にもらってくれる人はいないと、爺婆は嘆いていたのです。


 めんこい子。


 小さな姿を除けば、それはそれはの三国一の嫁と迎えられるに違いないのに。


 恋慕するものは、それでもおります。


 それは山に住む鬼、天邪鬼あまのじゃくでした。


 小さい瓜姫は、風に飛ばされては大変、馬に踏まれてはもっと大変、ああ雨でも降れば流されてしまうと、爺婆は瓜姫を決して外には出しませんでした。


 瓜姫はその言いつけを守り、日がな一日、小さな体も一生懸命使って、ぎったんばったんと機織はたおり。


 それはそれは素晴らしい反物を作るものですから、爺婆はそれを売ることでどんどんお金持ちにもなったのです。


 それを見ていたのが天邪鬼。


「瓜姫を手に入れたら、俺様だって長者だ。一生、人の世にまぎれて遊んで暮らせるぞ。それに、あのめんこい子をずっとそばに置いておくだけでも毎日が楽しくなりそうだ」


 そこは鬼のすばしっこさ、高い屋根の隙間からそっと覗いておりました。


 ある日。


「瓜姫や、瓜姫や」


「はあい」


 てこてこ。


「爺と婆は二人で、おまえが作ってくれた反物を町に売りに行ってくる」


「あい」


「ご勧進かんじんも開かれるそうだから、おまえが大きくなるよう祈ってこようと思う」


「それは……。ありがとうございます」


 ちょこんと、小さい姿で丁寧にお辞儀。そのかわいらしいこと。


 爺婆は思わず顔をほころばせました。


「かわいい瓜姫や。おまえを一人にするのはしのびないけれど、いいかい、誰が来ても戸は開けてはいけないよ」


「はい、お言いつけの通りに」


「ああ、ほんとうなら、おまえも連れていければ……」


「婆よ、無理をいってはいけないよ。かわいい娘をどこかへ落してしまってはそれこそ大ごとだ。ささ、日が落ちないうちに町に入らないといけない。早く出発しよう」


 こうして、瓜姫は一人お留守番。


 トンカラリン。トントン。


 テンカラリン。シャンシャン。


 機織りして。


 トンカラリン。トントン。


 テンカラリン。シャンシャン。


 寂しさを紛らわし。


 ところで。


 お国の奥方さまは瓜姫の織った反物をいたく気に入っておりました。


 なんとも繊細な柄。まるで小さな、小さな娘が意匠を施したような、ちょうちょや小鳥が舞い踊るそれが。


 一度、直接これを作るものに会ってみたい。


 ずっと、ずっと、想いを強くしておられました。


 やがてそれがはじけるようにして、


「連れてまいれ」


 と、命じられたのです。


 平伏した侍は「やれやれ、困ったものだ」と舌打ちしつつ、うわさを頼りに村までやってきました。


 しかし、村ではだれも反物を織るものなどおりません。


「隠し立てすると容赦せぬぞ!」


 奥方さまのお召しは絶対。脅すような態度も取りましたが、村長むらおさも知らぬ存ぜぬと冷や汗を流すばかり。


 途方に暮れた侍は、夕暮れの逢魔おうまが時をとぼとぼと、村のなかを歩いておりました。


(わからなかった、いなかったで許しを得られるわけがない)


 ため息一つ。


 それに吹き飛ばされそうな、小さな拍子を打つような音。


 トンカラリン。トントン。


 テンカラリン。シャンシャン。


(おや?)


 導かれるようにして、かすかなその音を侍は追っていきます。


 するとある家の屋根に、怪しい影。


 やせ細ったからだ、長い手足。


 まるで蜘蛛のような人間。しかし、頭に角が2本。いやらしく笑う口には牙も。


「むっ! 怪しき化生けしょうめ!! 人にあだなすつもりか?!」


 侍は走りました。


 風を抜く勢いで。


「きゃあーーーーーっ」


 それはかすかな、そよ風にもかき消されそうな悲鳴でした。


 いけない!


 侍は躊躇ちゅうちょなく戸を蹴倒し、勢いよく爺婆の家に飛び込みました。


 ああ、天邪鬼の手の中に、まさに瓜姫が!


 むっ!


 腰を沈めた侍は、天邪鬼を一刀両断!


 天邪鬼は地獄へと還っていきました。


 翌日、午後遅く。


 爺婆は一日目で用事を済ませ、二日目に有難い仏さまを拝めば、土産をたくさん買い込んで、それでも気が急いて、一目散で帰ってきました。


 しかし、家の戸は破られ、中にはだれもいません。


「ああ、瓜姫は何かに取られてしまった……」


 悲しみの涙でおぼれてしまうかと見えるほど、爺婆は抱き合い、おいおいと泣いておりました。


「これこれ、じいさん、ばあさん、泣くのはおよしなさい」


 顔を上げると、それは村長でした。


 なんでも、爺婆は帰ってきたならすぐにお城へ来いとのおおせです。


「なに事ですか?」


 村長に尋ねるも、一向に要領を得ません。


 二人は顔を見合わせつつ、涙を拭く間もないほど、旅姿のほこりも落とさぬまま駆けるようにしてお城へと向かいました。


 お城に入った爺婆は、すぐさま殿さま、奥方さまの前へと召し出されました。


(田舎村の汚い爺婆が……)


 と、爺婆は平伏して、顔を上げられません。


おもてを上げい」


 殿さまがおごそかにおっしゃいますと、ようやく爺婆は顔を上げました。


 見れば、殿さま、奥方さまがおそろい、なおその横には立派な姿の若武者、お世継よつぎさまもいらっしゃいました。


 そして、そのわきには……。


「ああ、瓜姫!」


「我が娘、よくぞ無事で!!」


 爺婆はおかみ御前ごぜんであるのも忘れて、飛びつくようにして、瓜姫を抱き上げました。


 瓜姫も、


「お父さま、お母さま、ご心配をおかけしました」


 親子三人、泣き崩れるのです。


 するとどうでしょう!


 仏さまのご利益りやくが爺婆に宿っていたのか、瓜姫は光に包まれ、


「おお、なんという、奇跡!」


 お上も驚くなか、瓜姫は人間の大きさになったのです。それでも少し小さい娘でしたが、それがまたかわいらしい。どこに出しても恥ずかしくない、輝くような姿でした。


「父上! 母上! これなら……」


「う、うむ……」


「よろしい!」


 殿さまはまだ困惑も、奥方さまは満面の笑顔。若さまははじけるように手を打ち、飛び上がりました。


 爺婆の困惑極みに達するも、瓜姫はぽっと赤く、熟れた小林檎こりんごのように頬を染めます。


「爺さま、婆さま、どうか、瓜姫をめとらせていただけませんか」


 若さまはなんと、田舎の爺婆にもきちんと頭を下げてうのです。


 爺婆に否やのあろうはずもありません。


 こうして瓜姫は、本当に三国一のお姫さまとして迎えられたということです。


 あれとっぴきなしべ。


 おしまい。


(岩波文庫「日本の昔ばなしⅠ:瓜姫」より)

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