消せない記事 🫒

上月くるを

消せない記事 🫒





 前略 ごめんください。

 過日は県民文化会館の会議室で失礼いたしました。


 運営委員長を務めているとは存じ上げず、お顔を拝見して少し動揺いたしました。

 先月のあの記事、「雑駁な内容」と、ご批判されていらっしゃることと存じます。

 まして、取材の目的を偽るような形になってしまい、本当に申し訳ございません。


 記事を書いた責任は自分にあります。いまさら善人ぶるつもりはございませんが、〇〇さまがどう思われているか、棘のように心に残っていることもまた事実でした。


 それにも関わらず、このたびご上梓のご著書のあとがきにわたしの名前まで加えていただきまして、まことにありがとうございます。大切にしたいと思っております。


 とり急ぎご報告まで。時節柄くれぐれもご自愛ください。       草々




      🏙️




 拝復 ごめんくださいませ。

 ご丁寧なお手紙を賜りまして恐縮に存じます。


 わたしは何事も自然に任せることが一番と思っています。ひとつの事象は複合的な要素が絡み合って生まれるのですから、即物的な反応は意味をなさないと考えます。


 ですから、今回の件はどうかお気になさいませんように。それよりもお若い才能とエネルギーを精いっぱい活かされ、のびのびと良いお仕事をなさってくださいませ。


 光の春と申しますが、牡丹雪が降り始めました。

 早くほんとうの春がやって来てくれますように。           草々




      🐄🐅🐇🐉




 十七年前に投函した手紙のコピーと先方からの返信をいまも大切に保存してある。

 その頃おれは某紙の地方支局の記者で、何でも屋の遊軍めいたポジションだった。


 上司の指令で女性経営者を取材したとき「斜陽産業の手助けになれば」と言った。

 一社だけではなく同業数社を記事にしたいとも言い、それは嘘ではなかった……。


 しかし、だれとどういう話がついていたのか、取材した事実すら忘れかけたころに担当の自分にも知らされずいきなり掲載された囲み記事を見て、おれは息を呑んだ。


 おそらくデスクの赤が入ったのだろう、活字になっていたのはプライベートにまで踏みこんだ内容で、しかも、あきらかに女性経営者ひとりをターゲットにしている。


 電話でお詫びしようか、それとも事務所に出向くべきか、何度も悩んだが、結局は騙すことになった事実に怯え行動に移せず、上記のような偶然の再会に至ったのだ。




      🍋




 それからしばらくして、直属の上司に「一身上の都合による」退職願を提出した。

 フリーの記者を経たあと、大学の先輩が経営するコンサルタント会社に職を得た。


 書くことは無上に好きだが、そのペンで人を傷つけてしまった贖罪感は消えない。

 ああは書いてくれたが、女性経営者がどんな目に遭ったか痛いほど分かっていた。


 いまは趣味でネット小説を執筆しているが、フィクションはだれをも傷つけない。

 あの新聞記事が消えることはないが、かげながら女性経営者の安寧を祈っている。

 




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