青より藍い世界へ、沈んでく

真白 まみず

青より藍い世界へ、沈んでく

 いつからだろう。

 もう長い間、彼女を待っている気がする。

「一週間後の14時、屋上前の階段ね。私、約束破る人、嫌いだから」

 そう彼女と約束したのがもう昨日のことのような、はたまた10年以上も前のような、そんな感じ。

 いや、世界五分前仮説に基づくと寧ろ同一かも。

「私達二人で、もっと広い世界を目指そうね」

 そんなことを、彼女は言ってた気がする。

 小説で世界を変えられるなんて彼女が言って。

 僕もそれに賛同して。

 それでお互い、小説を見せあって。

 いつからか、屋上前の階段が僕達の小説世界になっていた。


 14時はとっくに過ぎている。

 それでも彼女は、まだ、来ない。

 正確には来てるのかもしれないけど、来てない。

 僕がを、認識しない。

「ここの窓からなら、世界を一望出来る気がする」

「そうな」

「ここが一番、小説書きやすいんだよね」

「屋上、入れたらいいのにな」

「入れないから、いいんだよ」

 そんな訳のわからない会話をして、笑いあったのをふと、思い出した。

 きっと、屋上前の階段という閉鎖的でありながら高い視点を得られることを、言っていたんだろうけど、今となってはもうわからない。

 そしてそれから彼女は、だんだんと病んでいった。

 家庭が厳しいらしかった。

 僕には、どうすることも出来なかった。

「私が死んでも、小説、書いてね」

「君は死なないよ」

「死ぬよ、私は人間だから」

 薄ら笑いを浮かべてそう言った彼女の顔を、僕は、まだ、覚えている。


 空は青くて、広くて。

 世界も広くて。

 僕の心は狭くて。

 彼女の心は藍くて。

 深海のような、濃藍みたいな。

 青より深い、深い、深い色をしている。

 僕みたいな、単純な人間じゃない。

 だから、何を考えているか、僕にはわからない。

 彼女に呼ばれた理由もわからない。

 ただ、小説関連なことは、わかっていた。

「最近、小説、書けないんだよね」

 自分の世界を広げる場所、それが小説。

 自分の世界に溺れる場所、それが小説。

 よく、彼女が言っていた。

 だから、小説が書けないことは彼女にとって、致命傷。

「書けるよ。今、たまたま書けないだけ」

「違うよ。私、とうとう自分を失ったんだよ」

「失ってなんかない」

 なんだか僕が必死になって否定する。

「私、あと一週間書けなかったら、終わりにする。だから一週間後、屋上前の階段に14時に来て。約束。私、約束破る人は嫌いだから」

 一方的に叩きつけられた約束だった。

 でも、否定する気もなくて、僕も全然それでいいと思っていた。

 でも僕は、彼女の内面を、やっぱり全然理解出来ていなかった。



 14:30になった。

 やっぱり彼女は、今日も来ない。

 約束して一週間後のとき、確かに彼女はそこに

 でも、その状態は約束とは違うくて。

 天井からプラプラ吊られていた。

 僕とは「終わる」の意味が、違うかったらしい。

 彼女の位置からは、外が見えていた。

 きっと、最期までこの景色を見ていたのだろう。

「もうあれか、1年たつよ。僕は今でも、小説を書いてる」

 そう呟くと、ずっと感じてる、肩にのしかかる重さが、一層重くなる。

「今でもあのときのこと、思い出すよ」

 彼女との約束を、僕は守っている。

「あの時君は、何を話したかったんだ?」

 そう言うと、すっと肩が軽くなる。

 逃げたみたいに。

 この話題に、触れられたくないみたいに。

 すると、太陽の光か、僕の座る階段の一点に、光が集まった。

 そこに彼女が、いるみたいに。

「私はね、私の世界が好きだった」

 僕の脳に直接、話しかけてくるみたいだった。

 妄想かもしれないけど、僕には、感じ取れた。

「だから、私の世界以外興味なくて、他なんてどうでもよくて。他人に何を言われても、どうせ私の世界なんてわかんないから、興味なかった。でも、人の世界を、君の世界を読んで、知って、浸って、人の考えてることに興味が湧いた。そしたら、全てが私に、重く、のしかかった。今までそんな経験なかっから、私は、耐えられなかった。でも、君の世界は居心地が良かった。ずっと読んでたいくらいに。だから、君に言いたかったの」

 ちょっと間をおく。

 きっと彼女は、緊張したような顔をしてるんだろうな、と光を見ながら、感じた。

「私は、君の小説が好きです。だから、ずっと、書いていてください」

 僕は彼女を、どう思っているんだろう。

 友達なのか。

 小説仲間なのか。

 僕は彼女を、好きだったのか。

 どれにせよ、僕の答えは決まっている。

「僕も、君の小説を愛してる」

 そう言うと、彼女は生前の元気な笑顔を浮かべて消えた。

 はっきり、見えた。

 1年前待ち合わせたこの階段で、やっと、会えた。

 もう、会えないかもしれない。

 でも、小説を通せば、待ち合わせの階段に行けば、いつでも、彼女に会える。

 その間だけ、僕と彼女が小説を通じて、シンクロする。

 彼女の藍い心に、沈んでく。

 彼女は今も、僕の後ろに座ってる。

 僕より1段高いところに、座ってる。

 そんな気がする。

 ほら、その証拠に、また肩に重みを感じてる。

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