雪が落ちる月

寒い。


冬の夜に僕は体を震わせる。隣にいる彼女もマフラーに顔を埋めている。


「寒いね」


僕はポケットの中にあるカイロを取り出して手を温めた。


「あ、カイロいいな〜。私の分は?」


彼女は僕に両手を差し出す。僕が持っていたのはその一つだけ。


僕は自らの手で彼女の手を温めようかと思って、手を出しかけたがすぐにやめた。


「ん?じゃあこれ使っていいよ」


意気地なし。僕は自分を呪った。そこで自分の手を出せば何かが変わったかもしれない。


でもそこまでの勇気は出せなかった。


変わってしまうのが怖かった。今の距離感を無くしてしまえば、こうして隣で話すことすらできなくなりそうだった。


「ふふっ、カイロ温かいね」


彼女はカイロ振って温める。白い息が彼女の口から漏れる。


冬の乾燥した空気がキラキラと輝いている。


その空気と同じように彼女の瞳もまたキラキラと輝いていた。


彼女には好きな人がいる。その好きな人を見るために少しだけ学校に残るこの時間に僕も一緒に残る。


彼女の瞳の中に映るその男が羨ましかった。


僕がどんなに見つめても彼女の瞳に僕は映らない。


それが少しだけ胸を締め付ける。


ギュッと音がなるのを必死に抑えて輝く笑顔を見つめる。


「はぁ~やっぱ先輩カッコいいな〜」


恋する彼女の瞳はまるで雪解け水のように透き通っている。


「そう思うよね!」


ふいに向けられた視線にまた胸が締め付けられる。


「あ、あぁ、うん。そうだね」


本心を隠す見せかけの笑顔でなんとかごまかす。


「でもな〜先輩、今恋愛しないとかって聞いたしな〜。どうしようかな」


それなら…


口に出かけた言葉を飲み込んだ。今の僕には勝ち目のない言葉。


分かっている。進もうとしなければ進むことはないことを。


だけどその先がただ落ちるだけの崖だとわかっていたら、進むことは出来るはずがなかった。


ふと白いものが視線に入ってきた。


ゆっくりと流れる雪は冷たくてまたしても僕の体を震わせる。


「雪、降ってきちゃった。しょうがないから今日はもう帰ろうかな」


彼女は残念そうに視線をそらした。


「そうだね。風邪引いたら先輩に会えなくなっちゃうし」


僕は笑顔を貼り付ける。


「そうだね。あ、そうだ。カイロありがとう。今度なんかお礼するね」


彼女はそう言って僕に笑顔を向けた。


彼女の笑顔は温かく、僕の心をまた震わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

涙零れる星の夜 神木駿 @kamikishun05

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ