第十一話 Gray hound


 グレイがエクスパシオンに向けて発砲した事で、ついに戦闘の幕は開けた。

 グレイの放った弾丸は、エクスパシオンが急激な旋回を行った事で、肩部の装甲を擦りあげるに留まったが、機体各所の推進機構を巧みに操るあの技術は、確かにフィリア・シャルンホルストを思わせるには十分だった。


「地形を利用して戦え! フィリアが一番力を発揮するのは空中戦だ。無駄に飛ぶのはやめろよ」


「そうは言うものの……ね」


 苦言を呈したのはベアトリクスだ。

 彼女の機体、アクアレリストは遠距離戦仕様になっている。フィリアの僚機がフィリア自身と分かったときから、ベアトリクスの不利は分かったようなものだ。


「なるべく早く加勢する!」


 とは、言ったものの、あのフィリア・シャルンホルストを相手になる早で倒すなんて中々言えたことでは無い。


「この私を相手にそのような大言が吐けるとは、ね。これも成長かな? 


 俺の射撃を、機体を正面に向けた状態で側転をする様に回転させながら、木の葉のように揺れつつも決して遅くもない速度で俺に向けて、単射で射撃してくる。


「アンタが、オレをその名で呼ぶんじゃねえよ!!」


「やれやれ。これも反抗期というやつかな」


 俺は後退しながら、ハービンジャーに向けて射撃をするが、もはや弾道が見えているとしか思えない動きで、次々と弾丸を回避してくる。

 

 巨岩を回り込む形で後退すると、さらに後方でベアトリクスとグレイがエクスパシオンと交戦しているようだった。

 ――向こうの趨勢も気になるが、気を散らせる状況でも、相手でもねぇ……!


 前方のハービンジャーにアサルトライフルを向けた刹那、その機体が突然跳ね上がった。


「これが、処刑人のマニューバ……!!」


 まるでスノーボードのハーフパイプ競技のような動きで、激しく回転しながらブレードを展開した両腕を振るってくる。

 巨大なロボットでこんな動きをするのは普通は到底不可能だし、なんなら生身でも不可能だろう。

 忍者の様な動きで振るわれたブレードに対し、俺は咄嗟に後退するが、回避が間に合わずに、手に持っていたアサルトライフルの銃身を真っ二つに切り裂かれた。


「くっ……そ!!」


 苦し紛れにトリガーを引くが、切り詰められた銃身では弾丸の軌道が酷くばらつき、まともに弾が飛ぶ事は無かった。


「拙いな。そんなものか?」


 ハービンジャーが着地と同時に、腕部のスラスターを吹かし、振りぬいたブレードを翻らせる。

 それは、俺の乗るテスタメントの左腕を肘の部分からいとも簡単に切り飛ばし、使い物にならなくなっていたアサルトライフルが腕ごと宙を舞った。


「ぐ……っ!」


 俺は右腕のブレードを展開し、ハービンジャーへと斬りかかるが、フィリアは機体を舞わせる様に操作をし、俺のブレードを受け流しながらテスタメントの頭部にいつの間にか抜いていたハンドカノンを突き付けてきた。


 ――時が止まったかのように戦慄し、俺に死を突きつける様にフィリアの声がこだました。


「チェックメイトだな。三十六号」


 死刑宣告がなされ、引き金が引かれる刹那、突然ハービンジャーのハンドカノンが爆散する。


「チッ。流石にやるものだ」


 グレイの、突然の不意打ちにフィリアは機体を一度後退させた。


「ザイン。俺との訓練を思い出せ。フィリアの動きの先を見ろ」


 動きの――先!


 その言葉に、知覚の先――第六感的な感覚が鋭敏化する感覚を覚えた、グレイとの訓練を思い出す。


「集中しろ。奴も化物とは言えヒトだ。奴の呼吸を読み、奴の先を行け!」


 でなければ、死ぬ……な。


 死にたかねぇ。俺はまだ、やりたい事が沢山できた。


「何を! ポラリス無しで、彼等がお前の真似事など出来る訳が無いだろう!」


 フィリアがもう一度、ハービンジャーのブレードを展開し、俺へと突撃してくる。


 俺はハービンジャーへとブレードを向け、突撃してくるフィリアを待った。


 音が、ハービンジャーと繋がり、そして視覚が真上から俺達を見るように感じられる。

 そして、フィリアの感覚が微細ながらに伝わってきて……。


「見える!」


 フィリアが腕部のスラスターを斬撃に合わせて操作し、斬撃の速度を上げながら斬りかかって来る動きに合わせ、俺は低く沈み込んでそれを回避しながら、ハービンジャーの腰部をブレードで一閃した。


「なっ……!?」


 大量の火花を伴って上半身と下半身に真っ二つに切り裂かれたハービンジャーは、それでも両腕のスラスターを巧みに使って、独楽のように廻りながら俺の機体を切り裂こうとして来る……が、


「見えてるって言ったろ!」


 低く沈みこんだ態勢から、真上へとハービンジャーの胸部を蹴り上げる。


「くっ……あああっ!!」


 巨岩に機体を叩き付けられ、ハービンジャーは遂にその動きを沈黙させた。


「ハァ……ハァ。なんとか、やったか」


 ハービンジャーは肩や腕にもスラスターが装備されている機体の為、岩に頸部を押し付け、腕部を切断し、達磨にすると、フィリアから通信が入ってきた。


「全く、やってくれるものだな。その様な事ができるのなら、私のもとに居た頃からやってくれればいいものの……!」


「フィリア、いや師匠。生まれはどうあれ、俺は人間だ。人間は成長するんですよ」


「ふん、どうやら弁も立つようになったらしいな。……殺せ。それが猟兵の流儀だろう」


 フィリアの言葉に俺は、彼女から教えられた猟兵とは何たるやという、長ったらしい講義を思い出した。

 確かに、そう教えられた。殲滅戦において敵の後退を許すな。確実に殺せ。と。


 ――だが。


「俺はアンタを殺さない」


「――何?」


「俺はあれから……グレイ達に拾われてから、生きる為に猟兵になったんだ。……アンタを殺す為じゃない」


「……」


 俺はそう言うと、ハービンジャーから距離を取った。


「その代わり、俺の事は、もう追わないでくれ。俺は、これからは、俺として生きたいだけなんだ」


「……お前、機関の処置無しで、あとどれくらい生きられるか、分かっているのか?」


 フィリアの言葉に、俺はやはりかと思わないでは無いところもあった。……が。


「分かんないですよ。でも、どうせ長くは無ぇのは知ってる。

 ……ってか、そんなん皆そうでしょ。明日自分が生きてるのかなんて誰にも分かんねぇ」


「そうか。……ならば、少ない余生。悔いのないように生きる事だ。

 私は、今しばらく生き汚く、生かさせて貰おう。

 ――ポラリス! 撤退するぞ!」


「――了解」


 ベアトリクスとグレイの援護によって、撃破寸前にまで追い込まれていたエクスパシオンは、達磨になったハービンジャーを抱えると、スラスターを全開にし、戦域から離脱していく。


「逃がすか!」


 飛び退るエクスパシオンに向け、ライフルを構えるアクアレリストを、グレイのテスタメントが押しとどめた。


「アイツが良いなら、今回はここまででいい」


「でも、フィリア・シャルンホルストを討つ機会なんて……!!」


「いいんだ。ベアトリクス」


 抗議の声を上げるベアトリクスに、俺は声を掛ける。


「何度でも、俺がブッ倒してやれば良い話だろ」



▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



「……で、敵の幹部を倒しておきながら、みすみす逃したってわけ?」


 街に戻った途端、ディースの呆れ混じりの声が聞こえ、俺はあからさまに嫌な態度を取る。


「お前って、本当に無粋な奴だよな」


「僕に日本人の血は入ってないから、粋とかそういうのは気にしないのさ」


 そういう事を言ってるんじゃねぇんだよとツッコミを入れながらも、


「でも、まあ任務完了……と言ったところかな」


「ああ。ハービンジャーをあそこまでやられれば、しばらくフィリアは出て来まい。また小競り合いが続くだろう」


 グレイとベアトリクスがやってきて、俺の隣に並び立った。


「本当にハービンジャーを撃破出来るとは思わなかったけどね……じゃあ、約束通り首輪も外してあげないとね」


 ディースが俺の首に触れようと手を伸ばしてきて――俺はその手を払い除けた。


「ザイン?」


 ベアトリクスが俺を怪訝そうに見てきて、俺は首の爆弾にそっと触れた。


「まだ、いいや」


 俺のその言葉は、少なからず周りの皆を驚かせたが、俺は心に決めた事をそのまま語る。


「今は、まだアンタ等の犬でいい。アンタ等が俺を対等の仲間だと思うその時まで、俺はアンタ等の犬になるさ。

 ……でもまぁ、犬は犬でも、猟犬だ。その喉笛、精々食い千切られないようにするんだな?」


 俺は、主にディースに向けて吐き捨てるとその場をあとにする。


 すると、背後でボヤくような声が聞こえた。


「本当に、キミの若い頃にそっくりだね」


「……全くだ」


 



▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



あとがき



Gray hound〜灰色の空に生きた猟兵〜 をお読み下さりありがとうございました。

よくある俺達の冒険はこれからだエンドですが、別に打ち切りというわけではありません笑

この物語はプロットをしっかりと考えた訳では無く、仕事中思いついた設定なんかを書きなぐって物語化させたものです。

ザインの出自はなかなかにややこしいですが、どうやら主人公の出自をややこしくしてしまうのは私のお家芸のようです。

グレイとフィリアの過去など深堀できる要素はありますが、それ等はなんかあったんだろうなアイツ等。と思っていただけると幸いです。

過去の事や今後のザインの人生を考えると、短編では済まなくなるので汗

という事で、ふざけまくったラブコメと、筆が止まった現代ドラマの前日談に続く短編となった本作でしたが、最後まで読んでくださった方、重ねてありがとうございました。

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Gray hound  〜灰色の空に生きた猟兵〜 五十川紅 @iragawakoh

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